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ヘルスメンテナンス:がんのスクリーニングに関して

 

 ヘルスメンテナンスとは、健康を維持し、病気を予防するために、医療者が患者さんに対して積極的に行う推奨のことを指します。代わりに予防医療という言葉が使われることもあります。ヘルスメンテナンスには、がんなどの疾患のスクリーニング、予防接種、生活指導などが該当します。

 

 患者さんの健康を守る上で大変重要な概念ですが、下記のような理由で本邦ではあまり普及していないのが現状です。

  

 このヘルスメンテナンスが適切に行われていないと、“自分の外来にずっと通院していたのに、気が付いたらStageⅣのがんになっており、既に手の施し様がなかった…。”“侵襲性肺炎球菌感染症で患者さんを失ってしまった。ワクチンを勧めていれば予防できたのに…。”といったような、残念な結果になりかねません。自分の患者さんの健康を守るため、是非これを機にヘルスメンテナンスについて学習してみて頂ければと思います。

 

 さて、最初にがんのスクリーニング検査について、その定義を含めて確認していきましょう。

 スクリーニング検査とは、病気の症状がない人に対して行われる検査と定義されます。早期発見と生活習慣の改善、経過観察を通して病気のリスクを減らしたり、効果的な治療に繋げることを目標に行われます。

 スクリーニング検査の有効性は、死亡率の低減というアウトカムによって判断されます。様々なバイアスの影響を受けてしまうため、生存期間の延長や発見率では評価ができません。死亡率を低減するエビデンスがあり、現時点で本邦でがんのスクリーニング検査として推奨されるのは、大腸がん、胃がん、肺がん、乳がん、子宮頸がんの5種です。

 

 なお、無症状かつ病名なしの場合は保険が通らないため、がんのスクリーニング検査は基本的には市町村の検診人間ドックを推奨することになります。人間ドックは高額であるため、費用の面から市町村検診を勧めるのが妥当でしょう。ただし、萎縮性胃炎や大腸ポリープなど、病名が付けば保険診療による検査の実施も可能です。

 ここからはそれぞれのスクリーニング対象と検査内容について解説していきます。なお、参考資料としては、第66回 藤田プライマリケアスキルズ 千葉西総合病院 八重樫先生のレクチャー1)と、米国予防サービスタスクフォース(USPSTF)の推奨2)を中心に使用しています。

 

 大腸がんでは、USPSTFの推奨対象は以下のようになっています。

https://www.uspreventiveservicestaskforce.org/uspstf/recommendation/colorectal-cancer-screening

 

 元々は50~75歳での推奨のみでしたが、今年から50~75歳も対象に含まれるようになりました。なお、76~85歳に関しては、個々のリスクを考慮して決定することになっています。

 また、検査内容に関しては、毎年の便潜血と10年毎の大腸内視鏡検査の効果は同等とされています。費用面を考慮し、患者さんには市町村検診の便潜血を勧めるとよいでしょう。

ちなみに、大腸がん死亡率は便潜血検査により32%、大腸内視鏡検査で33%低下するとされています3,4)

 

 胃がんに関しては、米国では罹患率が低いことからUSPSTFでの推奨はありません。ただ、本邦の罹患率は米国の8倍であり、ヘルスメンテナンスの一環として胃がんスクリーニングを行うべきです。本邦の有効性に基づく胃がん検診ガイドライン2014年度版5)によれば、推奨は以下の通りになります。

 

 

 胃がん死亡率の減少については、胃X線検査が40-50%、胃内視鏡検査が30-57%とされています5)。直接比較ではないため断定はできませんが、両者に大きな違いはないようです。

 胃がんに関しても、基本は市町村検診の受診を推奨し、萎縮性胃炎や逆流食道炎など、保険病名が付く方に関しては病院での胃内視鏡検査を検討するとよいでしょう。

 また、胃がんの78%にピロリ菌感染が寄与しており、除菌により胃がんリスクを39%減少させることがわかっています6)。このため、WHOは2014年に胃がん予防対策として除菌を検討するよう勧告を出しています。

Helicobacter pylori感染症

 肺がんの検診といえば胸部X線写真を思い浮かべる方が多いと思いますが、実はそうではありません。USPSTFの推奨は以下のようになっており、胸部X線写真ではなく、低線量CTが勧められています。

https://www.uspreventiveservicestaskforce.org/uspstf/recommendation/lung-cancer-screening

