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SGLT-2阻害薬の脳・心血管疾患予防効果について

 

 本稿は以下の記事の続きです。

ビグアナイド薬の脳・心血管疾患予防効果について

ビグアナイド薬に引き続き、SGLT-2阻害薬の脳・心血管疾患の予防効果について確認していきます。

 

 EMPA-REG試験は、エンパグリフロジン(ジャディアンス®)の有効性について検討した臨床試験です1)

〇試験デザインと対象群、エンドポイント

・対象者:心血管リスクを有する2型糖尿病患者 7,020名
  年齢:平均63歳
  人種:白人が大多数、日本人は含まれていない
  HbA1c:平均8.1%
  BMI:平均30.6

  心血管リスクの定義:以下の動脈硬化性心血管疾患(ASCVD)を有する患者

   ①冠動脈疾患:心筋梗塞、CABGまたはPCIの既往、安定狭心症

   ②虚血性脳卒中

   ③症候性の末梢動脈疾患
・介入群
  エンパグリフロジン群:10mgまたは25mgを1日1回投与
  プラセボ群:プラセボを1日1回投与

・試験期間:中央値3.1年
・主要エンドポイント:心血管死、非致死性心筋梗塞、非致死性脳卒中の合計→いわゆる古典的3点MACE
・副次エンドポイント:主要複合エンドポイントに不安定狭心症による入院を加えたもの

〇アウトカム

・主要複合エンドポイント:

 エンパグリフロジン群:10.5%(490/4,687人)
 プラセボ群:12.1%(282/2,333人)
 ハザード比(HR):0.86(95.02%信頼区間[CI]:0.74–0.99、P=0.04)
・心血管死:

 エンパグリフロジン群:3.7%
 プラセボ群:5.9%
 HR:0.62(95% CI:0.49–0.77)
・全死亡率:

 エンパグリフロジン群:5.7%
 プラセボ群:8.3%
 HR:0.68(95% CI:0.57–0.82)
・心不全による入院:

 エンパグリフロジン群:2.7%
 プラセボ群:4.1%
 HR:0.65(95% CI:0.50–0.85)

※体重はエンパグリフロジン群で2.5kg、プラセボ群で0.1kg減少→Δ2.4kg

文献1より引用
〇重要ポイント

✅主要エンドポイントを古典的3点MACE(心血管死、非致死性心筋梗塞、非致死性脳卒中)に設定した大規模臨床試験。

→“真のエンドポイント”を設定しており、脳・心血管疾患の予防効果を検証する臨床試験としては信頼性が高い。

✅対象患者は平均年齢63歳、平均HbA1c 8.1%、平均BMI 30.6と、欧米の高齢・肥満傾向の2型糖尿病患者が中心である。

→日本人に多い高齢でやせ型の患者への適用には注意が必要。
✅脳・心血管疾患の既往歴のある、ハイリスク群が対象となっている。

→脳・心血管疾患の予防効果はハイリスク群に限定される可能性がある。

 

 まとめますと、本試験はエンパグリフロジンの脳・心血管疾患の予防効果を直接示した臨床試験であると言えます。ただし、BMIが30以上かつ脳・心血管疾患の既往があるハイリスク群を対象としており、糖尿病患者全員に同じような利点を期待できるかは慎重に判断する必要があります。

 CANVAS試験は、カナグリフロジン(カナグル®)の有効性を検証した臨床試験です2)

 

〇試験デザインと対象群、エンドポイント

・対象者:症候性ASCVDの既往がある、または心血管リスクの高い2型糖尿病患者 10,142名
 年齢:平均63.3歳
 性別:男性66%
 人種:白人(80.8%)、アジア人(10.6%)、黒人(2.4%)など
 地域:ヨーロッパ(36.6%)、アジア太平洋(20.9%)、北米(20.1%)、中南米(22.4%)
 HbA1c:平均8.2%
 BMI:平均32.0 kg/m²
 心血管リスクの定義:以下のうち二つ以上を有する

  ①糖尿病の罹病期間が10年以上

  ②1種類以上の降圧薬を服薬中に収縮期血圧が140mmHgを超えている

  ③現在喫煙している

  ④アルブミン尿がある

  ⑤HDL-C<38.7mg/dL
・介入群:

