脳・心血管疾患に関する基本
そもそも、脳・心血管疾患とは?
本ブログでは「脳・心血管疾患」という言葉を頻繁に用いています。糖尿病や脂質異常症の治療を考える上で非常に重要なテーマであるため、ここで一度、その定義を整理しておきたいと思います。
「脳・心血管疾患」 とは、心筋梗塞、脳梗塞、脳出血 の3つを含む概念です。一般的には「心血管疾患」や「主要心血管イベント(Major Adverse Cardiovascular Events: MACE)」といった用語が用いられます。MACEは厳密には ①非致死的心筋梗塞、②非致死的脳卒中、③心血管死(心筋梗塞または脳卒中による死亡) を指し、「脳・心血管疾患」とは若干異なる概念です。
本来であれば「心血管疾患」や「主要心血管イベント」といった表現を用いるのが適切ですが、特に研修医や若手医師には「脳・心血管疾患」という表現の方が直感的に伝わりやすいと考え、本ブログではこの用語を使用しています。
脳・心血管疾患の重要性
高血圧症、糖尿病、脂質異常症といった動脈硬化性疾患の治療では、血圧、HbA1c、LDL-C などの数値を指標として管理を行います。しかし、数値を改善すること自体が目的になってしまっては、本来の治療の意義が薄れてしまいます。重要なのは、「これらの指標を改善することで、患者さんにどのような利益をもたらすのか?」 という視点です。
動脈硬化性疾患の治療において、本当に目指すべきゴールは、動脈硬化の進行を抑え、その先にある脳・心血管疾患を予防すること です。心筋梗塞や脳卒中は生命に関わるだけでなく、重篤な後遺症を残す可能性が高い疾患であり、その発症を防ぐことこそが治療の究極の目的といえます。
このため、動脈硬化性疾患に関する臨床試験では、単に血圧やHbA1cの変化を評価するだけでなく、「真のエンドポイント」 として 非致死的心筋梗塞、非致死的脳卒中、心血管死 などの重大なイベントの抑制を重視しています。これら3項目は 「古典的3点MACE(classical 3-point MACE)」 とも呼ばれ、動脈硬化性疾患の臨床試験を設計する上での基本となる概念です。
その臨床試験、“真のエンドポイント”を正しく設定していますか?
まとめると、動脈硬化性疾患の治療効果を評価する際、古典的3点MACE(classical 3-point MACE) は重要な指標であり、患者の生命予後に直結する「真のエンドポイント」として位置づけられています。
しかし、近年の臨床試験では、統計的に有意差を出しやすくするために、MACEの定義を拡張し、狭心症、心不全による入院、一過性脳虚血発作(TIA) などを含めることがあります。これにより、イベント発生数が増え、試験期間内で治療効果をより検出しやすくなります。
ただし、こうした項目は3点MACEと比較して、生命予後への直接的な影響が小さい可能性があるため、臨床試験の結果を解釈する際には注意が必要です。「心血管イベントのリスクが低下した」とされている場合でも、そのエンドポイントの定義が「古典的3点MACEの低下」なのか、それとも「より広義の心血管イベント(心不全入院や狭心症なども含む)」なのか を確認することが重要です。
さらに、臨床試験に組み込まれている対照群の特性 についても、しっかり理解しておく必要があります。年齢、人種、BMI、HbA1cのベースラインなど、試験に参加した患者の背景が、自分の診療する患者層とどの程度一致しているかを確認することが大切です。
例えば、自分が診療している環境では高齢でやせ型の日本人糖尿病患者が多いとします。この場合、参考にしようとしている臨床試験の対象が 中年で高度肥満のアメリカ人 だったとすると、その結果をそのまま当てはめるのは難しくなります。試験結果が適用できる患者層を見極める視点を持つことが重要です。
臨床試験のエビデンスを活用する際は、単に結果を見るだけでなく、「エンドポイントの設定は適切か?」「この試験は自分の診療環境とどの程度マッチしているか?」 といった点を意識しながら解釈するようにしましょう。
血糖降下薬における脳・心血管疾患予防効果のエビデンス
ここまで、「脳・心血管疾患」という概念の基本について確認してきました。前置きが長くなってしまいましたが、ここからは血糖降下薬が脳・心血管疾患の予防にどのように寄与するのか を、エンドポイントや対象となる患者層を踏まえながら整理していきたいと思います。
現在、血糖降下薬の中で脳・心血管疾患の予防効果が期待されているのは、ビグアナイド薬、SGLT-2阻害薬、GLP-1受容体アゴニスト の3つです。これらの薬剤については、単なる血糖降下作用にとどまらず、脳・心血管疾患のリスク低下に関するエビデンスが蓄積されつつあり、近年の臨床試験でも注目されています。
