坐骨神経の解剖
L4,5の腰神経根と、S1,2の仙骨神経根が腰仙神経叢で合流し、坐骨神経となります。
坐骨神経は総腓骨神経+脛骨神経で構成されています。
坐骨神経は前仙骨孔から出て骨盤の内側を梨状筋の全面を通り、大坐骨孔(梨状筋下孔)から骨盤の後面に出ます。その後、坐骨結節と大転子の間を通り、大殿筋および大腿二頭筋長頭の深側、大内転筋の浅側を垂直に下り、大腿屈筋群に枝を与えたのち、膝窩の上方で総腓骨神経と脛骨神経に分かれます。
坐骨神経痛
身体で最大の神経であるため、障害を受けやすいとされます。最も頻度が高いのは椎間板ヘルニアと変形性関節症です。L4-5とL5-S1レベルでの圧迫が多いですが、L3-4は頻度は高くありません。通常障害されるのは下のレベルの神経根です(L4-5ならL5神経根)。
他に坐骨神経が障害される部位として、骨盤底、臀部、大殿筋、大腿二頭筋の近位部が挙げられます。
坐骨神経痛のメカニズムが、神経根や神経節への圧迫、あるいは局所的な炎症性サイトカインの影響に関連していると考えられています。椎間板ヘルニアがあっても症状のない患者がいたり、椎間板ヘルニアに対する手術を行って神経根の圧迫を解除しても症状が残存する患者が存在するため、単に圧迫に伴う疼痛ではないとことに留意する必要があります。
有病率は研究によって大きく異なり、最高で40%に上ります。ほとんどの症例は40-50代に発症するとされます。
〇解剖と坐骨神経痛の原因疾患
A:正常解剖。L4-5とS1-2が合流して坐骨神経になる
B:腰椎椎間板ヘルニア。椎間板が脱出し椎間孔で神経根を圧迫する。L4-5のヘルニアでL5が圧迫される
C:椎体すべり症。腰椎が変性や外傷で前方にずれる
D:腰部脊柱管狭窄症
E:滑液嚢胞
F:梨状筋症候群。梨状筋の障害で梨状筋下孔を通る坐骨神経が圧迫される。
G:殿筋注射部位障害
H:出産時の圧迫
I:骨盤底腫瘍
坐骨神経痛の症状と身体所見
〇坐骨神経痛の症状
・坐骨神経痛は体動時に突然始まる場合や、徐々に疼痛が強まっていく場合の2つのパターンがあります。
・疼痛は鋭い痛みや痺れのような痛みと形容され、臀部の中央または下部から下肢に対して広く放射するように広がることが特徴です。
・L5神経根の疼痛は大腿背外側に、S1神経根の疼痛は背側に放散します。L4では大腿の前外側に痛みが放散するため、股関節疾患と誤認されることがあります。
・神経根の痛みが下腿にまで及ぶ場合、その分布は脊髄髄節ごとの表在感覚分布に一致します(下記参照:医学事始より引用)
・通常疼痛は片側性ですが、中心性椎間板ヘルニア、腰部脊柱管狭窄症、脊椎すべり症では両側性の痛みになる可能性があります。
・腰痛の程度は様々ですが、通常下肢痛程は患者さんが気にしないレベルです。咳やくしゃみ、力みで疼痛が増悪する場合、椎間板ヘルニアらしい所見といえます。椎間板ヘルニアでは患者は前屈姿勢をとり、神経根への圧迫を最小限にしようとする場合があります。
・跛行を示す場合、馬尾神経圧迫に伴う神経原性跛行(Verbiests症候群)が示唆されます。これは腰部脊柱管狭窄症に多いです。
・身体診察上、筋力低下は約半数の患者に認めますが、下垂足やトレンデレンベルグ徴候を示すまで筋力が低下することは稀です。
・L3,4の圧迫では膝蓋腱反射を、S1の圧迫ではアキレス腱反射の低下を認めます。
〇身体診察
①SLR(straight leg raising) test
・ラセーグ試験とも呼ばれます。
・仰臥位で膝を伸ばした状態で足を挙げると坐骨神経が緊張します。どこかの部位で神経に圧迫があると、その程度が増強され、疼痛が増悪することで筋収縮が生じ、それ以上脚を挙上することができなくなります。30-70度の間で臀部から下腿まで放散する痛みがあればL4-5神経根の圧迫、つまり椎間板ヘルニアである可能性が高くなります。
・椎間板ヘルニアの診察というよりも坐骨神経痛の診察であることに注意しましょう。
・坐骨神経痛における感度は91%、特異度は26%とされます。
・足関節や拇趾を背屈させると痛みが強くなり、感度が上昇します。
・Crossed Straigth-leg-raising test(Fajersztajn試験)は、健側の脚を挙上し、反対側の脚に坐骨神経痛が誘発されれば陽性とします。感度は29%と低いが、特異度は88%と高いです。
➁大腿神経進展テスト
・L4神経根の障害で陽性となります。
③梨状筋の評価
・梨状筋症候群の評価に役立つ身体所見はActive piriformisテスト、Beattyテスト、FAIRテスト、Paceテストの4つがあります。