 確かに本邦では肺がん検診として胸部X線写真(±喀痰細胞診)が推奨されていますが、根拠となっている研究はいずれも症例対象研究です7)残念ながら、RCTを含んだメタアナリシスでは胸部X線検診による肺がん死亡率の低減は認められていません8)。一方、低線量CTによる検診では、RCTやメタアナリシスによる肺がん死亡率の低下が認められており、より信頼性が高いと言えるでしょう9~11)

 誤解しないで頂きたいのですが、胸部X線検査そのものの有用性を否定しているわけではありません。心不全や粗大な肺がん、胸水、間質性肺炎の発見など、外来における検査としては簡便かつ有用です。個人的には定期外来に通院している患者さんには最低でも年1回は検査を勧めるようにしているくらいです。ただ、肺がんのスクリーニング検査としては、低線量CT>胸部X線写真ということは押さえておくようにしましょう。

 市町村検診では低線量CTはできないため、外来通院中の患者さんの中から肺がん高リスク例を拾い上げて検査を行う必要があります。このため、普段から患者さん毎に喫煙歴を把握し、カルテに記載しておくとよいです。

 

 乳がんスクリーニングに関する推奨は以下のようになっています。

https://www.uspreventiveservicestaskforce.org/uspstf/recommendation/breast-cancer-screening

乳がん検診は乳がんによる死亡率を相対的に15%減少させることが報告されています12)。女性の患者さんには、市町村検診のマンモグラフィーを推奨するよう心掛けましょう。

 

 子宮頸がんに関する推奨は以下のようになっています。

https://www.uspreventiveservicestaskforce.org/uspstf/recommendation/cervical-cancer-screening

 なお、以下のケースについてはスクリーニング検査を行わないことが推奨されています。

・21歳未満

・子宮摘出の既往があり、高分化の前がん病変や子宮頸がんがない

・65歳以上で、以前に適切なスクリーニングを受け、子宮頸がんのリスクが高くない

 

 子宮頸がんスクリーニングは罹患率を60-90%、死亡率を20-60%低下させることがわかっています13)。条件に該当する女性の患者さんには市町村検診の受診を勧めるようにしましょう。

 なお、言うまでもありませんが、子宮頸がんの予防にはHPVワクチンが大変有用です。いずれヘルスメンテナンスのワクチン接種の分野として取り扱いたいと思っています。

  

 以上、ヘルスメンテナンスのがんスクリーニングについて解説してきました。

 がんスクリーニングは、プライマリケア医がマネジメントすべき重要な領域です。確かに手間がかかりますが、自分の外来に通ってくれている患者さんを守るためには欠かせません。カルテにがんスクリーニングの項目を設け、記録をしっかりと残しておくことで、見落としを減らすことができます。工夫しながら少しずつ取り組んでいきましょう。

 

1) 第66回 藤田プライマリケアスキルズ 千葉西総合病院 八重樫先生のレクチャー

2)USPSTFのwebサイト https://www.uspreventiveservicestaskforce.org/uspstf/

3)N Engl J Med. 2017 Jan 12;376(2):149-156.

4)N Engl J Med. 2022 Oct 27;387(17):1547-1556.

5)有効性に基づく胃がん検診ガイドライン2014年度版 

 https://canscreen.ncc.go.jp/guideline/iganguide2014_150421.pdf

6)IARC Working Group Reports Volume 8, 2014. Helicobacter pylori Eradication as a Strategy for Preventing Gastric Cancer

 https://publications.iarc.fr/Book-And-Report-Series/Iarc-Working-Group-Reports/-Em-Helicobacter-Pylori-Em-Eradication-As-A-Strategy-For-Preventing-Gastric-Cancer-2014

7)肺がん検診ガイドライン2022 日本肺癌学会

8)Cochrane Database Syst Rev. 2013 Jun 21;2013(6):CD001991.

9)N Engl J Med. 2011 Aug 4;365(5):395-409.

10)N Engl J Med. 2020 Feb 6;382(6):503-513.

11)J Thorac Oncol. 2019 Oct;14(10):1732-1742.

12)J Med Screen. 2017 Mar;24(1):34-42.

13)Ann Intern Med. 2012 Jun 19;156(12):880-91, W312.