 カナグリフロジン群:100mgまたは300mgを1日1回投与
 プラセボ群:プラセボを1日1回投与

・試験期間:中央値3.6年
・主要エンドポイント:心血管死、非致死性心筋梗塞、非致死性脳卒中の初回発症→古典的3点MACE

〇アウトカム

・主要エンドポイント(3点MACE):

 カナグリフロジン群:26.9人/1000人年
 プラセボ群:31.5人/1000人年
 ハザード比(HR):0.86(95%信頼区間[CI]:0.75–0.97、P=0.02)
・心血管死:

 HR:0.87(95% CI:0.72–1.06)
・非致死性心筋梗塞:

 HR:0.85(95% CI:0.69–1.05)
・非致死性脳卒中:

 HR:0.90(95% CI:0.71–1.15)
・心不全による入院:

 HR:0.67(95% CI:0.52–0.87)
・全死亡率:

 HR:0.87(95% CI:0.74–1.01)

※体重はカナグリフロジン群で1.6kg、プラセボ群で0.5kg減少→Δ1.1kg

文献2より引用
〇重要ポイント

✅主要エンドポイントを古典的3点MACE(心血管死、非致死性心筋梗塞、非致死性脳卒中)に設定した大規模臨床試験。

→“真のエンドポイント”を設定しており、脳・心血管疾患の予防効果を検証する臨床試験としては信頼性が高い。

✅対象患者は平均年齢63.3歳、平均HbA1c 8.2%、平均BMI 32.0 kg/m²と、心血管リスクの高い2型糖尿病患者が中心である。

→日本人に多い、高齢でやせ型の患者への適用には注意が必要。
✅脳・心血管疾患の既往歴のある、または心血管リスクを複数有する、ハイリスク群が対象となっている

→脳・心血管疾患の予防効果は、ハイリスク群に限定される可能性がある。

 

 まとめますと、本試験はカナグリフロジンの脳・心血管疾患の予防効果を直接示した臨床試験であると言えます。ただし、EMPA-REG試験同様、やはりBMIが30以上かつ脳・心血管疾患のハイリスク群を対象としており、糖尿病患者全員に同じような利点を期待できるかは微妙な所です。

 DECLARE-TIMI 58試験は、ダパグリフロジン(フォシーガ®)の脳・心血管疾患の予防効果を検証した臨床試験です3)

 

〇試験デザインと対象群、エンドポイント

・対象者:・2型糖尿病患者:17,160名
 年齢:平均63.9歳
 性別:男性63.1%

 人種:白人(84)、アジア人(9%)、黒人(3%)など
 HbA1c:平均8.3%
 BMI:平均32.1 kg/m²
 既存の動脈硬化性心血管疾患(ASCVD):40.6%
 複数の心血管リスク因子を有する患者:59.4%
・介入群:

 ダパグリフロジン群:10mgを1日1回投与
 プラセボ群:プラセボを1日1回投与

・試験期間:中央値4.2年
・主要エンドポイント:主要安全性エンドポイントと主要有効性エンドポイントをそれぞれ設定

 ①主要安全性エンドポイント:古典的3点MACE
 ②主要有効性エンドポイント:
  古典的3点MACE
  心血管死または心不全による入院の複合

〇アウトカム

①主要安全性エンドポイント(Primary Safety Endpoint)
 目的:ダパグリフロジンが心血管イベント(MACE)のリスクを増加させないかを検証(非劣性評価)。

 結果:MACE(心血管死+非致死性心筋梗塞+非致死性脳卒中)

  ダパグリフロジン群:8.8%
  プラセボ群:9.4%
  ハザード比(HR):0.93(95%信頼区間[CI]:0.84–1.03、P=0.17)
→ダパグリフロジンはMACEの発生率を有意に低下させなかった(有意差なし)が、MACEリスクを増加させることもなかった(非劣性は確認)。

 

②主要有効性エンドポイント(Primary Efficacy Endpoint)
 目的:ダパグリフロジンの臨床的ベネフィット(MACE低下)を評価。

 結果:MACE(心血管死+非致死性心筋梗塞+非致死性脳卒中)

