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インフルエンザ診療における麻黄湯の位置づけ

 

インフルエンザに麻黄湯が効くって聞いたことはありますか!?

 「インフルエンザには麻黄湯が効果的である。」という文言を耳にしたことがある方は多いのではないでしょうか?私が初期研修医の頃にかなり流行した言説であり、当時はERにおいて、研修医がオセルタミビル以上に処方していたような記憶があります。私自身、インフルエンザの患者さんによく処方をしていました。ここ数年はインフルエンザが下火だったので麻黄湯の影が薄くなっていましたが、今年の大流行によって再度注目を集めるようになりました。

 私もインフルエンザの診療をする機会が大幅に増えているため、ここで一度麻黄湯とインフルエンザの関係性について整理しておこうと思い、記事を作成することにしました。

西洋医学的なアプローチの限界

 さて、本題に入る前に、少し小話を挟みます。実は管理人は最近になって東洋医学、特に漢方医学について興味を持つようになりました。いくつか書籍を購入し、少しずつ勉強を進めているのですが、ちょっとその理由をお話ししておこうと思います。

 結論から言いますと、西洋医学的なアプローチだけでは外来診療に限界を感じるようになってきたためです。現代医療の主軸である西洋医学では、“疾患”を中心に治療を組み立てています。これは非常に単純明快なアプローチですが、別の視点から捉えると、“特定の疾患の診断がつかない場合、治療のしようがない”とも言えます。

 たとえば、「風邪を引いたあとにだるさが続いている、食欲がない」といった症状を訴える患者さんを想像してみましょう。内科外来ではよくある相談ですよね。こうしたケースでは、甲状腺機能低下症やうつ病など、多くの疾患を鑑別しなければなりません。しかし実際には、一通りの精査を行っても原因がはっきりしない患者さんのほうが多い印象です。これを西洋医学的な視点だけで判断すると、“特に異常はない”というアセスメントになり、経過観察や帰宅を促す方針を取ることになるでしょう。医師としては、治療を行わずに患者さんを帰すことになるため、どこか申し訳ない気持ちが残ります。

 一方、患者さんは「異常はない」と言われても辛い症状が続いているわけですから、対応してもらえないと感じ、不信感を抱くことも珍しくありません。さらに、患者さんが「何とかしてほしい」と受診を繰り返されると、今度は医師側がフラストレーションを募らせ、“不定愁訴が多い”“不安が強い”といった、陰性感情に基づくラベルを貼ってしまう場合もあります。もちろん、経過観察のうちに自然に改善することや、説明・傾聴によって心理的な効果が得られることもありますが、それだけでは対応しきれない場面があるのも事実です。

 このように、西洋医学的な観点のみで診療を行う場合、その限界が見えてくる瞬間が少なからず存在します。

東洋医学的なアプローチとはどのようなものか?

 いわば「疾患中心・臓器別アプローチ」である西洋医学に対し、東洋医学では「全体・バランス重視のアプローチ」を重視します。「気・血・水」や「陰陽五行」などの複眼的な視点で見て病因を追求し、治療を行っていきます。このため、“特定の疾患”の診断がつかなくてもそれぞれの人の症状に合わせた介入が可能であり、“患者さんごとのオーダーメイド治療”が可能になるというわけです。

 私の普段の診療に東洋医学の要素を加えることができれば幅が広がりそうだなぁと考えているわけですが、西洋医学とは異なった視点を持つ必要があり、うまく運用するまでは時間がかかりそうです。

 

 さて、ここで本題の「インフルエンザ診療における麻黄湯の位置づけ」に話を戻しましょう。先ほどまで述べたように、東洋医学では「インフルエンザ」という疾患名そのものにとらわれるのではなく、「気・血・水」や「陰陽五行」のバランスを重視して治療方針を決めます。

 つまり、同じ「インフルエンザ」と診断された患者さんであっても、東洋医学的にみると人によって「気の不調」「血の不調」「津液の不調」など、まったく異なる全身状態である可能性があるのです

 このため、“インフルエンザ=麻黄湯”という短絡的な治療を行うと、かえって患者さんの全体のバランスを崩し、症状を悪化させてしまうリスクがあります。良かれと思って行った治療で患者さんの状態を悪化させてしまうのは、当然ながら厳に慎みたいところです。

 

