甲状腺機能低下症とは
〇甲状腺機能低下症の定義
甲状腺機能低下症とは、何らかの原因によって甲状腺の機能が低下し、甲状腺ホルモンの分泌が低下した状態をいいます。下記の通り、主に3種に分類されます。
・原発性甲状腺機能低下症:TSHが高く、fT4が低い状態。臨床症状があることが多い
・無症候性甲状腺機能低下症:TSHが高いが、fT4は正常な状態。ほぼ無症候
・中枢性甲状腺機能低下症:TSHが低く、fT4も低い状態。視床下部または下垂体疾患で生じる
ここでは、主に頻度が高く治療が必要である原発性甲状腺機能低下症についてまとめていきます。
〇甲状腺機能低下症の原因疾患
甲状腺機能低下症の原因疾患は以下の表のとおりです。医原性のものをのぞけば、橋本病が最も頻度が高いです。中枢性は原発性の1/1000の頻度とされ、非常に稀と言えます。
〇甲状腺機能低下症の疫学
甲状腺機能低下症は救急、外来患者の0.1-0.3%、入院患者の1%で認められる頻度の高い疾患です。しばしば診断が遅れ、心不全や精神症状、意識障害の原因となることがあります。
疫学調査をまとめると、成人の約5%、女性に限れば約15%で血清抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体が高値となっています。無症候性甲状腺機能低下症の頻度は血清抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体陽性の頻度と同程度であり、顕性の甲状腺機能低下症の頻度は0.1-2%程度とされます。男性よりも女性に多く、その差は5-8倍とされます。
甲状腺機能低下症の症状
甲状腺機能低下症において1年以内に変化、出現した症状の頻度は以下の表を参照してください。1)声の変化や皮膚乾燥の増悪、寒がり、筋症状、うつ症状や認知機能の低下があれば甲状腺機能の評価を行います。
筋症状では無症候性のCK上昇、筋痛、筋浮腫、偽性筋肥大、近位筋脱力、萎縮、横紋筋融解症などがあるとされます。また、高齢者では症状が認められないことが多いです。
その他、参考となる身体所見は以下の通りです。
・眉毛外側脱毛
・巨舌
・顔、瞼のむくみ
・Non pitting edema
・腱反射弛緩相遅延
・腱反射弛緩相遅延の動画
甲状腺機能低下症の診断
〇甲状腺疾患としてのスクリーニング
病歴、症状から甲状腺機能低下症を疑ったら、まずはTSHとfT4を測定します。TSH高値で、fT4が低値あるいは正常の場合、血液中に甲状腺ホルモンが不足しており、それを下垂体が認識してTSHを過剰に分泌している状態、すなわち甲状腺自体の働きが低下している状態であると判断します。
甲状腺機能低下症の項でも示しましたが、甲状腺疾患を疑ったときの手順を以下に示します。
①医原性(甲状腺ホルモン製剤の服用、甲状腺の手術、放射線治療の既往)、妊娠の有無を確認
↓
②甲状腺腫の性状を観察する(びまん性か、結節性か、びまん性+結節性か、疼痛があるか)
↓
③TSH、fT4の測定を行う。この際、甲状腺機能亢進症/甲状腺中毒症を疑う場合であれば、fT3とTSH受容体抗体(TRAb)を、無痛性甲状腺炎を疑う場合には抗サイログロブリン抗体を同時に提出する。
③まで行い、TSH高値、fT4低値か正常の場合、甲状腺機能低下症として精査を進めていきます。
〇甲状腺機能低下症の鑑別
甲状腺機能低下症の鑑別については前述の通りであり、そのほとんどが橋本病ないしは医原性によるものです。どちらなのかを判断するには甲状腺腫の有無、甲状腺の萎縮の有無、抗甲状腺自己抗体の有無を測定する必要があります。
以下、甲状腺機能低下症の鑑別についてフローを示します。2)
上記のフローに当てはまらない場合、ヨードの過剰摂取によるもの、無痛性甲状腺炎・亜急性甲状腺炎の回復期の可能性を考えていきます。
軽い機能低下(fT4低下、TSH 4.5-1.0mU/L程度)の場合、甲状腺腫が明らかでなく、抗甲状腺抗体も陰性で、原因がわからないことも多いです。そのようなときは抗体陰性の橋本病、加齢によるTSH上昇、非甲状腺疾患(nonthyroidal illness:NTI)、薬物の影響などを考えながら経過観察をしていくことになります。
