めまい総論については下記の記事をご参照ください。
疫学と病態
良性発作性頭位めまい症(benign paroxysmal positional vertigo:BPPV)とは、その名の通り特定の頭位をとることで生じる良性のめまいです。
BPPVはめまい疾患の中で最も頻度が高く、全体の4割程度を占めるといわれています。生涯有病率は2.4%とされ、若年者よりも高齢者に、男性よりも女性に多く発生します。
病態の中心となるのは、平衡感覚を司る前庭系の半規管と耳石器(卵形嚢、球形嚢)です。半規管は位置により、外側半規管、後半規管、前半規管に分けられます。これら半規管の一部は膨化しており、その部分は膨大部と呼ばれます。膨大部の内部にはクプラと呼ばれる構造があり、これが頭位変換による内リンパの流れによって刺激されます。この信号は前庭神経を経て脳へ回転感覚に関する情報として伝えられます。
また、耳石器は左右の直線加速度を感知している卵形嚢と、上下と前後方向の直線加速度を感知している球形嚢に分けられます。ここには炭酸カルシウムでできた平衡砂ないしは耳石が存在しています。
BPPVでは、耳石器(主に卵形嚢)由来の耳石が半規管内に迷入し、異常なリンパ流動を引き起こしたり直接クプラに付着することで、不適切な回転感覚が脳に伝達されることでめまい・眼振を生じます。
原因となる半規管により後半規管型、外側半規管型、前半規管型の3タイプに分類されます。解剖の関係から、頻度は後半規管型と外側半規管型が多く、前半規管型はほとんどありません。
症状や対応が異なるため、半規管に結石が迷入した半規管結石症とクプラに結石が付着したクプラ結石症を分けて考える必要があります。後半規管型ではほとんどが半規管結石症ですが、外側半規管型ではクプラ結石症の割合が高くなります。
BPPVのほとんどが特発性ですが、15-30%で頭部外傷やむち打ち損傷が先行しているとされます。また、耳鼻科手術の合併症として生じることもあるようです。耳石の成分が炭酸カルシウムであることと関係があるのかはわかりませんが、骨密度低下、骨粗鬆症の既往がBPPVのリスクとなるようです。
症状
BPPVの患者さんの主症状は言うまでもなくめまいです。めまいに対する総論は最初に紹介した記事を参考して頂きたいと思いますが、ここでは
・BPPVらしいめまい
・BPPVらしくないめまい
という二つの観点から解説をしていきたいと思います。
BPPVらしいめまい
BPPVの病歴で重要なのは、何といっても頭位変換で誘発されるめまいということになります。先ほど耳石が半規管に迷入し、異常リンパ流が生じることがBPPVの主病態であると説明しましたが、耳石がリンパ液の中で動くためにはきっかけとして頭位変換が必要です。そのため、BPPVの患者さんによく話を伺うと、「寝返りを打ったとき」、「洗濯物を取り込もうとしたとき」、「靴ひもを結ぼうとしたとき」といった頭の位置が変わるような動きが先行しています。また、寝ている間に耳石が半規管に迷入し、「朝、布団から起きた瞬間にめまいがした」というのも多いパターンです。単に立位をとっただけでは頭位変換は起きないため、起立性低血圧との鑑別には注意が必要です。
一般的には頭位変換をしてからめまいが出現するまでに数秒の潜時があることが特徴的とされますが、強いめまいを訴えている患者さんがそこまで把握できているかは微妙です。ここはあまり追及しすぎなくてもいいかもしれません。
めまいの持続時間は1分以内のことが多いです。これは頭位変換をきっかけに始まった耳石の動きが自然に止まるまでの時間を反映しています。ただし、クプラ結石症の場合は持続時間が長いとされ、1分以上続くことが多いようです。
BPPVの患者さんでは、安静にしている間も嘔気や浮動感といった不快感が持続していることが多いです。そのため、単に「めまいはずっと続いていますか?」と聞いてしまうと十中八九yesと返ってきますので、“頭位変換で明らかにめまいが増強するが、安静にしていると1分くらいで落ち着いてくる”ということをしっかりと確認するようにしましょう。
BPPVらしくないめまい
BPPVの鑑別として重要なのは、何といっても小脳梗塞など中枢性めまいです。めまいに随伴し、中枢神経症状(ろれつが回らない、手足の先がしびれる、手足を動かしにくい、飲み込みにくい)の有無はよく確認するようにしましょう。
