甲状腺機能亢進症/中毒症とは?
〇分類
まず最初に、甲状腺機能亢進症と甲状腺中毒症の違いを押さえておきましょう。
甲状腺からの甲状腺ホルモンの産生、分泌が亢進し、甲状腺ホルモンの血中濃度が過剰に上昇している病態を甲状腺機能亢進症と呼びます。一方、甲状腺での甲状腺ホルモンの産生、分泌の亢進の有無に関わらず、甲状腺ホルモンの血中濃度が上昇している状態を総称して甲状腺中毒症と呼称します。
前者にはBasedow病、Plummer病、中毒性腺腫様甲状腺腫が含まれます。
後者には上記3疾患に加え、無痛性甲状腺炎、産後甲状腺炎、亜急性甲状腺炎、薬剤性甲状腺炎、IgG4関連甲状腺炎、甲状腺ホルモン内服など、甲状腺が破壊されて甲状腺ホルモンが血中に漏れ出す疾患や、外因性の甲状腺ホルモンの増加が含まれます。
以下に甲状腺機能亢進症/甲状腺中毒症の原因をまとめます。
文献1)によれば、一般内科外来での甲状腺機能亢進症/甲状腺中毒症の頻度は女性で150人に1人、男性で600人に1人程度とされます。女性方がの頻度が高いことがわかりますね。また、この有病率が本当だとすると、バリバリ新患外来をやっている先生であればかなりの頻度で甲状腺機能亢進症/中毒症の患者さんを診ているということになります。また、甲状腺中毒症のうち、Basedow病が8割を占め、残りの1割ずつを無痛性甲状腺炎と亜急性甲状腺炎が占めているといわれます。
余談ですが、私は現在週1回健診業務に従事しています。その際甲状腺を触っているのですが、なかなか甲状腺腫を見つけられていません。自分の所見の取り方が誤っているのかなぁと悶々としている今日この頃です。
甲状腺機能亢進症/甲状腺中毒症の症状
甲状腺機能亢進症/甲状腺中毒症の症状といえば、熱不耐症、体重減少、振戦、動悸などが有名ですが、実際にこの4症候は6割の患者に認められるとされます。また、体重増加も6-8%で認められるため注意が必要です。高齢者では振戦、動悸といった交感神経亢進症状や頚部腫瘤が少ない傾向があるそうです。以下、年齢別の症状、所見の頻度を表に示します。3)4)
※Basedow病患者でのみ集計
その他、まれながらミオパチー(近位筋の萎縮、こむら返り)や低K性周期性四肢麻痺の合併があることも押さえておきましょう。
甲状腺機能亢進症/甲状腺中毒症の診断
〇甲状腺疾患としてのスクリーニング
甲状腺機能亢進症/甲状腺中毒症を疑った場合、まずTSH、fT4を測定し評価を行います。fT3は代謝の影響で数値が不安定であるため、基本的にスクリーニングの段階では測定しなくてよいと思います。
これ以外の指標としてtotalT3、totalT4があります。total T3の上昇はBasedow病のもっとも初期の状態やPlummer病による自律性の機能的甲状腺結節を反映している可能性があるとされます。また、totalT3/totalT4は甲状腺機能亢進症/甲状腺中毒症の鑑別に有用です。totalT3/totalT4比>20の場合はBasedow病と中毒腺腫様甲状腺腫が、totalT3/totalT4比<20の場合は無痛性甲状腺炎や亜急性甲状腺炎などの破壊性甲状腺炎の可能性が高いとされます。ただし、totalT3、totalT4は、私の勤務先を含め、多くの病院では測定が困難であると思うので、活用が難しいと思います。
甲状腺機能低下症も含めての話になりますが、甲状腺疾患を疑った場合、下記の対応を行います。
①医原性(甲状腺ホルモン製剤の服用、甲状腺の手術、放射線治療の既往)、妊娠の有無を確認
↓
②甲状腺腫の性状を観察する(びまん性か、結節性か、びまん性+結節性か、疼痛があるか)
↓
③TSH、fT4の測定を行う。この際、甲状腺機能亢進症/甲状腺中毒症を疑う場合であれば、fT3とTSH受容体抗体(TRAb)を、無痛性甲状腺炎を疑う場合には抗サイログロブリン抗体を同時に提出する。
③まで行い、TSH低下、fT4高値か正常の場合、甲状腺機能亢進症/甲状腺中毒症として精査を進めていきます。
〇甲状腺機能亢進症/甲状腺中毒症の原因疾患の鑑別
TSH低下、fT4高値か正常であることを確認したら、もう一度病歴、身体所見を確認します。甲状腺腫がびまん性であればBasedow病か無痛性甲状腺炎を、発熱があり甲状腺腫に一致して疼痛があれば亜急性甲状腺炎を、結節性であればBasedow病あるいは無痛性甲状腺炎と腫瘍性疾患の合併か、機能性結節性甲状腺腫を考えながら鑑別を進めていきます。
以下、甲状腺機能亢進症/甲状腺中毒症の原因疾患の鑑別について、フローを掲載します。1)
提出していない場合はTSHレセプター抗体(TRAb)を測定します。一般に第一世代法よりも第二世代、第三世代法のほうが精度が高いといわれており、検査室に確認しいずれを使用しているのか確認しておくとよいでしょう。