それでは、各薬剤がどのようなエビデンスに基づき、どのような患者層で有効とされているのか、具体的に見ていきましょう。本稿では、まずビグアナイド薬について確認していきたいと思います。
ビグアナイド薬
ビグアナイド薬の代表はメトホルミンであり、現在でも糖尿病診療の第一線を担っている薬剤です。メトホルミンに脳・心血管疾患予防効果があることはよく知られていると思いますが、実はそのエビデンスの解釈は意外と難しいです。
①UKPDS試験
まず、メトホルミンを語る上で欠かせない、英国で行われたUKPDSという臨床試験を確認してみましょう。United Kingdom Prospective Diabetes Study (UKPDS) は、新規に診断された2型糖尿病患者を対象とし、血糖管理の強化が微小血管および大血管イベントに与える影響を評価した大規模ランダム化比較試験です1)。
〇試験デザインと対象群、エンドポイント
・対象者:新規診断の2型糖尿病患者 5102名
→年齢:53歳、白人が大多数で日本人は含まれない、HbA1c 7.1%、BMI 27
・介入群:
従来治療群:食事療法による血糖管理
強化治療群:
スルホニル尿素薬・インスリン群(2729名)
メトホルミン群(342名、120%以上の理想体重の患者を対象)
・試験期間:1977年〜1997年(10年間)
・主要エンドポイント:
①糖尿病関連の臨床エンドポイント:微小血管および大血管合併症を含む糖尿病による疾患や合併症の発症 ※大血管合併症=古典的3点MACE
②糖尿病関連死亡:糖尿病を主因とする死亡
③全死亡:すべての原因による死亡
〇アウトカム
・メトホルミン群では、従来治療群と比較して、以下の有意なリスク低下が認められた:
糖尿病関連の臨床エンドポイント 32%低下(P = 0.002)
糖尿病関連死亡 42%低下(P = 0.017)
全死亡率 36%低下(P = 0.011)
加えて、スルホニル尿素薬・インスリン群も微小血管合併症のリスク低下が認められたが、メトホルミン群のほうが大血管合併症において有意なリスク低下を示した。
また、試験終了後にさらに10年間の追跡を行ったUKPDS80試験も行われており、メトホルミン群では糖尿病関連エンドポイント(21%、P=0.01)、心筋梗塞(33%、P=0.005)、全死因死亡(27%、P=0.002)のリスク低下が有意に持続していた2)。
〇重要ポイント
✅対象はHbA1cが比較的低め(7.1%)である、欧米の中年・やや肥満の糖尿病患者が中心
→日本人に多い、高齢者でやせ型の糖尿病患者患者に適応できるかは微妙
✅比較対象は従来の食事療法群 vs 治療強化群(SU剤・インスリン、メトホルミン)
→つまり、血糖管理の強化が糖尿病関連の臨床転帰や生命予後に与える影響を評価することを目的とした試験であり、メトホルミンそのものの臨床効果を確認しにいったものではない
✅主要エンドポイントは古典的3点MACEではない
→例えば、後述するSGLT2阻害薬やGLP-1受容体作動薬に関する試験は明確にMACEを主要エンドポイントとしている。一方で、本試験の主要エンドポイントでは、脳・心血管疾患の予防効果を確認するという意味ではかなりインパクトが落ちてしまう。
要するに、UKPDSはメトホルミンのエビデンスとして有名ではありますが、脳・心血管予防効果に関しては間接的な可能性に過ぎず、「本試験をもってメトホルミンが脳・心血管疾患を予防すると証明された」と言い切ることはできないということです。かなり複雑でわかりにくいなデザインですね…。昔の臨床試験ですし、そもそも目標とすべき血糖コントロールさえ定まっていなかった時代であったと考えれば、仕方のないことでしょう。
②SAVOR-TIMI 53試験の二次解析
次に、「Metformin Use and Clinical Outcomes among Patients with Diabetes Mellitus with or Without Heart Failure or Kidney Dysfunction: Observations from the SAVOR-TIMI 53 Trial」というCirculationに掲載された研究を確認してみましょう3)。本試験は、SAVOR-TIMI 53試験という、2型糖尿病患者を対象に、サクサグリプチンとプラセボを比較した多国籍ランダム化試験のデータを使用し、メトホルミンを使用した群と使用しなかった群に分類して再解析したものです。
