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GIP/GLP-1受容体アゴニスト

 

 グルカゴン様ぺプチド(GLP-1)およびグルコース依存性インスリン分泌促進性ポリペプチド(GIP)は、食事の摂取に伴い分泌されるホルモンであり、総称してインクレチンと呼ばれます。主な作用として、膵β細胞に作用し、グルコース依存性にインスリン分泌を促します。また、胃内容物排出を遅延させ、食後のグルカゴン分泌を抑制し、食事摂取量自体を減少させるなど、多面的な働きを示します。一応、GLP-1とGIPには細かい違いがあるため、以下の表にまとめておきます。ひとまず、両者とも血糖を下げ、体重減少効果があることを押さえておいて頂ければOKです。

 

 また、GLP-1とGIPはジペプチルペプチダーゼ-4(DPP-4)によって分解されて失活します。

 

 インクレチンをターゲットとした血糖降下薬として、最初に登場したのがDPP-4阻害薬です。読んで字のごとく、DPP-4を阻害することでインクレチンの分解を防ぎ、血糖を低下させます。

 次いで開発されたのが、セマグルチド(オゼンピック®)やデュラグルチド(トルリシティ®)を代表とする、GLP-1受容体アゴニストです。これはGLP-受容体に直接作用して血糖降下作用を示す薬剤であり、高い体重減少効果が特徴です。

 

 さて、前置きが長くなってしまいました。今回の記事で紹介するのが、インクレチン関連薬で最も新しい薬剤である、GIP/GLP-1受容体アゴニストです。これはGLP-1受容体だけでなくGIP受容体にもアゴニストとして作用するため、GLP-1受容体アゴニスト以上の臨床効果が期待されています。現在使用可能であるGIP/GLP-1受容体アゴニストは、チルゼパチド(マンジャロ®)のみです。

 

 この項では、現時点でのGIP/GLP-1受容体アゴニストのエビデンスを確認していきましょう。主に、GLP-1受容体アゴニストやインスリンといった、他剤との比較試験が存在しています。まず、最も有名な試験であるSURPASS-2試験をご紹介します。

 

SURPASS-2試験:チルゼパチド vs セマグルチド

 SURPASS-2試験1)では、週1回投与のチルゼパチド(5mg、10mg、15mg)とセマグルチド1 mgを比較し、その有効性と安全性を評価しました。

 

〇試験デザインと対象者
SURPASS-2試験は40週間にわたる第III相試験であり、メトホルミン単独療法で血糖コントロールが不十分な2型糖尿病患者 を対象としました。

・対象者: 1879名

・平均年齢:56.6歳
・平均HbA1c: 8.28%
・平均体重: 93.7 kg
・BMI: 25以上

被験者は、以下の4つのグループに無作為に割り付けられました。

・チルゼパチド 5 mg群(470名)
・チルゼパチド 10 mg群(469名)
・チルゼパチド 15 mg群(470名)
・セマグルチド 1 mg群(469名)

 

〇主要評価項目:40週間後のHbA1cの変化

 結果として、チルゼパチドはすべての用量でセマグルチドよりもHbA1cを有意に低下 させ、特に10 mg・15 mg群では統計的に有意な差が確認されました。

 

〇副次評価項目:HbA1c目標達成率

  HbA1c 7.0%未満を達成した割合はチルゼパチド群の方が高く、特に15 mg群では46%がHbA1c 5.7%未満に達しました。

 

〇副次評価項目:体重減少効果

 セマグルチド群と比較し、チルゼパチド群でより大きな体重減少が確認されました。

 

〇副次評価項目:安全性

 主な副作用は消化器症状であり、特に吐き気・下痢・嘔吐が多く報告されました。

・吐き気: チルゼパチド(17–22%)、セマグルチド(18%)
・下痢: チルゼパチド(13–16%)、セマグルチド(12%)
・嘔吐: チルゼパチド(6–10%)、セマグルチド(8%)

低血糖発生率(血糖 < 54 mg/dL)

・チルゼパチド 5 mg: 0.6%
・チルゼパチド 10 mg: 0.2%
・チルゼパチド 15 mg: 1.7%
・セマグルチド 1 mg: 0.4%

重篤な有害事象発生率

・チルゼパチド 5 mg: 7%
・チルゼパチド 10 mg: 5%
・チルゼパチド 15 mg: 7%
・セマグルチド 1 mg: 3%

死亡例

試験期間中、13名(0.7%)が死亡(チルゼパチド群: 12名, セマグルチド群: 1名)
死亡原因: COVID-19関連肺炎(6例)、心血管疾患(4例)、不明(2例)
いずれも試験薬との関連なしと判断

 

〇結論

 SURPASS-2試験の結果から、チルゼパチドはセマグルチド1 mgと比較して、より強力な血糖降下効果と体重減少効果を示しました。

・HbA1cはすべてのチルゼパチド群でセマグルチド群よりも有意に低下
・体重減少効果もチルゼパチド群でより大きく、15 mg群ではセマグルチドより約5.5 kg多く減少
・消化器症状が主な副作用だが、重篤な有害事象の発生率は低い
・低血糖リスクは低く、安全性は概ね良好

 

 本研究のLimitationとしては、

・オープンラベル試験であり、バイアスが排除しきれていない

・試験期間が40週間と短い

・血糖降下作用と体重減少の相関が十分に議論されていない

・低血糖リスクが過小評価されている可能性がある

・薬剤との関連は低いとされているとはいえ、死亡例がセマグルチド群より多い

といった点が挙げられています。

 また、対象者が体重90kg、BMI25以上に限られている点にも注意が必要です。

SURPASS J-mono試験

 次に、日本人をターゲットとしたSURPASS J-mono試験を紹介します2)。ただし、全文が手に入らなかったため、アブストラクトに限定した内容であることをご容赦ください。

