本記事は以下の2つの記事の続きです。
ビグアナイド薬、SGLT-2阻害薬に続き、最後にGLP-1受容体アゴニストの脳・心血管疾患の予防効果について確認していきます。
①LEADER試験
LEADER試験はリラグルチド(ビクトーザ®)の脳・心血管疾患の予防効果について検証した研究です1)。
〇試験デザインと対象群、エンドポイント
・試験デザイン:国際共同、多施設、無作為化、二重盲検、プラセボ対照試験
・対象者:総数:9,340名
平均年齢:64.3歳
性別:男性64.3%
人種:白人 約80%、アジア人 約8%、黒人 約7%
平均BMI:32.5 kg/m²
平均HbA1c:8.7%
既存の心血管疾患(ASCVD):81.3%
・追跡期間:中央値:3.8年
・主要エンドポイント:心血管死+非致死性心筋梗塞+非致死性脳卒中の古典的3点MACE
〇アウトカム
・主要エンドポイント(古典的3点MACE):
リラグルチド群:13.0%
プラセボ群:14.9%
ハザード比(HR):0.87(95%信頼区間:0.78–0.97)
・心血管死:
リラグルチド群:4.7%
プラセボ群:6.0%
HR:0.78(95%信頼区間:0.66–0.93)
・全死亡:
リラグルチド群:8.2%
プラセボ群:9.6%
HR:0.85(95%信頼区間:0.74–0.97)
・非致死性心筋梗塞:
リラグルチド群:4.1%
プラセボ群:4.6%
HR:0.88(95%信頼区間:0.75–1.03)
・非致死性脳卒中:
リラグルチド群:3.4%
プラセボ群:3.8%
HR:0.89(95%信頼区間:0.72–1.11)
※体重はリラグルチド群で2.3kg減少、プラセボ群で0.0kg減少

〇重要ポイント
✅主要エンドポイントを古典的3点MACE(心血管死、非致死性心筋梗塞、非致死性脳卒中)に設定した大規模臨床試験。
→“真のエンドポイント”を設定しており、脳・心血管疾患の予防効果を検証する臨床試験としては信頼性が高い。
✅平均年齢64.3歳、男性が約64%、平均BMIが32.5 kg/m²と、肥満傾向のある高齢の2型糖尿病患者が中心であり、人種も白人が大多数を占める。
→本邦における糖尿病患者(高齢、非肥満、日本人)とは大きく背景が異なっており、本試験の結果をそのまま期待できるかは不明。
✅脳・心血管疾患リスクの高い患者が大多数を占める
→脳・心血管疾患の予防効果はハイリスク群に限定される可能性がある。
✅主要エンドポイントである古典的3点MACEは有意に低下した。副次エンドポイントである心血管死・全死亡のリスクも低下していたが、非致死的心筋梗塞、非致死的脳卒中はリスク低下の傾向があったものの、有意差はつかなかった。
まとめますと、本試験はリラグルチドの脳・心血管疾患の予防効果を直接示した臨床試験です。ただし、BMIが30以上かつ脳・心血管疾患のハイリスク群を対象としており、糖尿病患者全員に同じような利点を期待できるかは慎重に判断する必要があります。
②REWIND試験
REWIND試験はデュラグルチド(トルリシティ®)の脳・心血管疾患の予防効果を検証した試験です2)。
〇試験デザインと対象群、エンドポイント
・試験デザイン:国際共同、多施設、無作為化、二重盲検、プラセボ対照試験
・対象者:総数:9,901名
平均年齢:66.2歳
性別:女性46.3%、男性53.7%
人種:白人 75.8%、アジア人 約12%、その他 約12%
平均BMI:32.3 kg/m²
平均HbA1c:7.2%
既存の心血管疾患(ASCVD):31.5%
糖尿病罹患期間:中央値9.5年
・追跡期間:中央値:5.4年(IQR 5.1–5.9)
・主要エンドポイント:心血管死+非致死性心筋梗塞 +非致死性脳卒中の古典的3点MACE
〇アウトカム
・主要エンドポイント(古典的3点MACE):
デュラグルチド群:12.0%(2.4件/100人年)
プラセボ群:13.4%(2.7件/100人年)
ハザード比(HR):0.88(95%信頼区間:0.79–0.99、p=0.026)
・心血管死:
デュラグルチド群:6.4%
プラセボ群:7.0%
HR:0.91(95%信頼区間:0.78–1.06、p=0.21)
・非致死性心筋梗塞:
デュラグルチド群:4.1%
プラセボ群:4.3%
HR:0.96(95%信頼区間:0.79–1.16、p=0.65)