〇試験デザインと対象群、エンドポイント
・対象者:SAVOR-TIMI 53試験に登録された2型糖尿病患者 12,156名
→ 年齢:平均65歳、人種:白人が大多数、日本人は含まれていない、HbA1c:中央値7.9%、BMI:中央値30
・介入群:
メトホルミン使用群:8,971名(全体の約74%)
メトホルミン非使用群:3,185名
・試験期間:SAVOR-TIMI 53の試験期間:平均約2.1年(2010年〜2013年)
・主要エンドポイント:
①心血管死、非致死的心筋梗塞、非致死的脳卒中の合計→いわゆる古典的3点MACE
②心血管死
③全死亡(すべての原因による死亡)
〇アウトカム
・メトホルミン使用群では、メトホルミン非使用群と比較して、以下の有意なリスク低下が認められた:
全死亡率 25%低下(HR 0.75、95% CI 0.59–0.95、P = 0.02)
心血管死 32%低下(HR 0.68、95% CI 0.51–0.91、P = 0.009)
・一方、主要複合エンドポイント(心血管死、非致死的心筋梗塞、非致死的脳卒中の合計)に関しては、有意なリスク低下は認められなかった(HR 0.92(95% CI 0.76–1.11、P = 0.37))。
・心不全または中等度から重度の慢性腎疾患を有する患者では、メトホルミン使用と主要エンドポイントとの間に有意な関連は認められなかった。
〇重要ポイント
✅ 対象はHbA1cが比較的高め(中央値7.9%)、欧米の高齢・肥満の糖尿病患者が中心
→ 日本人に多い、高齢でやせ型の糖尿病患者に適応できるかは慎重に考える必要がある
✅ 本研究はメトホルミンを無作為に割り付けた比較試験ではない
→ SAVOR-TIMI 53試験のデータを用いた観察研究であり、メトホルミンの使用有無による解析であるため、メトホルミンの真の因果関係を評価するには限界がある
✅ 主要エンドポイントは古典的3点MACE(心血管死・非致死的心筋梗塞・非致死的脳卒中)だが、メトホルミン使用による有意な低下は認められなかった
→ 全死亡率・心血管死の低下は観察されたが、MACEの低下とは関連せず
✅ 心不全や腎機能障害を有する患者では、メトホルミン使用と心血管アウトカムの有意な関連は認められなかった
→ 従来「メトホルミンは腎機能低下患者に慎重投与」とされてきたが、本試験の結果をもとにして適応を広げるべきかどうかは、さらなる検討が必要
まとめますと、本試験はメトホルミンの脳・心血管疾患の予防効果に関する重要なエビデンスの一つではありますが、観察研究の解析結果に基づくものである上、全死亡・心血管死の低下は観察されたが、古典的3点MACEの低下効果はみとめられなかった、ということになります。サンプル数が大きく、主要エンドポイントもきちんと古典的3点MACEに設定されているのですが、観察研究である上に、古典的3点MACE全体の低下が有意ではなかった、というのが惜しい結果となりました。
③その他の研究
他にも、メトホルミンの脳・心血管疾患の関係を検証した研究がいくつか存在します。
別の試験では、インスリン治療を受けた390人の患者が、メトホルミン群とプラセボ群に無作為に割り付けられ、微小血管および大血管イベントの罹患率と死亡率の合計を主要エンドポイントとし、4.3年間の追跡を行いました4)。結果、主要エンドポイントは両群で差がありませんでしたが、副次エンドポイントにおいて、大血管イベント(心筋梗塞、心不全、脳卒中、四肢切断、突然死を含む13の血管イベントの複合)のリスクが有意に低下していました。
本試験では、以下のようなlimitationがあることに注意が必要です。
①サンプル数が少ない、
②大血管イベントの定義がかなり広い
③大血管イベント単独の評価が副次エンドポイントになっている
また、糖尿病治療薬の単独両方および他の経口薬やインスリンとの併用療法が、脳・心血管疾患による死亡率、Hb1Ac・体重・脂質といった指標、有害事象といった点に及ぼす影響を評価したメタアナリシス(179件の比較試験+25件の観察研究)では、メトホルミンはスルホニル尿素薬と比較し、長期的な脳・心血管疾患による死亡率が低いことが示されました5)。なお、このメトホルミン vs スルホニル尿素薬の比較に関しては、2件の比較試験と3件の観察研究の結果に基づいて評価が行われていました。
本試験はあくまでメタアナリシスによる評価である上、組み入れられた臨床試験の数、ひいてはその試験におけるサンプル数が少ない点は差し引いて考えるべきでしょう。
④結局、ビグアナイド薬に脳・心血管疾患を予防する効果はあるのか?
