IBS概論
〇IBSの診断基準
・過敏性腸症候群(Irritable bowel syndrome : IBS)とは、機能性消化管疾患の一種であり、器質的疾患がないにも関わらず、繰り返す腹部不快感または腹痛を特徴とし、さらに排便との関連性、排便頻度の変化との関連性、または便の硬さの変化との関連性のうち、少なくとも2つが認められるものである。
・下記、現在の診断基準であるRomeⅣ分類を示す。
〇IBSの疫学
・IBSの有病率はこの数十年余り、およそ10%であり、経年的に増加しているとはいえない。
・感染性腸炎後にはIBSを発症しやすいことが知られており、これを感染性腸炎後IBS(post-infectious IBS:PI-IBS)と呼ぶ。頻度は10%程度といわれている。
〇IBSの病態
・詳しい病態については判明していない部分も多い。
・IBSにはストレスが関与するといわれており、実際臨床的にはストレスによってIBSの症状が増悪する。これは副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンであるCRHが消化管運動を刺激し、内臓知覚を過敏にすることが一因であるとされている。また、エストロゲンなどの性ホルモン、セロトニンやアセチルコリンといった神経伝達物質も関与している。
・腸内細菌、粘膜透過性亢進、粘膜微小炎症なども関与している。
・実際、便秘型IBSであっても腸管運動が低下しているわけではなく、むしろ収縮が増強していることがあり、刺激性下剤などで症状が増悪してしまうこともある
IBSの病型
・IBSは便の形状によりさらに4つに分類され、硬い便が優位の「便秘型」、軟便・水様便が優位の「下痢型」、硬い便と軟便・水様便を繰り返す「混合型」、どれにも属さない「分類不能型」に分けられる。
IBSの診断
・IBSを含む機能性消化管疾患の診断をする場合、二次的要因の検索を行い、あくまで除外診断として診断する姿勢が重要である。
〇検査
以下、診断の際に必要な検査について示す。
血液検査:一般生化学+血算、CRP、血沈、甲状腺機能、血糖、HbA1c、抗トランスグルタミナーゼ抗体、抗エンドミシアル抗体、HIV検査、IGRA
胸部X線
便検査:便潜血、便中白血球、便中カルプロテクチン(IBDとの鑑別に有用)、CD検査、ジアルジア
CF:器質的疾患との鑑別において重要
〇確認すべき薬剤
IBSの治療
〇ラモセトロン 商品名:イリボー® 5μg 140円/錠
・セロトニン受容体5HT3の拮抗薬で、主に消化管筋層の神経叢上にある5HT3受容体に拮抗し、脳から腸、さらに消化管粘膜に存在するEC細胞よりだされるセロトニンの消化管神経叢への作用を調整するとされる。
・下痢型IBSに有効であり、腹痛や水様便を改善するとされる。
・副作用として便秘、虚血性腸炎肝酵素上昇などに注意する。
処方例:
男性 5μgを1日1回内服、最高10μgまで
女性 2.5μgを1日1回内服、最高5μgまで
〇リナクロチド 商品名:リンぜス® 0.25g 78.7円/錠
・消化管粘膜上皮細胞に存在するグアニル酸シクラーゼCRHの受容体を刺激し、細胞内のcGMPの濃度を上昇させ、嚢胞性線維症膜貫通調節因子(CFTR)よりCl-とHCO3-を放出する。これら一連の反応によって、消化管管腔内の水分分泌を促進して硬便を改善する。
・また、cGMPは消化管神経叢にも働き、上行性の神経刺激を低下させ、IBSの腹痛を改善する。
・日本では慢性便秘症への適応となっているが、便秘型IBSに有効。
・副作用は下痢に注意する。
処方例:
0.5mgを1日1回、食前投与。症状により0.25mgに減量する。
〇ルビプロストン 商品名:アミティーザ® 24μg 110円/錠
・小腸粘膜上皮のクロライドイオンチャネル(ClC-2)に結合して、管腔内にCl-が放出され、水分も移動することで便の軟度を上げ硬便を改善する。
・妊婦には使用不可である。
・便秘型IBSに有効。
・副作用は下痢、悪心、嘔吐など消化器症状が多い。
処方例:
24μgを1日2回投与する。腎機能などで適宜増減する。
〇マレイン酸トリメブチン 商品名:セレキノン® 100mg 5.9円/錠
・運動亢進状態にある腸管では、副交感神経終末にあるオピオイドμおよびκ受容体に作用し、アセチルコリン遊離を抑制し、消化管運動を抑制する。
・運動低下状態にある腸管では、交感神経終末にあるμ受容体に作用し、ノルアドレナリン遊離を抑制し消化管運動を改善する。
・消化管運動機能改善薬として、便秘型IBS、下痢型IBSのいずれに対しても効果が期待できる。
・副作用として肝機能障害、消化器症状に注意する。
処方例:
300-600mgを3回に分けて経口投与
〇モサプリド 商品名:ガスモチン® 5mg 10.1円/錠
・消化管筋層間神経叢にある5-HT4受容体を刺激し、アセチルコリンの遊離を増大させ消化管運動を促進させる。
・IBSには保険適用がない。
・副作用は腹痛、下痢、肝機能障害に注意する。
処方例:
15mgを1日3回に分けて経口投与する
〇高分子重合体 商品名:ポリフル®、コロネル® 500mg 11.9円/錠
・いわゆるおむつ吸水ポリマーと類似の成分である。便の水分調節、輸送に役立つとされる。
・便秘型、下痢型IBSのいずれにも効果が期待できる。
・副作用として高カルシウム血症に注意する。
処方例
3-6錠/日を内服する
〇大建中湯
・腸管血流増加作用、消化管運動促進作用など、さまざまな作用で腸管運動を改善する。
・その他薬剤も含め、下記にまとめる
*刺激性下剤は長期使用に注意する。
*下痢型IBSにおいて半夏瀉心湯、六君子湯が効くことがある
参考
・消化器疾患のゲシュタルト 金芳堂
・機能性消化管疾患診療ガイドライン2020 過敏性腸症候群 日本消化器病学会