また、通常聴覚症状(難聴、耳鳴、耳閉感など)は伴わないため、それらがある場合はメニエール病や突発性難聴を考えます。
加えて、既往に片頭痛があり、同様のめまい発作を繰り返している場合は前庭性片頭痛の可能性が高まります。
診断
BPPVの診断は病歴と身体所見(頭位変換眼振検査、頭位眼振検査)で行っていきます。
まず、病歴についてですが、前項の症状を参考に、以下の4点を確認していきます。
1.特定の頭位変換によって回転性あるいは動揺性のめまいがおこる。
2.めまいは数秒の潜時をおいて出現し、次第に増強した後に減弱ないし消失する。めまいの持続時間は1分以内のことが多い。
3.繰り返して同じ頭位変換を行うと、めまいは軽減するか、おこらなくなる。
4.第Ⅷ脳神経以外の神経症状がない。
ただし、クプラ結石症の場合は持続時間が長めになることに留意しておきましょう。
続いて身体所見ですが、ここの頭位変換眼振検査、頭位眼振検査が最も重要かつ難しい部分になるかと思います。色々な手法がありますが、ここでは、
・Dix-Hallpike法:後半規管型BPPVを診断
・head roll法:外側半規管型BPPV(半規管結石症+クプラ結石症)を診断
の二つに絞って解説していきます。
Dix-Hallpike法
Dix-Hallpike法は後半規管型BPPVを診断する手技です。下のような順で行います。
・患者をベッドに座位にさせ、右へ45°顔を向けさせる
・術者は患者の頭側に立ち、頭を支える
・顔の向きはそのままに、1-2秒で一気に倒す
・ベッドから十分に頸を落とした状態で保持し、30秒程眼振を確認する
→右後半規管型BPPVであれば眼振が右回り(検者からみて反時計回り)に出現する
→この場合、さらに患者を起こす動作をすると左回り(検者から見て時計回り)の眼振が出現する
・眼振が出現しなかった場合、向きを左に変えて同様の手技を行う
→左後半規管型BPPVであれば眼振が左回り(検者からみて時計回り)に出現する
→この場合、さらに患者を起こす動作をすると右回り(検者から見て反時計回り)の眼振が出現する
・左右のいずれでも眼振が出現しなかった場合、外側半規管型BPPVまたはその他のめまいとして対応する
注意点として、ベッドを倒す際に勢い余ってベッドがひっくり返らないように気を付けましょう。あらかじめ別のスタッフに患者さんの脚側に乗ってもらうと安全です。
以下、Dix-Hallpike法の手技動画を載せておきます。
下記は実際の患者さんに対する左後半規管型BPPVに対するDix-Hallpike法の動画です。左下懸垂位で回旋性の眼振が出ていることがよくわかります。後半はEpley法で治療した後の動画になりますが、こちらでは眼振が消失しています。
head roll法
head roll法は外側半規管型BPPV(半規管結石症+クプラ結石症)を診断するための手技です。こちらはDix-Hallpike法と比較すると簡単で、仰臥位にして左右に顔を向けるだけです。
この際水平方向性の眼振がでますが、半規管結石症の場合は左右いずれの場合も地面向きに、クプラ結石症の場合は左右いずれの場合も天井向きに眼振が出現します。
左右のいずれが患側なのかは眼振の程度で判断しますが、これはちょっと難しいです。
・半規管結石症:眼振が目立つ頭位で下向き側(地面側)が患側
・クプラ結石症:眼振が目立つ頭位で上向き側(天井側)が患側
ということになりますが、ここまで判断できる自信はないです…。
以下、head roll法の動画を載せておきます。
水平方向性の眼振としては下記の動画がわかりやすいです。
以上、Dix-Hallpike法とhead roll法について紹介しました。
実際には、
①病歴からBPPVを疑う
➁Dix-Hallpike法を行う
③Dix-Hallpike法で後半規管らしい眼振がでない場合にhead roll法を行う
といった流れで診察を行っていくことになります。
なお、眼振は固視により抑制されてわかりにくくなってしまうため、可能であればフレンツェル眼鏡を使用するとよいです。
また、治療に繋げるためにも後半規管か外側半規管かというだけでなく、左右のいずれであるのかは同定するのがベターです。ただし、眼振の向きや強弱を判断するのは経験を積まないと難しいです。
治療
BPPVの治療で最も効果が高いのが耳石置換法です。ここでは耳石置換法と、その他の治療に分けて解説していきます。
Epley法
Epley法は後半規管型BPPVに対する耳石置換法です。