甲状腺機能低下症の治療
甲状腺機能低下症の治療は基本的には甲状腺ホルモン製剤であるレボチロキシン(チラーヂン®)で行っていきます。これはT4製剤になります。本来甲状腺ホルモンは常に自律性に分泌されているため、内服のみで生理的な濃度の推移を再現することは不可能ですが、TSHを指標にすることである程度は近い濃度にすることができるとされています。
治療を始める前に、以下の疾患や状態の有無を判断します。
①緊急治療を要する疾患や状態(新生児・幼児の甲状腺機能低下症や、粘液水腫性昏睡)
➁急速に甲状腺ホルモン濃度を上昇させると危険な疾患や状態(虚血性心疾患、不整脈、高齢者、粘液水腫性昏睡にあるもの)
③副腎不全(シュミット症候群、視床下部性・下垂体性の甲状腺機能低下症)
一般に、上記の場合は内分泌内科医にコンサルテーションすることが望ましいと考えます。
〇初期投与量と増量の仕方
虚血性心疾患がなければ50μg/日 分1から開始します。2週間経過を観察し、問題がなければ75μg/日まで増量します。75μg/日(軽症や体重が軽い症例は50μg/日でよい)となったら、その量で最低6週間は経過観察し、一度TSHを測定し、以下の通りに対応します。
・TSH値が5-10μU/mLであれば、さらに同量を4-6週間継続します。
・TSH値が10μU/mL以上であれば、100μg/日(75μg/日)とします。
・TSHが抑制されていれば減量を考慮します。
高齢者や虚血性心疾患、不整脈合併例では少なめの12.5-25μg/日 分1から開始しましょう。
〇服薬時間、服用の仕方
レボチロキシンは吸収が悪いため、起床時(朝食前30-60分)か就寝時(食後3-4時間)に水で服用します。鉄剤やPPI、下剤、抗てんかん薬といった薬剤や、コーヒーや高食物繊維食では吸収が低下するため、服薬指導をしっかりと行う必要があります。
〇適正投与量の決め方
基本的にはTSHが正常範囲内に入る量とします。ただし、臨床的に明らかな冠動脈疾患を持っている患者、心疾患を持っている高齢者、75歳以上はTSH 6-7μU/mLを目標とします。TSHの数値をみて、25μgずつ調整をしていきましょう。維持量が決定すれば3-6か月の処方間隔でもOKです。
亢進症と異なり、低下症の場合は終生レボチロキシンの補充が必要となることが多いです。
NTI(non-thyroidal illness)について
T4が5‘-iodinaseによりT3(活性型)に、5-iodinasenによりrT3(不活性型)に代謝されます重症疾患患者や低栄養、ステロイド使用中の患者は、5‘-iodinaseが低下し、5-iodinaseが上昇するため、T3が減少、rT3が増加します。この時、下図のような甲状腺ホルモンの変動が生じ、この変動による甲状腺ホルモンの異常をNTIと呼びます。機能低下、機能亢進どちらのパターンもとりうります。
明らかにTSH、FT3,FT4が高値・低値であれば鑑別に迷うことはありませんが、軽度な変動の場合は真の甲状腺疾患なのかNTIなのか判断が難しいです。基本的には甲状腺疾患としての緊急性がなければ状態が落ち着いてから甲状腺機能を再検し判断しましょう。
潜在性甲状腺機能低下症への対応
FT4正常範囲、TSH上昇を潜在性甲状腺機能低下症と呼びます。治療は顕性甲状腺機能低下症への進行の予防、症状の改善、心血管イベントリスクの改善効果を“期待して”行います。あくまで期待して、であり、介入の効果のほどはまだわかっていないのが現状です。
・TSH≧10mU/Lでは心血管リスクが明らかに上昇するため、治療介入した方がよいとされます。
・TSH 4.5-10mU/Lの場合、以下が認められる場合に治療を行います。
①50-65歳で心血管リスクが高い
➁甲状腺機能低下症状がみられる
③甲状腺腫がみられる
④抗TPO抗体、抗Tg抗体陽性
⑤LDL-C高値
⑥妊娠を予定している女性
⑦フォローで悪化傾向がみられる
粘液水腫性昏睡
甲状腺機能低下症の患者において、代償されていた身体機能がほかの因子、侵襲により非代償性となることで生じる多臓器不全のことを粘液水腫性昏睡と呼びます(未診断の甲状腺機能低下症に敗血症が合併するなど)。頻度は低いですが、死亡率は30-60%と高いです。80%は高齢女性で、冬季に多いとされます。