 前置きが長くなってしまいましたが、本記事では、東洋医学的なアプローチに基づきつつ、インフルエンザ診療における麻黄湯の使い方を解説していこうと思います。ただし、東洋医学・漢方については管理人も勉強し始めたばかりですので、拙い説明になってしまう点はご容赦ください。

 

 麻黄湯の説明に入る前に、東洋医学の概念で重要なポイントをいくつか紹介しておきます。

 

虚実

 まず、「虚実(きょじつ)」について知っておきましょう。虚実というのは病因と生体の闘病反応の程度、病態の充実度を指します。平素の体力を基盤とするその人の抵抗力(正気)と、インフルエンザウィルスを始めとする病因(病邪)の勢いの駆け引きを見ている感じです。

 実証の人では抵抗力が強い一方で病因の勢いも強く、生体反応として高熱がガンガン出ているイメージです。一方、虚証ではそもそもの抵抗力が弱く、患者さんは気力がなくてぐったりしており、発熱も微熱に留まります。

 一般に、がっちりとした体格・体力ありを実証とし、痩せた体格・体力なしを虚証と判断しますが、痩せた高齢者のような虚証っぽい見た目であっても、がっつり高熱が出て病態の充実した実証を呈することもあります。

 漢方医学における治療では、「病因は取り除き、抵抗力の不足は補う」ことが原則となります。実証の人は抵抗力が充実しているため、病因を取り除くような治療を行います。一方、虚証の人では抵抗力が不足しているため、これを補うような治療が必要となります。

 

表裏

 次に、「表裏(ひょうり)」という概念を覚えておきましょう。体の表面、つまり皮膚や関節を表とし、中心付近(消化管)を裏とします。表と裏の間を半表半裏と呼び、横隔膜前後や中胚葉由来の臓器が該当します。病気は表から始まり裏に向かって進行する傾向があります。例えば、風邪は最初は発熱・悪寒・関節痛という表の症候から始まり、時間が経つと食思不振、嘔気、便秘など、裏の症候が目立ってくる、というのが典型的な経過です。

 「陰陽(いんよう)」とは、生体に外来因子が加わった際の生体の反応様式であり、陽証(ようしょう)陰証(いんしょう)の2つの病態に分かれます。一般に病気は陽証で始まり陰証に進む傾向にあり、病初期は体も抵抗力があるので陽証を呈しますが、病気が長引くと消耗して陰証となっていきます。つまり、西洋医学的な診断名によらず、東洋医学的診断(=証)は経時的に変化するのが特徴であり、フェーズによって適応となる漢方薬が変わっていくことを覚えておきましょう。

 

 

 また、「六病位(ろくびょうい)」という概念も押さえましょう。これは陽証と陰証をそれぞれ3期(三陰三陽)に分けた病気のステージ分類であり、陽証は太陽病、少陽病、陽明病、陰証は太陰病、少陰病、厥陰病に分けられます。概ね急性疾患はこの順番に進んでいくことになりますが、人によってはいずれかのステージが欠けていることもあります。

 

 他にも気・血・津液・精や、五臓六腑の概念など、抑えるべきポイントはまだまだあるのですが、今回はこの辺りにしておきましょう。インフルエンザと麻黄湯の関係性を語る上ではひとまず十分だと思います。(これ以上は私も理解できておらず、解説できないという要素が大きいのです…。)

 

インフルエンザを東洋医学的に考えると?

 ここでようやくインフルエンザの登場です。まず、病初期の発症から2~3日以内のインフルエンザを考えてみましょう。インフルエンザを始めとする感冒の初期は陽証の第一ステージであり、六病位でいうと太陽病に該当します。太陽病では悪寒を伴うことが多いですが、これは熱産生を目的とした生体反応であり、悪寒の直後に発熱を伴うことがポイントです。悪寒には、いわゆるshaking chillのような強いものから、風に当たるとゾクっと嫌な感じがする程度のものまでを含みます。

 悪寒・発熱や関節痛など、体の表面の症状が中心であり、消化管の症状は目立たないため、表裏は表ということになります。

 同じ太陽病であっても、虚実によって臨床像は異なります。例えば、実証の人では悪寒戦慄を伴う高熱、関節痛が出現し、発汗はないことが多いです。これは皆さんが想像するであろう、典型的なインフルエンザ症状ですよね。一方、虚証の人ではそこまでの抵抗力がないため、悪寒は軽度で熱もそこまで高くなく、じっとり汗をかいています

