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化学療法入門

化学療法とは

悪性腫瘍の治療において、いわゆる抗癌剤を用いる治療のことを化学療法と呼んでいます。

術前・術後化学療法化学療法・放射線治療同時併用療法(concomitant chemoradiotherapy:CCRT)など根治を目的として行われるものもありますが、内科医が化学療法を行うことが最も多いのはⅣ期の患者さんに対する化学療法となります。

化学療法は主に下記の5つに分類されます。

①細胞障害性抗癌剤

➁分子標的薬

③血管新生阻害薬

④免疫チェックポイント阻害薬

⑤ホルモン療法

このうち、ホルモン療法は前立腺癌や乳癌など限られた癌種でのみ行われている化学療法です。私はこれらの癌種の診療を行った経験がないため、ここで紹介する程度に留めさせて頂きます。

さて、ここからは①-④のそれぞれの化学療法について具体的に見ていきたいと思います。

細胞障害性抗癌剤

細胞障害性抗癌剤(cytotoxic chemotherapy)は化学療法の中でも最も基本となる薬剤群です。

細胞障害性抗癌剤の作用機序は種類によって異なりますが、基本的には細胞周期のどこかに作用し、細胞の増殖を阻害することで抗腫瘍効果を発揮します。細胞障害性抗癌剤の作用によって細胞周期が止まってしまうと、その細胞は死滅してしまいます。通常の細胞と比較し、腫瘍細胞は増殖速度・細胞周期の回転が速く、細胞障害性抗癌剤の影響を受けやすいという特徴があります。そのため、細胞障害性抗癌剤は腫瘍細胞に対して強い細胞障害効果を持ちますが、一方で正常な細胞にも毒性があるため、それらが副作用として現れてくるわけです。

細胞障害性抗癌剤のイメージは、軍事における絨毯爆撃のようなものです。もちろん通常の家屋(正常細胞)にもダメージがありますが、木造家屋(腫瘍細胞)に対して特に効果を発揮します。

細胞障害性抗癌剤には以下のような種類があります。代表的な薬剤名もまとめておきます。

・白金製剤:シスプラチン、カルボプラチン、オキサリプラチン

・抗腫瘍性抗生物質:ドキソルビシン、ブレオマイシン

・アルキル化薬:シクロフォスファミド

・代謝拮抗薬:ペメトレキセド、S-1、UFT、5-FU、ゲムシタビン

・トポイソメラーゼ阻害薬:イリノテカン、ドキソルビシン、アムルビシン、エトポシド

・微小管作用薬:パクリタキセル、ドセタキセル、ビレノルビン

白金製剤、抗腫瘍性抗生物質は由来物質からの命名であり、その他は作用機序から名前がつけられています。そのためカテゴリーが重複する薬剤があることに留意しておきましょう。

細胞障害性抗癌剤の副作用として代表的なものは、嘔気・食思不振、倦怠感、口内炎、下痢、脱毛、血球減少があります。私も肺癌診療に従事していましたが、副作用の中で厄介なのが嘔気・食思不振血球減少です。

嘔気・食思不振により全身状態が悪化やQOLの低下をきたす患者さんは多いです。催吐性リスクは薬剤によって異なっており、例えば高リスクに該当するのがシスプラチンとなります。催吐性リスクによって推奨される制吐療法がありますし、それでも嘔気が強い方にはメトクロプラミドやオランザピンを上乗せすることもあります。嘔気は患者さんにとってかなり苦痛であり、有効な化学療法を完遂するためにも丁寧に対応する必要があるため、しっかり勉強しておきましょう。

また、血球減少、特に白血球減少は細胞障害性抗癌剤を使用する際には必発といえます。発熱性好中球減少症(febrile neutropenia:FN)は時には致死的となり、がん診療を行う医師以外においてもoncology emergencyとして知っておく必要があります。FNの患者さんでは緑膿菌を含んだグラム陰性桿菌の感染症での死亡率が高い(適切な治療を行わない場合に40%)ため、緑膿菌をスペクトラムに含んだβラクタム薬を投与します。FNの発症率はレジメンによって異なっており、高リスクの場合は全例で、中間リスクの場合は特定の状況においてFNの予防としてG-CSF製剤の投与を行います。ちなみに、肺癌ではドセタキセル+ラムシルマブというレジメンがFN発症率が34.0%であり、高リスク群に該当します。

