起立性調節障害とは
起立性調節障害(Orthostatic Dysregulation;OD)とは、起立に伴う循環動態の破綻により、脳血流が低下し立ちくらみ、失神、朝起き不良、全身倦怠感などが出現する自律神経機能不全の一群です。小児~思春期で最も多くみられますが、成人まで持続・再燃する例もあります。ODの約半数に不登校が併存し、また不登校の3~4割にODを伴うことから、診断・治療において心身医学的なアプローチが必要とされています。
疫学
ODの好発年齢は10~16歳、有病率は小学生の5%、中学生の10%とされています。また、一般小児科を受診する10~15歳の6.0%を占め、小児慢性疾患では最も頻度の高い疾患です。男女比は1:2と、女児に多い傾向があります。約半数には遺伝傾向を認めるといいます。
病態
起立時、重力により血液が下肢に貯留することで静脈還流が低下し、脳血流の低下が起こります。正常ではこのとき、以下のような自律神経系の反応により血圧が維持されます:
・心拍数の増加(交感神経刺激)
・末梢血管収縮
・静脈収縮による還流増加
ODの患者さんでは、この代償調節機構が破綻し、脳循環が低下することで種々の症状が出現します。
小児では、自律神経系が未成熟であるため、ODを発症しやすいと言われています。加えて、小児期特有の先進的なストレス、心理的な影響も病態に大きく関与していると考えられており、ODは心身症の側面も強い疾患であると言えます。
病型
ODには以下の通り、4つのサブタイプが存在します。
①起立直後性低血圧:INOH
ODに最も多い病型で、OD全体の23%を占めます。起立直後の平均血圧回復時間≧25秒、または血圧回復時間≧20秒かつ起立直後平均血圧低下≧60%の場合にINOHと診断します。
起立直後に血圧が低下し、立ちくらみ、めまい、浮遊感、頭痛などの症状が出現します。この起立直後の血圧低下は一般的な起立試験(シェロングテスト)では捕まえることができないため、非侵襲的連続血圧測定装置、ないしは新起立試験による評価が必要となります。
INOHは主に動脈系の代償機構がうまく働かないことが主病態ですが、この機構は高位の脳皮質から修飾を受けているため、特に心理社会的ストレスの影響を受けやすいサブタイプであると考えられています。
②体位性頻脈症候群:POTS
POTSではINOHの次に多いサブタイプです。起立中に血圧低下を伴わず、著しい心拍増加を認めます。起立3分以後心拍数≧115/分または、心拍数増加≧35/分で診断とします。
症状はINOHとは異なり、起立直後の立ちくらみは顕著ではないものの、一方で頭痛や倦怠感が強いという特徴があります。
③血管迷走神経性失神:VVS
VVSは、起立時の静脈還流の低下と、過剰な心室収縮に伴う心臓神経反射によって急激に血圧が低下することで発症します。小児だけでなく、成人にもよく見られる病態です。起立中に突然収縮期と拡張期の血圧低下ならびに起立失調症状が出現し、意識低下や意識消失発作を生ずる場合にVVSと判断します。
特に体調不良の時に発症する傾向があります。具合が悪い中で立ちながら校長先生のお話を聴いている際、急に倒れてしまい、“〇〇が貧血で倒れた!”と言われる…というのは典型的な病歴です。
小児のVVSでは背景にINOHやPOTSがあることが多いため、新起立試験による評価を行っておくことが重要です。
④遷延性起立性低血圧:delayed OH
delayed OHは起立直後の血圧心拍は正常ですが、起立後3~10分してから徐々に血圧が低下してきます。収縮期血圧が臥位の15%以上、または20mmHg以上低下した場合にdelayed OHと判断します。
小児というよりも成人、特に高齢者に多い病態です。
診断
診断は以下の通り、4stepで行います。
STEP1:ODを疑う
ODに特徴的な身体症状項目を確認し、複数該当する場合に疑うことになります。具体的な症状として、以下のようなものがガイドラインに挙げられています。

項目が3つ以上当てはまるか、あるいは2つであってもODを強く疑われる場合には、ODとして精査を進めていくことになります。
STEP2:OD症状を生ずる基礎疾患を除外する
次に、OD症状を生ずる基礎疾患の除外を行います。
ODの代表的な鑑別疾患として、以下のような疾患が挙げられます。

これらを除外するために、詳細な身体診察に加え、一般採血(甲状腺機能を含む)、尿検査、心電図、胸部X線画像は最低限行っておくとよいでしょう。
STEP3:“新起立試験”を行い、ODを4つのサブタイプに下位診断する
次に、新起立試験を行います。先述した通り、INOHは従来の起立試験(シェロング試験)では診断ができません。そこで、一般外来でも簡単にINOHを発見できるよう開発されたのがこの新起立試験なのです。これは、従来の起立試験に、起立直後血圧回復時間測定を加えたものです。
新起立試験に必要なものは、水銀血圧計、聴診器、コッヘル、ストップウォッチ、心電図、蘇生セットです。自分で圧を調整する必要があるため、自動血圧計ではなく、“水銀血圧計”を準備しなければならない点に注意しましょう。
新起立試験の手順は以下の通りです。

新起立試験の結果を元に、サブタイプ分類を行います。
STEP4:“心理社会的要因”の判定を行う
STEP3でODの診断がついたら、最後に“心理社会的要因”がないか確認を行います。繰り返しますが、ODには生物学的要因だけでなく、心理・社会的背景が大きく関わる疾患です。次の3項目に該当がないかチェックするとよいです。
①以下のチェックリストにより、心身症が疑われる場合

②強い不安や抑うつ、不眠、1か月以上の不登校など、二次障害を来している場合
③家族や学校がODの理解に乏しく、周囲への教育的配慮が必要な場合
治療
ODの治療となると、一般医が対応すべき範疇を超えている印象がありますが、最低限の知識として押さえておくとよいです。簡単に各項目について解説します。
①疾病教育
ODに対し、家族や担任教師は「気持ちの問題」ととらえる傾向があります。このような周囲の見方に、子供は大きく影響を受け、ネガティブな心理状態となって症状を悪化させることは少なくありません。しかし、ODの基本病態は起立循環障害という身体疾患であるため、身体的治療を心理社会的アプローチに優先させる必要があります。そのため、まずは家族にODに対する正しい知識を獲得してもらうため、医療従事者からの詳しい説明を行う必要があります。
②非薬物療法
非薬物療法は起立循環障害を是正する上で簡便かつ有用です。
具体的には、
・身体操作:起立時に頭を心臓の高さに下げる、足踏みや両足クロスにより下半身の血液貯留を少なくする、など
・日中の臥床を避ける
・生活リズムを整える
・暑気を避ける
・運動療法
・水分と塩分摂取を励行する
といったことが挙げられます。
いずれも施行はそう難しくないため、説明の上で家庭で取り組んでもらうようにしましょう。①と併せ、詳細を記載したパンフレットをお渡しするとよりよいかもしれません。
③薬物療法
非薬物療法をきちんと指導した上で改善がない場合、ありは重症度が中等症以上である場合に薬物治療を検討します。本邦のガイドラインでは、塩酸ミドトリン、メチル硫酸アメジニウム、プロプラノロールの3剤が推奨されています。
④環境調整(友達、家族)ならびに心理療法
これらの治療は「中等症で心理社会的因子の関与あり」と「重症」に対して行うものであり、基本的には専門医療機関に紹介することが望ましいです。
参考
・小児心身医学会ガイドライン集 改訂第2版 日本小児心身医学会 南江堂
・今日の臨床サポート