 このように、一言にインフルエンザといっても、東洋学的視点で考えると、かなり症状のバリエーションが広いことがわかります。症候をきちんと整理し、適切な治療を選択肢していく必要があるわけですね。インフルエンザ=麻黄湯という、病名による漢方の決め打ちしてしまうことが何故よくないのか、何となく伝わったのではないかと思います。

 では、次に麻黄湯がどのような漢方薬であるのかを見ていきましょう。

麻黄湯とインフルエンザ

 漢方薬はいくつかの生薬から構成されており、生薬それぞれに役割があります。麻黄湯は麻黄、杏仁、桂皮、甘草の4種の生薬から構成されていますが、中でも中心的な役割を担っているのが、名前にも使われている「麻黄」です。

 麻黄はマオウの地上茎から作られた生薬であり、強力な交感神経刺激作用を持つエフェドリンを含んでいます。このため、西洋医学的には血管収縮・強心・気管支拡張作用を持っています。麻黄湯のイメージは、このエフェドリンを含む麻黄によって交感神経を刺激し、ガツンと病邪を取り払うような感じです。体力のある実証の方にはよい適応があり、端的に言えば、「発症から2~3日以内の、悪寒戦慄を伴う高熱・関節痛を呈し、汗をかいておらず、比較的年齢が若くて体力のある人」には麻黄湯が適しています。

 一方、虚証の人では麻黄湯のパワーに耐え切れないため、むしろ逆効果になる可能性があります。また、発症から時間が経過し、少陽病や陽明病、太陰病のフェーズに至っている場合も良い適応ではありません。加えて、コントロールの悪い高血圧症、心疾患、甲状腺機能亢進症など、エフェドリンが悪影響を呈しやすい既往がある場合も処方は避けるべきです。

 近年は麻黄湯に関する臨床研究も散見され、2019年のメタアナリシスではオセルタミビルなどのノイラミニダーゼ阻害薬と同等の作用があり、ノイラミニダーゼ阻害薬との併用で更に有熱期間が短くなる可能性が示唆されています1)。いずれも小規模な研究ですし、「そもそも比較対象のノイラミニダーゼ阻害薬の有効性ってどうなの?」という疑問はありますが、よくインフルエンザに対して処方されているノイラミニダーゼ阻害薬と遜色がなさそうだというのは、麻黄湯を処方する上での安心材料にはなるでしょう。

 

 なお、ここでは簡潔な説明に留めますが、太陽病において、実証~実証と虚証の中間くらいの方には葛根湯がよい適応になります。葛根湯はスペクトラムの広い漢方であり、感冒症状に処方しておけば、大きく間違えることはないと言われています。また、明らかに虚証である方には桂枝湯が効果的です。少陽病や陽明病の場合はまた話が変わってくるため、ここでは割愛したいと思います。

 

 以上、東洋医学・漢方医学の基本に触れながら、麻黄湯とインフルエンザについてまとめてきました。皆さんのインフルエンザ診療に少しでも役立てば幸いです。

 私自身、東洋医学の基礎を学びながらの執筆でしたので、至らない点も多々あるかと思いますがご容赦ください。ざっと漢方医学の入門書には目を通したのですが、東洋医学的な診察法である舌診や脈診、気・血・水の概念など、まだまだ勉強して整理しなければいけない部分が多いです。時間はかかりそうですが、自身の診療に実装できるよう頑張ってみたいと思います。

 

 最後に、今回のキーセンテンスとして以下をお示しして本稿を締めくくりたいと思います。

①インフルエンザ=麻黄湯と決め打ちするのではなく、東洋医学的な観点からアセスメントを行った上で適切な治療法を考えよう

②麻黄湯が良い適応となるのは、「発症から2~3日以内の、悪寒戦慄を伴う高熱・関節痛を呈し、汗をかいておらず、比較的年齢が若くて体力のある人」である

 

1)BMC Complement Altern Med. 2019 Mar 18;19(1):68.

2)あつまれ!!飯塚漢方カンファレンス 吉永亮 南山堂

3)図説 漢方処方の構成と適用 森雄材 医歯薬出版株式会社

4)伊東完の「楽しみながら学ぶ漢方談話」 日経メディカル https://medical.nikkeibp.co.jp/inc/all/series/ito/