 本試験では、チルゼパチド(5 mg, 10 mg, 15 mg)とデュラグルチド(0.75 mg)を比較し、日本人2型糖尿病患者の代謝異常に及ぼす影響を評価しました。対象の年齢は56.6歳、A1c 8.2%、BMI 28.1です。

 52週間の治療後、チルゼパチドはデュラグルチドと比較して、HbA1cの有意な低下と体重減少を示しました。具体的には、チルゼパチド15 mg群でHbA1cが平均2.8%低下し、体重が平均10.7 kg減少しました。一方、デュラグルチド群ではHbA1cが1.3%の低下、体重が0.5 kgの減少にとどまりました。主な副作用は消化器症状であり、チルゼパチド群で用量依存的に多く報告されましたが、全体的な安全性プロファイルは良好でした。

 この結果は、チルゼパチドが日本人の2型糖尿病患者において、血糖コントロールと体重管理の両面で有望な治療選択肢であることを示唆しています。

その他の研究

 他にも、チルゼパチドとインスリンデグルデグを比較したSURPASS-3試験3)、チルゼパチドとインスリングラルギンを比較したSURPASS-4試験4)、インスリングラルギンを既に使用している患者において、チルゼパチドとプラセボの比較を行ったSURPASS-5試験5)といった試験がありますが、いずれも良好な成績を残しています。また、BMI30以上の症例に限った研究ではありますが、チルゼパチドに心保護効果や脂肪肝炎改善効果があることも示されています6,7)。なお、脳・心血管疾患の予防効果については現時点では直接示されていませんが、現在臨床試験が進行中であり、いずれ結果が判明するものと思われます。

 補足ですが、チルゼパチドは糖尿病ではない肥満患者に対する体重減少効果も示されており8)、「健康障害を有する肥満症」に対しても保険適応となっています。健康障害を有する肥満症の定義は以下の通りです。

“高血圧、脂質異常症又は2型糖尿病のいずれかを有し、食事療法・運動療法を行っても十分な効果が得られず、以下に該当する肥満症に限る。
・BMIが27kg/m2以上であり、2つ以上の肥満に関連する健康障害を有する
・BMIが35kg/m2以上”

ちなみに、肥満症に対して用いる場合、マンジャロ®ではなく、ゼップバウンド®という商品名の製品を用いることになります。私が調べた限りでは、商品名や製剤の外見が少し異なる以外、両者の使い方に違いはなさそうでした。

 次に、GIP/GLP-1受容体アゴニストという薬剤とどのように向き合うべきか、私自身の考えをまとめたいと思います。

 現時点での私のスタンスとしては、「GIP/GLP-1受容体アゴニストは、基本的にプライマリケアの現場では使用する機会がほとんどない。ただし、若年で高度の肥満を伴う場合には、適応を検討する余地がある」と考えています。

 これまでの研究から、GIP/GLP-1受容体アゴニストは既存の薬剤と比較して、高い血糖降下作用と体重減少作用を持つことが示唆されています。しかし、本邦においては、臨床試験の対象とされるような「比較的若年でBMIが高い糖尿病患者」は多くはなく、特に地域のプライマリケアでは「肥満がそれほど顕著ではない高齢糖尿病患者」が大多数を占めます。

このような患者層では、GIP/GLP-1受容体アゴニストの食欲抑制・体重減少作用がかえって問題となり、食欲不振や筋肉量減少といった有害事象が生じる可能性が高まります。そのため、私の現在の診療環境では、本剤を処方する機会はほとんどないと考えています。

 一方で、例外的に若年で高度の肥満を伴う糖尿病患者に対しては、本剤が有効な選択肢となる可能性があります。ただし、現時点ではマンジャロ®の薬価が高いため、まずはGLP-1受容体アゴニストを試し、効果が不十分な場合にGIP/GLP-1受容体アゴニストへの切り替えを検討する、という流れが現実的ではないかと思います。

 

 最後に、私自身の感想を述べたいと思います。

 肥満のある方にとって、GIP/GLP-1受容体アゴニストはまさに救世主ともいえる存在です。先ほど紹介したSURMOUNT-1試験8)では、チルゼパチドを開始して72週間で15〜20%の体重減少が認められました。ここまで減量できるのであれば、自費で試してみたくなる気持ちも理解できます(私自身も万年ダイエッターなので…)。

 ただし、自費診療で使用する場合には注意が必要です。有害事象が生じても、基本的に治療費は保険適用にならず、自己負担となる点は見落とせません。また、現在、薬剤が自費診療で多く消費されることで、本来優先的に使用すべき患者さんへ十分に供給されないという問題も指摘されています。

こうした背景を踏まえると、GIP/GLP-1受容体アゴニストは、単に「効果が高い薬」としてではなく、医療資源の適切な活用という視点も含め、多面的に向き合っていくべき薬剤だと感じます。

 いやでも、こんなに痩せられるのなら、一回使ってみたいなぁ…。

 

1)N Engl J Med. 2021 Aug 5;385(6):503-515.

2)Lancet Diabetes Endocrinol. 2022 Sep;10(9):623-633.

3)Lancet. 2021 Aug 14;398(10300):583-598.

4)Lancet. 2021 Nov 13;398(10313):1811-1824.

5)JAMA. 2022 Feb 8;327(6):534-545.

6)N Engl J Med. 2025 Jan 30;392(5):427-437.

7)N Engl J Med. 2024 Jul 25;391(4):299-310.

8)N Engl J Med. 2022 Jul 21;387(3):205-216.