・非致死性脳卒中:
デュラグルチド群:2.7%
プラセボ群:3.5%
HR:0.76(95%信頼区間:0.61–0.95、p=0.017)
・全死亡:
デュラグルチド群:10.8%
プラセボ群:12.0%
HR:0.90(95%信頼区間:0.80–1.01、p=0.067)
※体重変化:デュラグルチド群:平均1.46kg減少、プラセボ群:変化なし

〇重要ポイント
✅主要エンドポイントを古典的3点MACE(心血管死、非致死性心筋梗塞、非致死性脳卒中)に設定した大規模臨床試験。
→“真のエンドポイント”を設定しており、脳・心血管疾患の予防効果を検証する臨床試験としては信頼性が高い。
✅平均年齢66.2歳、平均BMIが32.3 kg/m²と、肥満傾向のある高齢の2型糖尿病患者が中心。ただ、平均HbA1cは7.2%と比較的安定しており、アジア人も12%とそれなりに組み込まれている。また、ASCVDの既往も31.5%と少なめ。
→これまで同様、本邦における糖尿病患者(高齢、非肥満、日本人)にそのまま当てはめてよいかは慎重になるべき。ただ、血糖コントロールが比較的良好で、ASCVDの既往がない場合にも効果が期待できる可能性はある。
✅主要エンドポイントである古典的3点MACEは有意に低下した。副次エンドポイントである非致死的脳卒中のリスクも有意に低下していた。一方、心血管死、非致死的心筋梗塞はリスク低下の傾向があったものの、有意差はつかなかった。
まとめますと、本試験はデュラグルチドの脳・心血管疾患の予防効果を直接示した臨床試験です。ただし、BMIが30以上かつ脳・心血管疾患のハイリスク群を対象としており、糖尿病患者全員に同じような利点を期待できるかは慎重に判断する必要があります。一方、これまで見てきたSGLT-2阻害薬、GLP-1受容体アゴニストの臨床試験の中では、血糖コントロールが良好かつASCVDの既往が少ないポピュレーションが対象となっている点は注目に値します。
③SUSTAIN-6試験
本試験は、セマグルチド(オゼンピック®)の脳・心血管疾患の予防効果を検証した試験です3)。
〇試験デザインと対象群、エンドポイント
・試験デザイン:国際共同、多施設、無作為化、二重盲検、プラセボ対照試験
・対象者:総数 3,297名
平均年齢:65歳
性別:男性約60%、女性約40%
人種:白人 83%、アジア人 8%、黒人 4%
平均BMI:32.8 kg/m²
平均HbA1c:8.7%
既存の心血管疾患(ASCVD):83%
・追跡期間:104週間(約2年間)
・主要エンドポイント:心血管死+非致死性心筋梗塞 +非致死性脳卒中の古典的3点MACE
〇アウトカム
・主要エンドポイント(古典的3点MACE):
セマグルチド群:6.6%
プラセボ群:8.9%
ハザード比(HR):0.74(95%信頼区間:0.58–0.95)
・心血管死:
セマグルチド群:2.7%
プラセボ群:2.8%
HR:0.98(95%信頼区間:0.65–1.48)
・非致死性心筋梗塞:
セマグルチド群:2.9%
プラセボ群:3.9%
HR:0.74(95%信頼区間:0.51–1.08)
・非致死性脳卒中:
セマグルチド群:1.6%
プラセボ群:2.7%
HR:0.61(95%信頼区間:0.38–0.99)
・全死亡:
セマグルチド群:3.8%
プラセボ群:4.8%
HR:0.74(95%信頼区間:0.53–1.03)
・腎症の新規発症または悪化:
セマグルチド群:3.8%
プラセボ群:6.1%
HR:0.64(95%信頼区間:0.46–0.88)
・糖尿病性網膜症の悪化:
セマグルチド群:3.0%
プラセボ群:1.8%
HR:1.76(95%信頼区間:1.11–2.78)
※体重変化:
セマグルチド0.5mg群:平均3.6kg減少
セマグルチド1.0mg群:平均4.9kg減少
プラセボ群:平均0.5kg減少

〇重要ポイント
✅主要エンドポイントを古典的3点MACE(心血管死、非致死性心筋梗塞、非致死性脳卒中)に設定した大規模臨床試験。
→“真のエンドポイント”を設定しており、脳・心血管疾患の予防効果を検証する臨床試験としては信頼性が高い。
✅平均年齢65歳、平均BMIが32.89 kg/m²と、肥満傾向のある高齢の2型糖尿病患者が中心。
→これまで同様、本邦における糖尿病患者(高齢、非肥満、日本人)にそのまま当てはめてよいかは慎重になるべき。