下記の特徴があれば積極的に疑いましょう。
原発性甲状腺機能低下症が8-9割を占めますが、続発性も1-2割あります。副腎不全の合併も考慮しましょう。
〇粘液水腫性昏睡の治療
全身状態の管理と原疾患の治療に加えて、迅速な甲状腺ホルモンの補充を行います。経静脈投与が望ましいですが、日本で使用できる製剤がないため、院内での特殊製剤が必要となります。静注で使用する場合はレボチロキシン 100-500μgを静注し、その後75-100μg/日の静注を継続します。経口摂取可能となれば内服に切り替えます。
静注製剤が使用できず、経口摂取で開始する場合、初回はNGチューブよりレボチロキシン100-500μgもしくは4μg/kgを投与、以後は50-100μg/日で維持投与を行います。
副腎不全合併の可能性もあるため、ACTH、コルチゾール評価した後にステロイド補充も併用します。副腎不全が否定できれば終了とします。ヒドロコルチゾン(ソル・コーテフ®)50-100mgを6-8時間ごと投与、もしくは持続投与が推奨されています。
橋本脳症
〇橋本脳症とは
・機序は解明されていませんが、橋本病に伴う脳症を橋本脳症と呼びます。
・これまでの報告で自己免疫性の血管炎あるいはそれ以外の炎症過程が指摘されており、免疫複合体の沈着と大脳の微小血管系の破綻が関連していることが推測されています。
・これまでの報告で発症時点で甲状腺機能正常であり、甲状腺機能低下/亢進による甲状腺ホルモンの状態と橋本脳症は直接の関係はないと考えられています。また、抗甲状腺抗体と反応する抗原は中枢神経系では見つかっておらず、抗甲状腺抗体が橋本病の病態に直接関与している可能性は低いとされます。
・頻度は低く、2006年のシステマティックレビューではこれまでの症例報告はわずか121例しかないことが確認されました。ただ、under-diagnosisな疾患である可能性もあります。
・40歳台の女性に多いとされます。
〇橋本脳症の経過
・急性-亜急性に発症する、認知機能変化を伴う意識障害が最も多いとされます。
・発症様式は2つのパターンが報告されてます。
①脳卒中様パターン:再発性かつ急性-亜急性のエピソードで局所性神経脱落症状と、様々な程度の認知機能障害と意識障害が生じる。25%でこの経過。
➁緩徐進行性パターン:緩徐進行性の認識機能障害と、認知症、混乱、幻覚、傾眠が特徴。一部の症例では急速に昏睡に至るような電撃性の発症もある。
・①、➁のパターンはオーバーラップすることがあります
・意識障害や精神状態の変化に加え、全身性強直・間代性発作、てんかん重責、ミオクローヌスや振戦、腱反射の異常亢進や錐体路徴候、幻視、妄想といった症状が多とされます
・橋本脳症の発症後3年以内に臨床的な橋本病が顕在化することが多いです
〇橋本脳症の検査所見
・TPOAb、TgAb上昇は橋本脳症の基本的な検査所見です。ただ、血清濃度と症状は相関しません。また、健常人でも2-20%で陽性になるため特異度は低いです。
・甲状腺ホルモンは機能低下-亢進まで様々です
・脳脊髄液は80%で異常がみられます
①タンパク上昇が75%にみられる
➁リンパ球有意の細胞増加
③グルコースは正常
・脳波は90-98%で非特異的な異常が見られ、非特異的な徐派が多いです
・MRIは正常ですが、皮質下白質の脳委縮、非特異的なT2高信号がみられることも報告されています
・抗N末端αエノラーゼ抗体(NAE抗体)は福井大からの報告で橋本脳症患者血清中に抗NAE抗体が特異的に存在することが明らかにされました。疾患特異度が非常に高いですが、感度は50%程度です。
〇橋本脳症の治療
基本的にはステロイドで治療を行います。PSL 50-150mgが使用されていることが多いようです。90-98%は良好な反応を示します。その他、免疫抑制薬などが使用された例もあるようです。
参考
1)J Gen Intern Med. 1997 Sep;12(9):544-50.
2)甲状腺疾患診療パーフェクトガイド 改訂第3版
3)ホスピタリストのための内科診断フローチャート 第2版
4)up to date