  ダパグリフロジン群:8.8%
  プラセボ群:9.4%
  ハザード比(HR):0.93(95% CI:0.84–1.03、P=0.17)
→ダパグリフロジンによるMACEの低下は有意ではなかった(P=0.17)。

※同じく主要有効性エンドポイントとされた「心血管死または心不全による入院の複合」については有意差あり

※体重はダパグリフロジン群で1.8kg、プラセボ群で0.9kg減少→Δ0.9kg

文献3より引用
〇重要ポイント

✅主要エンドポイントを古典的3点MACE(心血管死、非致死性心筋梗塞、非致死性脳卒中)に設定した大規模臨床試験。

→“真のエンドポイント”を設定しており、脳・心血管疾患の予防効果を検証する臨床試験としては信頼性が高い。

※本試験ではもう一つの主要有効性エンドポイントとして「心血管死または心不全による入院の複合」が組み込まれているが、これはこれまでの試験で心不全による入院の抑制効果が示唆されていたことを加味してのものである。

✅対象患者は平均年齢63.9歳、平均HbA1c 8.3%、平均BMI 32.1 kg/m²と、心血管リスクの高い2型糖尿病患者が中心。

→やはり日本人に多い、高齢でやせ型の患者への適用には注意が必要。
✅これまで同様、脳・心血管疾患の既往歴のある、または心血管リスクを複数有する、ハイリスク群が対象となっている。ただし、EMPA-REG試験、CANVAS試験と比較すると、ASCVDの既往がある患者の割合が少なく、相対的にリスクの低い患者群となっている(ASCVDの既往はないが、心血管リスクを有する患者の割合:EMPA-REG試験 0%、CANVAS試験 34%、DECLARE-TIMI 58試験 60%)。

→相対的に心血管リスクが低かったことが、本試験ではMACEに有意差が出なかった一因である可能性がある。

 

 まとめますと、本試験はダパグリフロジンの脳・心血管疾患の予防効果を検証した臨床試験でしたが、主要エンドポイントである古典的3点MACEに関してはプラセボ群と有意差がつきませんでした。

 

 ここまで三種類の臨床試験を見てきました。エンパグリフロジン、カナグリフロジンでは主要エンドポイントとして古典的3点MACEが設定されている上、きちんと有意差がついています。一方、対象となった患者群を見てみますと、欧米の白人が圧倒的に多く、BMIも30以上とかなりの肥満があります。高齢かつそこまで肥満のない糖尿病患者が多い本邦において、この結果をそのまま期待できるかは疑問が残ります。そこで、最後に本邦で行われた興味深い研究をひとつご紹介します。

 

 本研究は、全国健康保険協会(協会けんぽ)の生活習慣病予防検診および医療レセプトのデータ(約3000万人分)を用い、SGLT-2阻害薬の脳・心血管疾患の予防に関する有効性について分析したコホート研究です4)

 

〇試験デザインと対象群、エンドポイント

・試験デザイン:後ろ向きコホート研究:

 →日本の保険請求データと健康診断記録を使用し、ターゲットトライアルエミュレーションの枠組みで実施​
・対象者:新規SGLT2阻害薬使用者:​139,783名​
・比較対象:​DPP-4阻害薬使用者139,783名(傾向スコアマッチングにより選定)​
・年齢:​平均値は記載なし​
・性別:​女性17.3%(48,377名)​
・BMI分類:
 <20.0 kg/m²:1.9%(5,350名)​
 20.0–22.4 kg/m²:8.5%(23,818名)​
 22.5–24.9 kg/m²:20.5%(57,368名)​
 25.0–29.9 kg/m²:50.3%(140,434名)​
 30.0–34.9 kg/m²:15.0%(41,937名)​
 ≥35.0 kg/m²:3.8%(10,659名)​
・追跡期間:中央値:​24ヶ月​
・主要エンドポイント:全死亡、心筋梗塞、脳卒中、心不全の複合エンドポイント

 →古典的3点MACEではない!