✅脳・心血管疾患リスクの高い患者が大多数を占める
→脳・心血管疾患の予防効果はハイリスク群に限定される可能性がある。
✅主要エンドポイントである古典的3点MACEは有意に低下した。副次エンドポイントである非致死的脳卒中のリスクも有意に低下していた。一方、心血管死、非致死的心筋梗塞はリスク低下の傾向があったものの、有意差はつかなかった。
✅副次エンドポイントにはなるが、セマグルチドの腎保護効果が示唆された。
まとめますと、本試験はセマグルチドの脳・心血管疾患の予防効果を直接示した臨床試験です。ただし、BMIが30以上かつ脳・心血管疾患のハイリスク群を対象としており、糖尿病患者全員に同じような利点を期待できるかは慎重に判断する必要があります。
④PIONEER6試験
本試験はセマグルチドの経口薬(リベルサス®)の脳・心血管疾患の予防効果を検証した試験です4)。
〇試験デザインと対象群、エンドポイント
・試験デザイン:国際共同、多施設、無作為化、二重盲検、プラセボ対照試験
・対象者:総数:3,183名
平均年齢:66歳
性別:男性69.3%、女性30.7%
人種:白人 83.1%、黒人またはアフリカ系アメリカ人 5.8%、アジア人 4.0%
平均BMI:32.3 kg/m²
平均HbA1c:8.2%
既存の心血管疾患(ASCVD):84.7%
慢性腎臓病(CKD):28.5%
・追跡期間:中央値:15.9ヶ月
・主要エンドポイント:心血管死+非致死性心筋梗塞 +非致死性脳卒中の古典的3点MACE
〇アウトカム
・主要エンドポイント(古典的3点MACE):
経口セマグルチド群:3.8%(61名)
プラセボ群:4.8%(76名)
ハザード比(HR):0.79(95%信頼区間:0.57–1.11)
・心血管死:
経口セマグルチド群:0.9%(15名)
プラセボ群:1.9%(30名)
HR:0.49(95%信頼区間:0.27–0.92)
・非致死性心筋梗塞:
経口セマグルチド群:2.3%(37名)
プラセボ群:2.3%(38名)
HR:1.00(95%信頼区間:0.65–1.54)
・非致死性脳卒中:
経口セマグルチド群:0.8%(13名)
プラセボ群:1.0%(16名)
HR:0.74(95%信頼区間:0.35–1.57)
・全死亡:
経口セマグルチド群:1.4%(23名)
プラセボ群:2.8%(45名)
HR:0.51(95%信頼区間:0.31–0.84)
※体重変化:経口セマグルチド群:平均4.2kg減少、プラセボ群:平均0.8kg減少

〇重要ポイント
✅主要エンドポイントを古典的3点MACE(心血管死、非致死性心筋梗塞、非致死性脳卒中)に設定した大規模臨床試験。
→“真のエンドポイント”を設定しており、脳・心血管疾患の予防効果を検証する臨床試験としては信頼性が高い。
✅平均年齢66歳、平均BMIが32.3 kg/m²と、肥満傾向のある高齢の2型糖尿病患者が中心。白人が大部分。
→これまで同様、本邦における糖尿病患者(高齢、非肥満、日本人)にそのまま当てはめてよいかは慎重になるべき。
✅脳・心血管疾患リスクの高い患者が大多数を占める
→脳・心血管疾患の予防効果はハイリスク群に限定される可能性がある。
✅主要エンドポイントである古典的3点MACEは低下する傾向があったが、有意差はなかった。副次エンドポイントである心血管死、全死亡のリスクは有意に低下していた。一方、非致死的心筋梗塞、非致死的脳卒中はリスク低下の傾向があったものの、有意差はつかなかった。
まとめますと、本試験はセマグルチドの経口薬の脳・心血管疾患の予防効果を検証した臨床試験ですが、セマグルチドの注射薬の臨床試験である文献3と異なり、主要エンドポイント(古典的3点MACE)については有意差がつきませんでした。
まとめ
GLP-1受容体アゴニストに関して
本稿では、GLP-1受容体アゴニストの脳・心血管疾患予防効果に関する主要な臨床試験の結果を確認しました。いずれの研究も古典的3点MACEを主要エンドポイントに設定しており、特に注射製剤であるリラグルチド、デュラグルチド、セマグルチドでは有意なリスク低減が確認されている点は注目に値します。
一方で、SGLT2阻害薬と同様に、臨床試験に組み入れられた患者の特性には注意が必要です。具体的には、
・白人が大多数を占める