文献4,5は、いずれもUpToDateの「Metformin in the treatment of adults with type 2 diabetes mellitus」という記事の、「Cardiovascular effects」という項目から引用したものです。文献1,2,3とも合わせて考えますと、「ビグアナイド薬の脳・心血管疾患の予防効果に関するエビデンスは思ったよりも強固ではない」、というのが正直な感想です。
UpToDateにおいても、
・Metformin does not have adverse cardiovascular effects, and it appears to decrease cardiovascular events in certain populations.(メトホルミンは心血管系に悪影響を及ぼさず、特定の集団では心血管イベントを減少させるようです)
・Cardiovascular benefit has been demonstrated for selected classes of diabetes medications, usually when added to metformin.(特定の種類の糖尿病治療薬については、通常メトホルミンと併用することで、心血管系への効果が実証されています)
といった、微妙な表現がなされています。
SGLT-2阻害薬やGLP-1受容体アゴニストと異なり、ビグアナイド薬には古典的3点MACEを主要エンドポイントに置いた、大規模な臨床試験が存在しません。これは、ビグアナイド薬が登場した当時、「どのくらいの血糖コントロールが予後にとって一番良いのか?」という議論が続いていたことに加え、そもそも「主要エンドポイントとして古典的3点MACEに設定する」という概念そのものが確立されていなかった、という時代背景の影響が大きいと思われます。
その後、ビグアナイド薬は血糖降下作用が大きく、安全性が高く、かつ安価であるという利点が確立され、現在に至っています。 こうした背景から、今さら古典的3点MACEを評価するための大規模臨床試験を行う必要性がなくなってしまった、というのが現状なのでしょう。
また、スルホニル尿素薬と比較した文献5を見てみますと、メトホルミン群とスルホニル尿素薬では試験終了時の体重に差がついており、これが脳・心血管疾患による死亡率の差に繋がった可能性が示唆されています。脳・心血管疾患の予防効果があるとされているSGLT-2阻害薬、GLP-1受容体アゴニストも体重を減らす方向に作用する薬剤であることを考えると、結局重要なのは、「血糖コントロールを良くしつつ、いかに体重を増やさないようにするか?」という点なのかもしれません。
本稿のまとめ
最後に本稿の重要ポイントをまとめます。
✅動脈硬化性疾患領域の臨床試験において、脳・心血管疾患の予防(古典的MACE)を主要エンドポイントに設定しているかどうかは超重要!
✅ビグアナイド薬の脳・心血管疾患予防効果を直接示すエビデンスは強固とは言えない。「脳・心血管疾患を予防する可能性がある」というくらいの表現に留めておくのが無難そう。
✅ビグアナイド薬には、古典的MACEを主要エンドポイントに設定した大規模臨床試験が存在しない。これは時代背景の影響が大きいと考えられる。
✅体重を増やさず、血糖コントロールを改善させる、というのが脳・心血管疾患を予防する上で重要なのかもしれない。
本当はSGLT-2阻害薬、GLP-1受容体アゴニストに関してもまとめる予定でしたが、脳・心血管疾患に関する前提とビグアナイド薬だけでかなりのボリュームになってしまいましたので、一旦ここで切り上げたいと思います。両剤に関しては、後日別の記事でまとめるつもりです。
参考
1)Lancet. 1998 Sep 12;352(9131):854-65.
2)N Engl J Med. 2008 Oct 9;359(15):1577-89.
3)Circulation. 2019 Sep 17;140(12):1004-1014.
4)Arch Intern Med. 2009 Mar 23;169(6):616-25.
5)Ann Intern Med. 2016 Jun 7;164(11):740-51.
6)UpToDate Initial management of hyperglycemia in adults with type 2 diabetes mellitus
7)医学書院 医学新聞 臨床試験のエンドポイントを読む――「心血管イベント」はみな同じ?(植田真一郎)https://www.igaku-shoin.co.jp/paper/archive/y2009/PA02854_09