チルゼパチド(マンジャロ®)は、GIPとGLP-1という2つのインクレチン受容体に同時に作用する比較的新しい糖尿病治療薬で、血糖降下作用や体重減少効果がとても強力であることが、これまでの臨床試験で示されています。いわゆる従来のGLP-1受容体作動薬よりも効きが良い、という期待感のある薬です。
一方で、心血管イベントへの影響については明確なデータが不足していました。そこで今回、心血管アウトカムを主要評価とした大規模試験 SURPASS-CVOT が実施され、結果がNEJMに掲載されました。今回はこの論文の概要について解説していこうと思います。
SURPASS-CVOT試験の概要
SURPASS-CVOT試験は、チルゼパチドの心血管イベントに対する影響を検証するために行われた、大規模な心血管アウトカム試験です。
対象となったのは、動脈硬化性心血管疾患(ASCVD)の既往を有する2型糖尿病患者で30か国・640施設より、13,165例が組み入れられました。平均年齢は約64.1±8.8歳、平均HbA1cは7.0~10.5%であり、糖尿病の罹病期間は約14.7年と、比較的長期罹患例が多い集団でした。また、平均BMIは約32.6と、全体として高度肥満の患者が多い点も本試験の特徴です。

試験は二重盲検・無作為化で行われ、
・チルゼパチド(週1回皮下注、最大15mgまで増量)
・デュラグルチド(週1回皮下注 1.5mg)
を比較しています。デュラグルチド(トルリシティ®)は、すでに心血管イベント抑制効果が示されているGLP-1受容体作動薬であり、本試験は「プラセボ対照」ではなく、実薬対照試験である点が重要です。
主要評価項目(primary outcome)は、心血管死・非致死性心筋梗塞・非致死性脳卒中からなる3点MACEで、追跡期間中央値は約4年でした。
また、本試験は非劣性と優越性を同時に評価している、欲張りな研究です。まずは非劣性(安全性の担保)を確認し、その上で優越性(上乗せ効果)を探索する、という階層的な評価を行っています。なお、解析方法はmITTでした。
その結果ですが、主要評価項目である3点MACEの発生率は、
・チルゼパチド群:12.2%
・デュラグルチド群:13.1%
であり、ハザード比(HR)は 0.92(95.3%信頼区間 0.83–1.01) でした。
非劣性マージンは1.05と設定されており、チルゼパチドはデュラグルチドに対して心血管イベント抑制効果において非劣性であることが示されました(p=0.003)。一方で、優越性は統計学的には示されませんでした(p=0.09)。

副次評価項目として、HbA1cや体重変化も評価されていますが、これらについてはチルゼパチド群でより大きな改善が認められています。実際、HbA1c低下量、体重減少量はいずれも、従来のGLP-1受容体作動薬であるデュラグルチドを上回る結果でした。
また、こちらも副次評価項目ですが、全死亡については
・チルゼパチド:8.6%
・デュラグルチド:10.2%
で、HR 0.84(95%信頼区間 0.75-0.94)であり、探索的ながらチルゼパチドに死亡率低下の可能性が示唆されました。
安全性については、重篤な有害事象の頻度は両群で大きな差はありませんでしたが、消化器症状(悪心・嘔吐・下痢など)による治療中止はチルゼパチド群でやや多いという結果でした。
SURPASS-CVOT試験の解釈
SURPASS-CVOT試験では、チルゼパチドはデュラグルチドに対して心血管イベント抑制効果において非劣性であることが示されました。一方で、優越性は証明されませんでした。では、この結果をどのように解釈すればよいのでしょうか。
高リスク集団で「優位性を示せなかった」ことの意味
本試験で対象となった患者は、平均BMIが約32と高度肥満であり、かつASCVD既往を有する心血管イベントのハイリスク集団でした。
そのような集団において、HbA1c低下や体重減少という点では明らかに優れていたチルゼパチドが、デュラグルチドを上回る心血管イベント抑制効果を示せなかったという点は、臨床的に重要なポイントだと感じます。
「体重がより減り、血糖もより改善する=心血管イベントもより減るはず」と直感的には考えがちですが、少なくともこの患者背景・この観察期間においては、その単純な図式は成り立たなかった、ということになります。
本邦の臨床にそのまま当てはめて良いのか
さらに、本試験の結果を本邦の臨床に適用する際には、患者背景の違いも考慮する必要があります。
日本では、欧米と比べて、
・BMI 30を超える高度肥満患者は少ない
・高齢の糖尿病患者が多い
という特徴があります。そのような集団において、薬価が高く、体重減少作用の強いチルゼパチドを積極的に使用する意義は、必ずしも大きくない可能性があります。
特に高齢者では、食思不振や過度な体重減少が、フレイルやサルコペニアにつながるリスクもあります。
なぜ優越性が示されなかったのか?
一方で、本試験の患者群は、糖尿病罹病期間が平均14年と長く、すでに動脈硬化がかなり進展していると考えられる集団でした。
このような背景を踏まえると、すでに完成した動脈硬化に対して、代謝改善効果だけで心血管イベントをさらに減らすことは難しかった、という見方もできます。
もし対象が、
・60歳未満の比較的若年
・高度肥満
・糖尿病罹病期間が短い
といった、「これから動脈硬化が進行していく段階」の患者であれば、チルゼパチドの優位性が示されていたかもしれません。
なお、これまでのGLP-1受容体作動薬とプラセボを比較し心血管イベント抑制効果を評価した研究では、糖尿病罹病期間は9-15年の範囲で設定されており、今回の研究もそれに倣ったものと考えられます。プラセボと比較する分には有意差が出ましたが、GLP-1受容体アゴニストとチルゼパチドを比べるとなると、罹病期間が長すぎたのかもしれませんね。
結局、チルゼパチドをどう使うべき?
以上を踏まえると、チルゼパチドは、“すべての2型糖尿病患者にGLP-1受容体作動薬に優先して使う薬ではなく、患者背景を慎重に選んで使う薬”と位置づけるのが現時点では妥当ではないかと考えます。
具体的には、若年で高度肥満があり、体重減少が治療上の大きな目標となる症例では、従来のGLP-1受容体作動薬より優先して使用する合理性は十分にあります。一方で、高齢者や体重減少が必ずしも望ましくない症例では、慎重な判断が必要でしょう。
今後、こうした特定の患者群に焦点を当てた心血管アウトカムのエビデンスが蓄積されていくことが期待されます。
参考
・N Engl J Med. 2025 Dec 18;393(24):2409-2420.
・Diabetes Obes Metab. 2019 Jul;21(7):1745-1751.
・Diabetes Obes Metab. 2020 Dec;22(12):2209-2226.