〇アウトカム

・全体:

主要エンドポイント発生率:
 SGLT2阻害薬群:2.8%(3,956件)​
 DPP-4阻害薬群:3.0%(4,209件)​
 ハザード比(HR):​0.92(95%信頼区間[CI]:0.89–0.96)​

・BMI別:

 <20.0 kg/m²:HR:​1.08(95% CI:0.80–1.46)​
 20.0–22.4 kg/m²:HR:​1.04(95% CI:0.90–1.20)​
 22.5–24.9 kg/m²:HR:​0.92(95% CI:0.84–1.01)​
 25.0–29.9 kg/m²:HR:​0.89(95% CI:0.84–0.95)​
 30.0–34.9 kg/m²:HR:​0.85(95% CI:0.77–0.94)​
 ≥35.0 kg/m²:HR:​0.80(95% CI:0.66–0.98)

文献4より引用
〇重要ポイント

✅後ろ向きコホート研究であり、ランダム化比較試験よりはバイアスが存在する可能性がある。

✅対象は日本人の2型糖尿病患者であり、BMIごとの人数も実臨床に近い印象。

✅主要エンドポイントが古典的3点MACEではなく、心不全が組み込まれている

 →イベント数が多くなり、脳・心血管疾患の予防効果を過大に評価する可能性あり

✅全体でSGLT-2阻害薬使用群では主要エンドポイントのリスクが8%低下。

✅BMI別にみると、低~正常体重群(<25.0 kg/m²)では、リスク低下は観察されたが、統計的有意性はない。一方、過体重および肥満群(≥25.0 kg/m²)では、リスク低下が統計的に有意だった。

 →肥満のない患者群では、SGLT-2阻害薬の脳・心血管疾患の予防効果は乏しい可能性がある!

 

 まとめますと、本邦のビッグデータを用いたリアルワールドでの解析では、SGLT-2阻害薬の脳・心血管疾患+心不全の予防効果は、過体重および肥満群(≥25.0 kg/m²)には有意に認められたが、低~正常体重群(<25.0 kg/m²)では有意ではありませんでした

 ここまで、SGLT-2阻害薬の心血管イベント抑制効果に関する主要な臨床試験の結果を確認してきました。EMPA-REG OUTCOME試験(2015年)CANVAS試験(2017年)といった大規模ランダム化比較試験では、SGLT-2阻害薬が古典的3点MACEのリスクを低下させることが示されています(ただし、DECLARE-TIMI 58試験(2019年)では有意差を示せず)。また、心不全による入院リスクの低減効果は一貫して観察されており、SGLT-2阻害薬の代表的なベネフィットといえるでしょう。

 一方、どの研究も欧米の白人が大多数である上、BMI>30と高度の肥満がある患者が対象となっており、この結果をそのまま本邦での実臨床でも期待してよいのかは疑問です。実際、2024年に発表された日本のコホート研究では、SGLT-2阻害薬の脳・心血管疾患の予防効果がBMIによって異なる可能性が示されました。

 これらの結果を踏まえると、SGLT-2阻害薬は、特に肥満を伴う2型糖尿病患者において脳・心血管疾患の予防効果が期待できるものの、高齢者や痩せ型の患者にまで同じ効果を期待するのは慎重になるべきかもしれません。特に、筋肉量の少ない高齢患者では、過度の体重減少がフレイルやサルコペニアを助長する可能性もあるため、脳・心血管疾患の予防効果があるからという理由だけで安易にSGLT-2阻害薬を導入することは避けた方がよさそうです。

 

 要するに、SGLT-2阻害薬は脳・心血管疾患のリスクを低減する有力な治療選択肢ではありますが、肥満のない患者にも一律に心血管保護を目的として使用するのは適切ではない可能性があるということです。今後は、BMIや高齢者特有のリスクを考慮しつつ、SGLT2阻害薬を適応すべき患者をより精密に選択していくことが重要と考えられます。

1)N Engl J Med. 2015 Nov 26;373(22):2117-28.

2)N Engl J Med. 2017 Aug 17;377(7):644-657.

3)N Engl J Med. 2019 Jan 24;380(4):347-357.

4)Cardiovasc Diabetol. 2024 Oct 22;23(1):372.