TRAbが陽性の場合、まずBasedow病と診断してよいと考えられ、特に2.0IU/Lであればその可能性は極めて高いといわれます。ただし、弱陽性の場合は無痛性甲状腺炎の可能性もあるため慎重に経過をみる必要があります。
TRAbが陰性の場合、さらなる精査に進みますが、発熱や炎症反応高値、頚部の疼痛が明らかである場合、亜急性甲状腺炎と診断することが可能です。ここまでの時点で、ほとんどのBasedow病、亜急性甲状腺炎、医原性甲状腺中毒症の診断はついているといえます。ここで問題になるのが、TRAb陰性あるいは弱陽性のBasedow病と無痛性甲状腺炎の鑑別と、機能性結節性甲状腺腫です。
ここで放射性ヨード甲状腺摂取率、テクネシウム甲状腺シンチグラム等の検査を行うことができれば白黒をつけることができますが、プライマリーケアの場面ではなかなか難しいことが多いです。痛みのないびまん性甲状腺腫の場合、以下を参考にBasedow病と無痛性甲状腺炎の鑑別を行います。
・超音波カラードプラ:面積当たりの血管の占める割合が30%以上であればBasedow病の可能性が高い。
・fT3/fT4比:>2.9でBasedow病の可能性が高い。さらにfT4>2.5ng/dLであればさらに確からしい。
・甲状腺中毒症状が軽度であれば治療をせずに2-4週間後にfT4を再検し、低下傾向であれば無痛性甲状腺炎の可能性が高い。
甲状腺腫が結節性の場合は手術も含め、高次医療機関に紹介とするのが無難です。
結局のところ、最終的に甲状腺機能亢進症/甲状腺中毒症の原因疾患の鑑別で問題となるのはBasedow病と無痛性甲状腺炎をどう区別するかということに帰着します。以下、それぞれの特徴を表にまとめます。1)
甲状腺クリーゼなど、緊急を要する場合の治療
以下の症状、所見があるときは重症でクリーゼに陥る可能性があるため緊急治療を行います。
①頻脈性の心房細動
②頚静脈の怒張、肝腫大、硬い浮腫などの心不全症状
③著しい頻脈、37.5℃以上の発熱に加えて食思不振、下痢などの消化器症状
④感染症や重症の糖尿病などの合併症がある場合
また、甲状腺クリーゼの診断基準については以下の日本甲状腺学会ウェブサイトを参照してください。
https://www.japanthyroid.jp/doctor/img/crisis2.pdf
〇抗甲状腺薬
・チアマゾール(MMI)5mg 6-10錠 分2
・プロピルチオウラシル(PTU) 12-16錠 分4
のいずれかで治療を開始します。
すでにクリーゼの診断基準を満たす場合は、
・MMI 4錠 6時間ごと
・PTU 4-5錠 4時間ごと
・MMI注10mg 1A静注 8時間ごと
のいずれかで投与を開始します。いずれにせよ、甲状腺機能が正常化するまで高容量投与を継続します。
後述しますが、通常のBasedow病の場合は副作用の観点からMMIが第一選択とされていますが、PTUはT4→T3への転換を抑制する作用があるため、緊急を要する甲状腺中毒症ではPTUの方がよいとされています。
〇ヨード剤
抗甲状腺薬の開始後1時間してから投与を開始します。
・内服用ルゴール®液 1日1回 5滴
・ヨウ化カリウム丸 1日1錠
のいずれかを投与します。
クリーゼの場合、
・ルゴール®液6滴 6時間ごと
・ヨウ化カリウム丸1錠 6時間ごと
として投与を行います。
こちらも甲状腺機能が正常化するまで継続します。
〇β遮断薬
頻脈が著しい場合に考慮します。
・インデラル® 10mg 3錠 分3
を投与しますが、すでに心不全症状が出ている場合は専門医に相談しつつ、オノアクト®の持続投与など、厳格な心血行動態の管理を行います。
〇グルココルチコイド
グルココルチコイドはT4→T3の変換を抑制する作用があります。また、甲状腺機能亢進に伴い相対的副腎不全となっている可能性もあり得るため、重症の場合で、特に頻脈性の心房細動で心不全のあるときや消化器症状が出ている場合に考慮します。
・デキサメタゾン(デカドロン®) 6.6mg
・ベタメタゾン(リンデロン®)4-8mg
を静注で3日間継続します。
クリーゼの場合、
・ヒドロコルチゾン100mg 8時間ごと
とします。ATAガイドラインでは300mgのloadingが推奨されています。
〇甲状腺機能が正常化したら
fT4、fT3が正常になった時点で、抗甲状腺薬は初期量を続けたままでヨード剤を中止します。ヨード剤を中止後2-3週の時点で甲状腺薬が正常にコントロールされていれば減量していきます。
通常のBasedow病の治療
Basedow病の治療には、①抗甲状腺薬、②RI治療、③手術の3つの治療法があります。
