注目キーワード
  1. 高血圧
  2. 骨粗鬆症
  3. 糖尿病

起立性低血圧

  • 2022年10月16日
  • 2023年1月26日
  • 神経
  • 61view
  • 0件

先日、外来で起立性低血圧の患者さんを診察しました。診察法や鑑別など、自信を持って診療ができなかったため、ここに勉強した内容をまとめようと思います。

病態生理

立位をとると、重力により500-1000mlもの血液が下肢に移動します。健常人では、頸動脈小体、大動脈小体といった圧受容器(舌咽神経と迷走神経の求心性線維の終末)への負荷が低下し、舌咽神経と迷走神経を介して中枢の孤束核へと伝わる刺激が低下します。これにより、心臓および血管系への交感神経による刺激が増加し、迷走神経による心臓への刺激が低下することで、血圧の極端な低下が防がれています。この一連の流れを圧反射と呼びます。

起立性低血圧は神経原性非神経原性の2つのサブタイプに分類されます。

神経原性起立性低血圧は圧反射経路の中枢、ないしは末梢部位の機能不全によって引き起こされ、上記の図のいずれの部位の障害でも起こります。パーキンソン病やレビー小体型認知症などの変性疾患、アミロイドーシスや糖尿病による末梢神経障害、純粋自律性神経障害、脊髄損傷などの疾患が原因となります。こちらについては別項でまとめます。

非神経原性起立性低血圧については、脱水や貧血などの血管内ボリュームの低下や、弁膜症や心不全などの心機能低下があります。

また、降圧薬や抗精神病薬による薬剤性起立性低血圧も忘れてはいけません。こちらも別項にまとめます。

疫学

起立性低血圧は圧受容器の感度が低下していることが多いため、高齢者に多く認めます。ある研究では65歳以上の高齢者で有病率が18%にまで達していましたが、症状があるのはわずか2%でした。

起立性低血圧の原因については、設定によって頻度が異なりますが、最大40%では明確な原因がわからないそうです。

中等度から重度の起立性低血圧の患者100人を分析した研究では、

・27%が神経変性疾患

・35%が糖尿病性神経障害または腫瘍随伴症候群による自律神経失調症

・38%が原因がはっきりせず

・抗うつ薬による起立性低血圧が見逃されていることが多かった

ということが報告されています。

薬剤性起立性低血圧

最も頻度が高いのが降圧薬に関連した起立性低血圧とされています。27,000人以上の患者を対象として69件の試験についてのメタアナリシスでは、起立性低血圧のオッズが最も高かった薬剤はβ遮断薬と三環系抗うつ薬でした。また、α遮断薬や中枢性α刺激薬、および第二世代の抗精神病薬、SGLT2阻害薬も起立性低血圧を引き起こすとされいます。

以下、原因となりうる薬剤をまとめます。

神経原性起立性低血圧

■パーキンソン病

パーキンソン病は典型的には片側性の安静時振戦、無動、固縮、姿勢反射障害を呈する神経変性疾患です。自律神経障害を呈することがあり、特に神経原性起立性低血圧と消化管障害による便秘の頻度が高いです。MIBGシンチで取り込みが低下しており、MSAとの鑑別に有用です。

■レビー小体型認知症

アルツハイマー病について頻度の高い認知症です。認知機能低下、幻視、パーキンソニズム、自律神経障害を特徴としています。パーキンソン病同様、MIBGシンチで取り込みが低下しています。

■多系統萎縮症

MSAは重度の進行性の自律神経障害をきたす神経変性疾患です。優勢な運動機能障害に基づいて、MSA-PとMSA-Cに細分化することができます。両方のサブタイプにおいて、患者は早期に自律神経障害を呈するとされます。パーキンソン病、レビー小体型認知症と異なり、MIBGシンチで取り込みの低下は認めません。

■純粋自律神経不全

唯一の臨床所見として特発性自律神経不全を呈する疾患です。起立性低血圧が最も一般的な症状ですが、勃起不全や排尿障害、胃腸症状も発生する可能性があります。中にはMSAに移行する患者もいるとされますが、多くの場合は自律神経障害のみに留まることが多く、パーキンソン病や多系統萎縮症と比較すると予後は良好です。節後性の障害を示すため、MIBGシンチでは取り込みが低下します。

■small fiber peripheral neuropathy

糖尿病、アミロイドーシス、シェーグレン症候群、ビタミンB12欠乏症、サルコイドーシス、アルコールなどにより、自律神経を司るsmall fiberが障害されることで発症します。この中では糖尿病が原疾患として最も多いです。neuropathyではありますが、神経伝導検査では検出できないことに注意が必要です。

■自己免疫性自律神経節障害

神経節性ニコチン性アセチルコリン受容体(nAChR)に対する自己抗体が産生される疾患です。亜急性経過で発症し、起立性低血圧に加えてドライアイ、ドライマウス、重度の消化器症状、神経因性膀胱、瞳孔障害を伴います。0.2nmol/Lを超えるnAChR抗体が検出されれば診断が確定します。