・BMI > 30の高度肥満かつ脳・心血管疾患の高リスク群が対象
といった点が挙げられます。したがって、GLP-1受容体アゴニストの脳・心血管疾患予防効果をすべての糖尿病患者に当てはめるのは、現時点では拡大解釈といえるでしょう。
また、セマグルチドの経口製剤(リベルサス®)では、主要エンドポイントにおいて統計的有意差が得られませんでした。リベルサス®は内服方法が煩雑で、アドヒアランスの低下が懸念されることもあり、使用するのであれば注射製剤の方が望ましいと考えます。
本邦においても、高度の肥満を伴う患者にはGLP-1受容体アゴニストが有用な選択肢となる可能性があります。しかし、高齢者では食欲抑制や体重減少効果がフレイルやサルコペニアを助長するリスクがあり、安易な使用は避けるべきでしょう。
糖尿病治療薬における脳・心血管疾患予防効果に関する総括
本稿では、ビグアナイド薬、SGLT2阻害薬、GLP-1受容体アゴニストの脳・心血管疾患予防効果に関するエビデンスを確認してきました。ここで、それぞれの薬剤について、得られた知見をもとに総括したいと思います。
まず、ビグアナイド薬については、「脳・心血管疾患を予防する可能性がある」程度の表現に留めるのが適切だと考えます。これは、古典的3点MACEを主要エンドポイントに設定した大規模臨床試験が存在しないという点が大きな制約となるためです。そのため、現時点では、ビグアナイド薬の心血管保護効果を決定的なものとするエビデンスは不足しているといえます。
ただし、今回の学習を通じて、ビグアナイド薬の価値が下がったわけではありません。血糖降下作用が確実であり、体重増加を伴わず、安全性が確立されているうえに安価であるという点は依然として大きなメリットです。したがって、糖尿病治療の第一選択薬としての地位は揺るがないと考えており、今後も継続して使用していく方針に変わりはありません。
続いて、SGLT2阻害薬およびGLP-1受容体アゴニストについてですが、「高度の肥満がある患者においては、脳・心血管疾患予防効果が期待でき、積極的に使用を検討すべきである」という結論になります。一方で、高齢者ではフレイルやサルコペニアを助長する可能性があるため、適応を慎重に判断する必要があります。
この2剤は、ビグアナイド薬とは異なり、古典的3点MACEを主要エンドポイントに設定した大規模臨床試験が複数存在し、統計的有意差が示されている(試験によっては有意差がつかなかったものもあるが)という強みを持っています。ただし、臨床試験の対象患者は「高度の肥満かつ脳・心血管疾患のリスクが高い患者」である点を考慮する必要があり、すべての糖尿病患者に同じ効果が期待できるとは限りません。特に、高齢者ではデメリットが上回る可能性もあるため、導入は慎重に判断すべきでしょう。
個人的には、SGLT2阻害薬とGLP-1受容体アゴニストは、単なる血糖降下薬ではなく「体重減少を伴う」という点が大きな強みであり、この点が心血管予防効果にも寄与しているのではないかという印象を持ちました。
この段落が結語となります。
私はこれまで、「脳・心血管疾患予防効果がある」という点を重視し、ビグアナイド薬、SGLT2阻害薬、GLP-1受容体アゴニストを優先して使用するようにしてきました。しかし、今回の検討を通じて、それぞれのエビデンスの限界を理解し、適応可能な患者を慎重に見極める必要があることを改めて認識しました。
もちろん、これまでも背景疾患や年齢を考慮し、インスリンなどの他剤を選択する、あるいは血糖管理の目標値を緩やかに設定するといった柔軟な対応を心がけてきました。しかし、「脳・心血管疾患予防効果がある」という点を過度に重視しすぎていた可能性があることを反省しなければなりません。
今後は、自身の診療においてだけでなく、研修医や若手医師への指導においても、「とにかくこの3剤を最優先にすべき」といった単純な指導を避け、適応を慎重に考えることの重要性を伝えていきたいと思います。
参考
1)N Engl J Med. 2016 Jul 28;375(4):311-22.
2)Lancet. 2019 Jul 13;394(10193):121-130.
3)N Engl J Med. 2016 Nov 10;375(19):1834-1844.
4)N Engl J Med. 2019 Aug 29;381(9):841-851.