基本的には抗甲状腺薬での治療を行うことになりますが、②と③の適応については簡単に知っておきましょう。
・RI治療:抗甲状腺薬が副作用などで使用できないが手術はしたくない患者
・手術:腫瘍の合併例、抗甲状腺薬が使用できない患者
〇初期治療
Basedow病の治療の要は抗甲状腺薬です。抗甲状腺薬を使用する前に、下記の点について留意しておきます。
・治療開始前に一般採血を行い、特に正常な白血球数を確認する。
・患者に必ず副作用の説明を行う。特に無顆粒球症に注意し、発熱や咽頭痛があれば内服を中止し来院するように伝えておく。
抗甲状腺薬にはMMIとPTUがあります。近いうちに妊娠を希望している患者でなければ、効果や副作用の少なさ、投与回数などからMMIが第一選択とされています。初期投与量はfT4の数値に応じて決定します。
・fT4<7ng/dL:MMI 3錠 分1
・fT4≧7ng/dL:MMI 6錠 分2
症状があり、甲状腺機能を早く正常化させたい場合はヨード剤の併用を検討します。また、頻脈や動機などがあればβ遮断薬を併用していきます。
〇フォローの方法
治療開始後の3か月間は2-4週間に1回は診察します。特に最初の2か月は副作用が出やすいため、2週間に1回のフォローが必要です。毎回の診察でfT4、fT4に加え、肝機能と血球数を採血で確認します。TSHの正常化には時間がかかるため、fT4が正常化してから1か月以降となるまで測定はおこないません。日常生活では激しい運動は控えさせますが、ヨードの摂取制限は特に行いません。
〇抗甲状腺薬の副作用
・肝障害
一時的なもので抗甲状腺薬の調整を必要としないものが多いですが、まれに重篤な肝障害を起こしうるので注意が必要です。肝不全になるような肝障害はPTUに特有で、発症頻度は10,000人に1人程度とされます。MMIでも肝障害を起こしますが、肝細胞の炎症ではなく胆汁うっ滞型が特徴的であり、肝不全の報告はありません。
・無顆粒球症
抗甲状腺薬を使用する上で最も注意しなければならない副作用です。頻度は300人に1人程度とそれなりに高く、現在でも死亡例が報告されています。大部分は内服開始後3か月以内に起こりますが、1年以上経過してから発症したという症例報告もあり注意が必要です。突然血球が低下するパターンと、じわじわ顆粒球が減少していく2パターンの経過があります。大事な点は内服開始後に38℃以上の高熱が出た場合は直ちに内服を中止し受診をするように十分に説明をしておくことです。
・皮疹、掻痒感
最も頻度の高い副作用です。多くは抗ヒスタミン薬で対応できますが、改善がなければ薬剤の変更を検討します。
・その他
頻度は少ないですが、ANCA関連血管炎、再生不良性貧血、血小板減少性紫斑病、SLEなどが報告されています。
〇抗甲状腺薬の用量調整
fT4が正常あるいは正常に近くなったら抗甲状腺薬を減量していきます。MMI 6錠で始めた場合は3錠に、3錠で始めた場合は2錠に減らします。フォローは4週間ごとに延ばし、毎回TSHとfT4を測定します。ここで重要なのは指標にfT4を用いることです。前述の通りTSHの改善には時間がかかるため、fT4が正常化した時点で減量を開始します。逆に、TSHが低値であっても、fT4が1.0ng/dLを下回るようであれば抗甲状腺薬が効きすぎている可能性があるため、積極的に減量を行う必要があります。
TSHが測定可能な範囲となってきた場合は、指標をfT4からTSHに切り替えて抗甲状腺薬の調整を行っていきます。
〇抗甲状腺薬の中止時期は?
TSHを見ながら抗甲状腺薬を減量していき、1日1錠でTSH正常が6か月以上保たれていれば隔日に1錠投与とします。その後も6か月以上TSHの正常が保たれていた場合に中止を考慮します。
この際、TRAbを再検し、3.0IU/L以上であれば再燃の可能性が高いため、そのまま経過をみます。TRAbがそれ以下であっても陽性の場合は陰性のものと比較し再燃の可能性は高いため、さらに6か月間隔日投与を続けたあとに中止を検討します。TRAbが陰性であれば、寛解している可能性が70%以上あることを説明して患者に中止か継続かを決めてもらいます。中止とするようであれば1か月以内に甲状腺機能をチェックし、正常であればさらに2か月後に再検査を行います。再燃は1年以内が多いとされるため、1年以内は3か月に1度はフォローを行い、その後は6か月ごとのフォローを行います。
参考
・up to date
文献
1)甲状腺疾患診療パーフェクトガイド 改定第3版 診断と治療社
2)バセドウ病治療ガイドライン2019
3)ホスピタリストのための内科診療フローチャート 第2版
4)J Clin Endocrinol Metab. 2010; 95: 2715.