効果は高く、施行後24時間で80%が無症状となり、Dix-Hallpike法が陰性となります。
手技としては、下図の通りDix-Hallpike法で眼振が出た後、そのまま30秒ずつ頭位を移動させていくだけです。Dix-Hallpike法が陰性の方向でEpley法を行っても意味がないため注意しましょう。
以下に手技の動画を載せておきます。
Gufoni法
Gufoni法は外側半規管型BPPVに対する治療です。
手技自体は簡便で、座位からすばやく側臥位とし2分間維持させた後、頭部を下方に45°すばやく回転させて2分間維持させ、座位に戻ります。
厄介なのが、半規管結石症とクプラ結石症で手技の方向が逆になってしまうことです。
つまり、外側半規管型BPPVでは、
右半規管結石症、左クプラ結石症の場合は下図のように左側臥位に、
左半規管結石症、右クプラ結石症の場合は下図のように右側臥位に、
といった感じで手技を行います。うーん、検者の方が目が回りそうです。
他にも外側半規管型BPPVの耳石置換法としてLempert法やVannucchi法などもありますが、いずれも正確に病巣を把握できている必要があります。
以下、Gufoni法の動画です。
Brandt-Daroff法
この耳石置換法は、Epley法やGufoni法を行ってもよくならなった場合や、その半規管が病巣なのかよくわからなくなった場合に行います。要するに奥の手というやつです。
やり方は簡単で、まずベッドに腰かけ、頭を左右どちらかに45°ひねり、反対側に横になります。次に起き上がり、逆向きに頭をひねりながら反対側に横になります。それぞれの体位を30秒-1分程度で繰り返します。いわゆるめまい体操として患者さんにも指導することができます。
非特異的な耳石置換法であり、詰まるところ頭を振って運よく耳石が半規管から抜けてくれるのを待つといったような手法です。
効果は特異的な耳石置換法であるEpley法などと比較すると落ちるとされていますが、特に外側半規管型で右なのか左なのか、半規管結石症なのかクプラ結石症なのか混乱してしまった場合にはよい選択肢になるでしょう。
薬物治療
BPPVの治療は前述した耳石置換法が基本となり、薬物治療はあまり役に立ちません。ただ、BPPVの急性期では不快感や嘔気が強いため、対症療法として何らかの薬剤が使用されている場合が多いです。
急性期には
・炭酸水素ナトリウム(メイロン静注7%®) 40ml-60ml静注
・ヒドロキシジン(アタラックス-P注射液®) 25-50mg点滴静注ないしは筋注
・メトクロプラミド(プリンペラン®) 10mg静注ないしは筋注
などを投与します。個人的にはアタラックス-Pに適宜プリンペランを使用することが多いです。
なお、ランダム化試験でEpley法と共にベタヒスチン(メリスロン®)内服(24mgを1日2回、1週間)を投与することで、Epley法のみで治療された患者と比較しめまい症状が軽減したという報告があります。
手術治療
かなり稀ですが、耳石置換法を行っても治癒しない難治性BPPVに対し、耳石片が迷入しやすい半規管を選択的に栓塞する半規管遮断術が施行されることがあります。術操作や外リンパ瘻による感音難聴や、めまい自体が増悪するリスクがあるようです。
予後
BPPVの自然史は十分に研究されていませんが、未治療の場合は症状が改善するまで数日から数週間、場合によってはそれ以上かかることがあるようです。
慢性めまいの新しい疾患概念として、持続性知覚性姿勢誘発めまい(PPPD)が提唱されています。一説にはBPPVによるめまいが長引くことによってPPPDを発症してしまう、つまりめまいが慢性化してしまう可能性が指摘されています。まだエビデンスに乏しい分野ではあるものの、こういった疾患概念を考えるとBPPVをしっかり診断して積極的に耳石置換法で症状をとってあげることがよいのかもしれません。
また、BPPVは再発しやすいことが知られており、5年間での再発率が3割程度見られるようです。
参考
・Otolaryngol Head Neck Surg. 2017 Mar;156(3_suppl):S1-S47.
・今日の臨床サポート
・UpToDate
https://www.uptodate.com/contents/benign-paroxysmal-positional-vertigo
・医学事始
・興和株式会社 めまいプロ