■腫瘍随伴性自律神経障害

抗Hu抗体に関連して発症し、ほとんどの場合肺小細胞癌患者に併発します。

■家族性自律神経失調症

Riley-Day症候群とも呼ばれます。常染色体劣性遺伝であり、求心性圧反射障害による起立性低血圧と、出生時点で温痛覚が障害されています。

症状

起立性低血圧の上昇は、通常突然の起立により発生しますが、食事、運動、および長時間の起立によっても発生します。症状は脳の低還流に起因し、全身の脱力めまい立ち眩み眼前暗黒感などが起こりえます。重度の場合は失神狭心症脳卒中につながることもあり得ます。

その他、全身倦怠感、認知機能の低下、膝折れなど、通常は起立性低血圧が原因として認識されない症状がでることがあります。また、50-90%の患者に後頭部、後頚部、肩領域に限局した首の痛みや頭痛を訴えることがあり、これをcoat-hanger headacheと呼びます。

自律神経障害がある場合、瞳孔障害、発汗異常、便秘などの消化器症状、勃起不全、排尿・排便障害といったその他の自律神経症状を伴うことがあります。

また、パーキンソン病や多系統萎縮症が背景にある場合、パーキンソニズムを呈することがあり、神経学的所見を確認することが重要です。

診断

起立性低血圧は仰臥位と立位の血圧を比較することで診断されます。変化の閾値は以下の通りです。

・収縮期血圧が20mmHg以上低下

・拡張期血圧が10mmHg以上低下

■血圧の測定方法について

血圧は患者が5分間仰臥位で安静にした際と、2-5分間立った後に測定を行います。通常の血圧計で構いませんが、ワンポイントしか測定できないため、一時的な血圧変化を捕まえることができないのと、足の筋肉によるポンプ機能が働くため純粋な圧反射を評価しているわけでない点に注意が必要です。

一時的な血圧変化を正確に捕えたい場合、プレチスモグラフィーなどの非侵襲的システムによる継続的な血圧モニタリングが有効である場合があります。ただし専門の設備がないと測定は難しいです。

Head up tilt試験は圧反射を正確に評価できる手法です。台の上に仰臥位となり、安静時血圧と心拍数を10分以上モニターします。その後、30秒ほどかけて0°→70°にまで台を起こし、頭高位とした状態で10分間モニターします。こちらも専門の設備が必要となります。

■心拍数

心拍数の増加と血圧の低下の比は、神経原性と非神経原性起立性低血圧の最も良い鑑別点となります。前者では圧反射の障害のため血圧の低下に比して脈の増加に乏しいですが、後者では頻脈を認めます。収縮期血圧が1mmHg低下するごとに心拍数は0.5拍/分ずつ増加するといわれています。もちろんβ遮断薬などを内服している場合には使えませんが、ベッドサイドで簡単にできるので必ずチェックしましょう。

■変動係数(CVRR;Coefficient of Variation of R-R intervals)

CVRRとは、安静時および深呼吸時に心電図で連続した100心拍を測定し、そのR-R間隔の平均値と標準偏差SDにより、CVRR=SD/平均値×100(%)で計算される指標です。呼吸による胸腔内圧の変動に伴うR-R間隔の変化率を見ており、副交感神経機能の指標となります。年齢ごとの変動下限値を下回ると自律神経障害が疑われます。

■起立試験+ノルアドレナリン・AVP測定

30分以上安静後に採血を行い、ノルアドレナリンとAVPの基礎値を測定します。その後立位とし、5分以上経過してから2回目の採血を行います。数値の変動によって圧反射の求心路と遠心路のいずれに障害があるかが判断できます

■心筋MIBGシンチ

MIBGはノルアドレナリンと同様、節後ニューロンで放出、回収されます。これを可視化したものがMIBGシンチです。自律神経障害においては、純粋自律神経不全などの節後神経障害があると取り込みが低下するため、障害部位が節前性なのか節後性なのかの判断ができます。

■その他の聴取すべき病歴・身体所見・検査

・現在内服中の薬剤の確認→薬剤性起立性低血圧

・体液量減少の病歴(嘔吐、下痢、水分制限、発熱など)

・うっ血性心不全、悪性腫瘍、糖尿病、アルコール依存症の病歴

・パーキンソニズム、運動失調、末梢神経障害、または自律神経失調症の神経学的所見、家族歴

・一般的な血液検査、梅毒、免疫電気泳動、12誘導心電図、心エコー、頭部MRIなど

治療

■非薬物療法

神経原性起立性低血圧の第一選択です。

・起立性低血圧を引き起こしうる薬剤の中止

・塩分と水の摂取量の増加

・起立をゆっくり行うなど、ライフスタイルの修正

・弾性ストッキングや腹部バインダーの使用

■薬物療法

・フルドロコルチゾン(フロリネフ®)

起立性低血圧が持続する患者で、塩分や水分摂取の励行のみで血管内ボリュームを維持するのに不十分な場合に検討します。少ないながらも糖質コルチコイド作用があるため免疫抑制を生じるため、安易な導入は避けるべきと考えます。

・ミドドリン(メトリジン®)、ドロキシドパ(ドプス®)

血管内ボリュームの増加など、非薬物治療で反応しない起立性低血圧に検討します。

参考

1)Up to date

2) Am Coll Cardiol. 2018 Sep 11;72:1294-1309. 

3)J Hospitalist Network 神経原性起立性低血圧へのアプローチ

http://hospi.sakura.ne.jp/wp/wp-content/themes/generalist/img/medical/jhn-cq-tokyoikashika-201014.pdf