ウィルス学
インフルエンザウィルスはオルトミクソウィルス科に属する、A, B, C, D型インフルエンザウィルスの4属4種を指します。このうちA型、B型、C型の3種がヒトに感染を引き起こします。中でも世界中で感染を引き起こしているのはA型とB型であり、一般的にインフルエンザウィルスというと、この2種のことを指します。
A型インフルエンザウィルスは、ウィルス表面にあるヘマグルチニン(Hと略す)とノイラミニダーゼ(Nと略す)に基づいてサブタイプに分類され、それぞれHは18個の、Nは11個のサブタイプが同定されています。ヒトではH1、H2、H3と、N1とN2の組み合わせが感染を引き起こすことがわかっており、現在はインフルエンザA(H1N1)pdm09およびH3N2が主に流行しています。
B型インフルエンザウィルスはB/Victoria/2/87とB/Yamagata/16/88の2つの系統に分けられますが、B/Yamagataウィルスは2020年3月以降検出されていません。
インフルエンザA型およびB型ウィルスは主にヘマグルチニンとノイラミニダーゼをコードするアミノ酸の置換・挿入・欠失により変異を起こし、液性免疫を回避できるようになります。これを抗原ドリフトと呼び、毎年のインフルエンザの流行の原因となっています。
一方、抗原シフトとは、流行しているA型インフルエンザとは抗原・遺伝的に異なるヘマグルチニンを含む新型インフルエンザウィルスのヒト-ヒト感染を指します。鳥や豚などと交叉感染を引き起こすと、異なるインフルエンザウィルスの間でRNAセグメントが混ざり合い、結果として元のウィルスとは異なった組み合わせの遺伝子分節を獲得した「合いの子」のウィルスが新たに生じます。ヒトはこのような経緯で誕生した新型ウィルスに対して何ら免疫を持っていないため、パンデミックを引き起こすと多大な犠牲が出る可能性があります。
疫学
インフルエンザの流行は温暖な地域では冬季に流行することが多いですが、熱帯および亜熱帯では年間を通じて流行する可能性があります。
米国では症候性インフルエンザの年間発症率は3-11%と推定されています。インフルエンザへの感染は子供に多く、年齢を経るにつれて減少します。無症候性感染は14-50%と見積もられており、知らず知らずのうちに感染を広げてしまう危険性があります。
1999 年から 2015 年までの 期間で、33 か国の死亡率を推定するために行われたグローバルモデリング研究では、推定年間平均インフルエンザ関連死亡率は、65 歳未満で 10万人あたり 0.1 から 6.4人、65 ~ 74 歳では 10 万人あたり 44.0人、75 歳以上では 10 万人あたり 17.9 ~ 223.5人と推定されています。
症状と合併症
症状
一般的に潜伏期間は1-4日で平均2日とされています。
インフルエンザの典型像は、突然の高熱、咳嗽、筋肉痛です。発熱は37.8-40.0℃程度ですが、症例によっては41.1℃までの上昇するようです。その他、全身倦怠感、咽頭痛、嘔気、鼻汁、頭痛など、非特異的な感冒症状を伴います。高齢者の場合、発熱がなかったり、初期症状が意識障害であったりするなど、非典型的な経過を辿るため流行期には注意する必要があります。通常、3-7日で快方に向かいます。
肺炎
細菌性肺炎を健康な若年者で0.5%、高齢者で2.5%で合併するとされます。インフルエンザの発症から数日以内に発症することが多く、一度解熱した後に膿性痰を伴って再度発熱するという、二峰性の経過をとります。通常の起因菌に加え、黄色ブドウ球菌の比率が上昇することが特徴で、場合によってはバンコマイシンなど抗MRSA薬の併用を検討する必要があります。
インフルエンザそのものによるウィルス性肺炎も起こりますが、この場合スリガラス影が主体になることが多いです。
心合併症
ある研究では12%近くで急性心不全や虚血性心疾患といった心血管イベントを合併したとの報告があります。高齢、喫煙、心疾患の既往、糖尿病の既往などがリスク因子となるため、これらの症例では留意するようにしましょう。
診断
身体所見
インフルエンザに比較的特異的な身体所見として、咽頭後壁のインフルエンザ濾胞があります。報告によれば感度 95%以上、特異度90%以上とされています。複数の境界明瞭で丸くて半球状、直径1-2mm、赤紫色の濾胞で、インフルエンザの発症初期に認めます。ただ、新型コロナウィルスの流行もあり、なかなか咽頭はチェックしにくいのが実情だと思います。
