めまい総論については下記の記事を参照ください。
めまい総論についての勉強をしている際、前庭性片頭痛という疾患が目に留まりました。個人的にはあまりなじみのない疾患だったのですが、調べてみると思ったよりも有病率の高い疾患のようです。今まで見逃していたのかも…と反省しつつ、ここで前庭性片頭痛についてまとめてみたいと思います。
前庭性片頭痛とその疫学
前庭性片頭痛は、その名の通り片頭痛に伴って生じるめまいです。以前は片頭痛性めまい、片頭痛関連めまいとも呼称されていました。片頭痛とめまいの関連については古くは1873年に脳神経内科医のLiveningが著した『On Mergim』に記載がありますが、まとまった報告がなされるようになったのは比較的最近のことになります。さらに、前庭性片頭痛として、めまい平衡医学の国際学会であるBarany Societyにより診断基準が作成されたのは2012年のことです(この診断基準については後述)。このため、前庭性片頭痛は依然として認知度は低く、知見の蓄積も十分ではない疾患概念といえます。
前庭性片頭痛の有病率は諸説ありますが、ドイツでの研究では生涯有病率が1%、アメリカでの調査では1年間の有病率が2.7%とされています。別の研究では、めまい患者の中で最大30%を占める可能性が示されています。また、片頭痛患者のうち、最大20-30%の患者が発作性めまいを経験しているとされています。片頭痛自体の有病率が15%であることを考えると、単純計算で人口の3.0-4.5%が片頭痛とめまいを経験していることになります。これらの患者全てが後述する前庭性片頭痛の診断基準を満たすとは限らない点には注意が必要ですが、前庭性片頭痛は我々が思っている以上に頻度の高い疾患であるといえそうです。
また、片頭痛の亜型であることからも明らかですが、若年の女性に好発します。
病態生理
前庭性片頭痛の病態生理にはわかっていないことが多いです。そもそも片頭痛自体の病態が、血管説、神経説、三叉神経血管説など、複数の仮説が提唱されているものの未だに解明しきれていないことが大きな要因と言えます。ここではThomasらの前庭性片頭痛のreview文献1)を基に、病態生理に関する仮説を見ていきたいと思います。
片頭痛の神経説として、皮質性拡延性抑制現象(CSD)という、脳活動の抑制が順次脳を伝播していく現象が有名です。このCSDが、側頭頭頂接合部に位置する前庭情報を処理する皮質領域に広がることで前庭症状をきたす可能性があるといわれています。
また、片頭痛の発症に関与しているとされる神経伝達物質として、カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)、セロトニン、ノルアドレナリン、ドパミンなどが知られています。これらの神経伝達物質は中枢および末梢の前庭神経の活動を調節しているとされ、片頭痛の発作によって不適当に分泌されることにより、前庭感覚の左右不均衡や前庭神経自体の過興奮をきたし、めまいを引き起こすとされています。
片頭痛の一つの機序とされている血管の炎症に伴い、内耳の浮腫が起こって前庭および蝸牛症状をきたすという説も有力です。“内耳の浮腫”というワードからも察しがつきますが、この説から前庭性片頭痛とメニエール病には病態として類似点があり、実際に症状も似通っていて鑑別が困難である場合も多いようです。
もう一つの説として、内耳ないしは中枢において発現するイオンチャネルの機能不全があります。家族性片麻痺性片頭痛や反復発作性運動失調症 2 型といった、片頭痛とめまいを伴うまれな発作性疾患が存在していますが、これはCACNA1A遺伝子によってコードされている電位依存性カルシウムチャネルの機能不全により起因することが判明しています。このため、この仮説は前庭性片頭痛の病態仮説として有望視されているようです。
以上、前庭性片頭痛の想定される病態をまとめますと、
・皮質性拡延性抑制現象(CSD)による前庭情報を処理する皮質領域への影響
・神経伝達物質の不適当な分泌による、前庭感覚の左右不均衡や前庭神経の過興奮
・炎症による内耳の浮腫
・イオンチャネルの機能不全
の4つとなります。
症状と診断基準
まず、前庭性片頭痛の診断基準を提示します。
この診断基準をざっくりまとめると、前庭性片頭痛の診断は、
・再発する前庭症状
・片頭痛の既往
・めまいと片頭痛症状の関連性
を軸に行っていく、ということになります。
前庭性片頭痛で生じるめまいの性状は様々であり、自発性のめまい、頭位変換で増悪するめまい、視覚誘発性のめまいなど、実に多岐に渡ります。頭位変換で増悪するめまいを呈した場合、良性発作性頭位めまい症(BPPV)との鑑別が難しくなってしまいます。
めまいの重症度も幅があり、軽度で歩行可能なものから1-2日間ベッドで動けなくなってしまうような重度となることもあります。このため、ERではいわゆる急性前庭症候群(AVS)として、前庭神経炎や中枢性めまいとの鑑別が必要となることもあります。
片頭痛ということで頭痛を伴うめまいであることが多いですが、頭痛を伴わずめまいのみを呈することもあります。このため、頭痛の有無のみでは前庭性片頭痛は除外できないことに注意が必要です。
発作中の難聴、耳鳴りといった聴覚症状が20-40%に報告されています。
発作の持続時間はばらつきがあり、
秒単位:15%
分単位:30%
時間単位:30%
日単位:25%
と報告されています。72時間を超えることはほとんどないようです。
身体所見としては、ほとんどの患者で何らかの眼振を呈します。自発性の水平眼振が多いようですが、様々なパターンを呈するようです。垂直方向の眼振など、いわゆる中枢性めまいを示唆する所見を認めることもあり、脳梗塞との鑑別が難しいことがあり注意が必要です。
発作中は平衡障害がでますが、程度によっては歩行や姿勢維持が難しくなることもあるようです。
前庭性片頭痛の症状、身体所見について見てきました。個人的な感想としては、症状の強さや身体所見などに個人差が大きく、前庭性片頭痛としてのゲシュタルトが捉えにくい印象です。軽症例は歩いて一般内科外来にもやってきそうですが、重症例では救急車でERに搬送され、中枢性めまいとの鑑別が困難となる場合も想定されます。片頭痛の既往や年齢である程度鑑別はできそうですが、そのような症例では脳梗塞を念頭にMRIを含めた画像評価を進めていくしかなさそうです。
治療
前庭性片頭痛の急性期における治療に関しては、エビデンスが不十分であり確立されたものはありません。UpToDateにおいても、対症療法として抗ヒスタミン薬、制吐薬、ベンゾジアゼピン系薬剤の使用が推奨されていました。トリプタン製剤が使用されることもありますが、その有効性に関するデータは限られています。
前庭性片頭痛の発作が頻繁かつ重篤な場合には、予防的治療が必要となります。こちらについても前庭性片頭痛そのものに対するデータは不足しており、基本的には通常の片頭痛に準じて予防薬を選択することになります。UpToDateではβ遮断薬、バルプロ酸などの抗てんかん薬、アミトリプチリンなどの抗うつ薬が推奨されていました。
話題の抗CGRP製剤ですが、小規模な研究で片頭痛における前庭症状の改善効果が示されており、今後のデータ蓄積が期待されています。
参考
1)Neurol Clin. 2019 Nov;37(4):695-706.
2)Equilibrium Res Vol. 77(6) 525-531
3)Equilibrium Res Vol. 78(3) 230-231
・UpToDate