・Active piriformisテストは患者を側臥位にし、患者が股関節を外転させ外旋し、検者がそれに抵抗するように負荷をかけます。疼痛がでれば陽性で、梨状筋症候群に対する感度は78%、特異度は80%です。
・Beattyテストは側臥位の患者が重力に抵抗するように股関節を外転、屈曲した状態を保持し行います。疼痛がでれば陽性です。
・FAIRテストでは患者の股関節を屈曲、内転、内旋させ疼痛の有無をみます。
・Paceテストは患者が座った状態で股関節を外転し、検者がそれに抵抗するように負荷をかけ疼痛の有無をみます。
④Kempテスト
・進展、左側屈、左回旋位をとらせ、疼痛が誘発されれば陽性です。
・椎間孔を狭くし疼痛を誘発させています。
⑤アキレス腱反射、筋力低下、感覚低下
・前述したとおり、下記の図のように対応しています。
坐骨神経痛に対する画像検査、電気生理学的検査
坐骨神経痛の原因を同定する上で重要ではありますが、坐骨神経痛の大半は良性かつ対症療法で対応可能であり、ルーチンでの画像評価は不要です。
・症状が12週間以上進行する場合
・進行性の神経学的徴候・悪化する疼痛がある場合
・発熱など感染症を示す所見がある場合
・悪性腫瘍の既往がある場合
など、椎体・硬膜外への悪性腫瘍転移や硬膜外膿瘍など緊急疾患を思わせる所見があるときに検査を検討します。
〇画像検査
①腰椎X線写真
・椎間板の評価ができず、得られる情報が限られますが、椎間腔の高さの減少、椎体すべり症、椎体への腫瘍浸潤などはひっかけることが可能です。
➁CT
・MRIほど感度は高くありませんが、大体の椎間板ヘルニアと脊椎の構造変化を捕まえることができます。
・造影をかければ膿瘍の検索も容易です。
③MRI
・椎体、椎間板の評価としてはゴールドスタンダードとなります。
・感度、特異度ともに高いですが、無症状の椎間板ヘルニアが健常人の1%に認められることを知っておきましょう。
〇電気生理学的検査
・一応有用らしいですが、プライマリケアの場面でそこまで手を出すかというと・・・。というわけで割愛させて頂きます。
椎体外病変に伴う坐骨神経痛について
〇梨状筋症候群と坐骨神経痛
・梨状筋症候群は股関節を安定させ、外旋筋として働く梨状筋の下部を通る坐骨神経が、梨状筋により圧迫されることで坐骨神経痛を生じる疾患です。
・頻度は不明です。
・臀部中央の局所的な痛み、坐骨棘上の圧痛、座った後の痛みの悪化、股関節外旋などの梨状筋の緊張が高まると疼痛が出る、といった特徴があります。
・ランニングやストレッチなど運動で梨状筋が障害されることで発症します。
・通常画像検査は正常です。
〇帯状疱疹
・腰部または仙骨上部の皮膚に帯状疱疹が発症すると坐骨神経痛が生じることがあります。
・最初の発疹がでない間は坐骨神経痛と誤診しやすいです。
〇坐骨神経の外傷性損傷
・骨盤骨折やハムストリングス近位部の損傷後、神経が過度に引き延ばされて生じます。
・筋肉内血種や腱損傷、股関節後方脱臼や大腿骨骨折でも生じます。
・臀部の注射により損傷することもあります。
〇婦人科および周産期における原因
・妊娠後期に発生する子宮、卵巣の肥大+胎児の頭部により、坐骨神経が骨盤縁で圧迫されることで坐骨神経痛がでることがあります。
・産後の坐骨神経痛はこれを考えましょう!
坐骨神経痛に対する治療
〇薬物療法
・NSAIDsは投与後短期間は効果がでるものの、多くの患者は疼痛緩和の効果が弱いと感じているようです。
・神経障害性疼痛に使用されるガバペンチンやプレガバリン、抗てんかん薬などが使用されることが多いですが、裏付けとなるエビデンスはほとんどありません。
・オピオイドは依存性の面から使用しない方がよいとされます。
〇理学療法
・ストレッチ等、運動が有効である可能性があります。種々の腰痛同様、過度な安静を指示しないことが大切です。
他にもステロイド硬膜外注射などが検討されますが、プライマリケアの場面では難しいと思います。
腰椎椎間板ヘルニアへの手術
・腰椎椎間板ヘルニアに対する手術療法の効果は正直微妙であるようです。
・保存療法よりも疼痛緩和が早かったとの報告もありますが、一年後で比較すると疼痛や障害の程度にほとんど差がなかったという報告があります。他の研究でも大体同じような結果のようです。あまり勧められる治療ではないということになるでしょうか。
参考
1)医学事始
2)N Engl J Med. 2015 Mar 26;372(13):1240-8. :NEJMの坐骨神経痛のreview
3)Best Pract Res Clin Rheumatol. 2010 Apr;24(2):241-52. :BMJの坐骨神経痛のreview
4)PM R. 2019 Aug;11 Suppl 1:S54-S63. :梨状筋症候群のreview