抗原検査
よく行われる検査として抗原検査がありますが、これは感度 62.3%、特異度98.2%であり、検査陰性でもインフルエンザは除外できない点に注意が必要です。検査は原則インフルエンザ流行期に限定し、結果がその後の方針に影響を与える場合に施行します。かつて、私は流行期にあり、インフルエンザに矛盾しない症状であれば抗原検査なしでインフルエンザの診断としていました。…が、このインフルエンザの診断の部分でもコロナの影響が出てしまっています。症状だけではCOVID-19とインフルエンザの区別をつけることは困難であるため、高熱±気道症状の患者が来院した場合、コロナとインフルエンザの抗原検査を両方行っているのが実情だと思います。
画像検査
通常のインフルエンザでは画像検査は不要です。二峰性の経過や膿性痰、呼吸困難を伴っている場合など、肺炎の合併が疑われる場合には画像検査を追加します。
抗ウィルス薬
治療対象
まず、抗ウィルス薬の適応についてですが、全員が治療対象ではありません。
・入院症例
・重症で進行性
・重症化リスクがある(65歳以上、2歳未満、免疫不全、慢性呼吸器疾患、妊婦など)
といった場合に検討します。特に妊婦は重症化リスク、死亡リスクが高いといわれており、全例で治療することが推奨されています。
投与のタイミング
なるべく早く投与することが重要で、48時間以内の投与が推奨されています。
ただし、前述の抗ウィルス薬の適応となる症例では48時間を越えていても投与を行います。
オセルタミビル(タミフル®)
インフルエンザに対する抗ウィルス薬で代表的なものです。基本的には内服薬はこれだけ使えればいいと思います。その有効性は研究によって異なっており、インフルエンザに対するオセルタミビルの投与には賛否両論があります。
確からしい効果としては、早期治療(48時間以内)で、
・症状改善が1日早まる
・入院患者の死亡が減少
・入院患者の入院期間が短縮する
ことが示されています。
外来レベルでは、「入院や肺炎については減少させる可能性があるかもしれない」というエビデンスに留まっており、重症化に対する明確な予防効果が示されていない点に注意が必要です。このため、前述の通り症例を選んで投与する必要があるわけです。
副作用としては消化器症状が10%の患者で出現するとされます。
リスクのない患者さんでも抗ウィルス薬を強く希望される方も多く、その場合はメリット・デメリットを説明した上で処方するようにしております。
処方例:タミフル®カプセル75 1錠 朝夕 計5日間
ぺラミビル(ラピアクタ®)
唯一の点滴製剤で、効果はオセルタミビルと同等とされます。
非常に高価であり、ICUに入室するような患者さんで、内服が困難、もしくは朝刊吸収が低下している患者に限定して使用するのがよいと考えます。
処方例:ラピアクタ300mg 1日1回(ICU症例では600mg 計5日間まで)
ワクチン
インフルエンザワクチンは、ワクチン株と流行株が一致するかどうかで効果が変わります。免疫の持続時間は6-8か月であり、インフルエンザの発症を40-60%減らし、肺炎などのインフルエンザ関連合併症や入院を減らすことが示されています。特に高齢者については全死亡の減少も報告されており、高い効果が期待できます。
また、小児への集団接種を行うことで高齢者の死亡が減少することがわかっています。これはいわゆる集団免疫による予防効果とされており、ワクチン接種が本人のためだけでなく、周囲の家族や高齢者など、社会全体を守ることに繋がるわけです。
加えて、インフルエンザによる重症化が懸念されるCOPDでは、インフルエンザに関連した呼吸器感染症とCOPD急性増悪が減少することがわかっています。同じく、冠動脈疾患を持つ患者において、心血管疾患による死亡率や心筋虚血イベント・入院が減少することが示されています。
よく「インフルエンザワクチンを打ったのにインフルエンザになってしまった。これじゃあ意味がない!」という声も聞かれますが、前述の通りインフルエンザワクチンは多面的な効果が示されています。ここ数年はコロナ禍の影響もあり、インフルエンザワクチンへの関心が薄れている気がしますが、自分の外来にかかっている患者さんには接種を勧めるよう心掛けていきましょう。
参考
・Lancet. 2022 Aug 27;400(10353):693-706.
・up to date
・Antaa slide インフルエンザUpDate -2019/2020シーズン- 黒田浩一