他にも、オキサリプラチンや微小管阻害薬では末梢神経障害によるしびれが出現し、患者さんのQOLに大きく影響します。

なお、細胞障害性抗癌剤に限った話ではありませんが、病院で行われる点滴が主体の化学療法では電子カルテ上でレジメンごとのプロトコルが設定されていることがほとんどです。体重や腎機能といった数値を入力することで、投与量や点滴オーダーが自動で作成されます。化学療法では患者さんの体重や腎機能、全身状態に合わせて薬剤ごとに投与量を調整する必要がありますし、制吐薬など前後で投与する薬剤も多く、非常に複雑です。こういった中で人為的なミスを減らすために、このようなシステムが構築されています。少なくとも私が勤務してきた病院ではこのようなシステムがとられていました。とはいえ、完全に電子カルテ任せというわけにはいかないので、レジメンや薬剤ごとの特徴や留意点は押さえておくようにしましょう。

分子標的薬

分子標的薬とは、腫瘍細胞の増殖に関わる蛋白質を標的にして抗腫瘍効果を発揮する薬剤です。腫瘍細胞に多く発現しているタンパク質を標的としているため、細胞障害性抗癌剤と比較すると悪性腫瘍に対して特異的な治療ということになり、より効果的かつ嘔気・食思不振や血球減少といった副作用が少ない治療ということになります。ただし、腫瘍細胞に標的となるタンパク質が発現していないと、そもそも効果を示さないため注意が必要です。

先ほど細胞障害性抗癌剤が絨毯爆撃と例えましたが、分子標的薬はターゲットを絞ったミサイル攻撃となります。ターゲットさえあれば腫瘍細胞に的を絞って攻撃を加えることができるわけです。

分子標的には小分子化合物抗体薬の二種類があります。

小分子化合物は分子標的薬のうち、薬剤の成分となっている化合物の大きさが小さい物を指し、多くはは内服薬です。肺癌におけるチロシンキナーゼ阻害薬や、マルチキナーゼ阻害薬mTOR阻害薬が該当します。

抗体薬はその名の通り抗体を使った薬で、多くは点滴で投与を行います。胃癌における抗HER2抗体薬、大腸癌における抗EGFR抗体が該当します。

先述した通り、多くの分子標的薬には標的となるタンパク質(バイオマーカー)が必要です。具体的には、肺癌におけるチロシンキナーゼ阻害薬の標的としてEGFRやALK、胃癌における抗HER2抗体薬の標的としてHER2、大腸癌における抗EGFR抗体の標的としてEGFRがあります。これらの癌種では、生検組織等から事前にバイオマーカー検査を行います。バイオマーカーが陽性である場合において、細胞障害性抗癌剤に優先して分子標的薬を使用していくことが多いです。(※詳細は割愛しますが、大腸癌においてはEGFRそのものではなく、RAS遺伝子変異の有無がバイオマーカーとなります)

副作用は薬剤によって異なりますが、皮疹間質性肺炎消化器症状が出ることが多いです。特に間質性肺炎は致死的となるため注意が必要です。また、分子標的薬は使用しているうちに腫瘍細胞が耐性を作ってしまい、どこかで効果がなくなってしまいます。耐性に対抗する治療法の研究が進められていますが、現時点では根本的な解決策は見つかっていません。

分子標的薬はどんどん種類が増えていく傾向があります。例えば非小細胞肺癌においては、8つの遺伝子変異(EGFR、ALK、ROS1、BRAF V600E、MET、NTRK、RET、KRAS)に対し、20種類弱の分子標的薬(!)が使用できるようになっています。私は2年ほど肺癌診療から離れてしまっていますが、治療法の発展についていくことができていません…。バイオマーカーの検索法も複雑化しているため、患者さんが治療対象から漏れてしまうことがないよう、日々情報をアップデートしていく必要があるでしょう。

血管新生阻害薬

血管新生阻害薬とは、血管新生に不可欠な因子である血管内皮増殖因子(VEGF)血管内皮増殖因子受容体(VEGFR)へ結合することを阻害し抗腫瘍効果を発揮する薬剤です。分子標的薬の一種ですが、他の薬剤と比べて使い方が異なるため別にカテゴライズしました。

腫瘍細胞は増殖、転移する際にVEGFを分泌し、栄養血管を引き込んだり、血流を変化させることで自身の生存に有利な環境を作り出しています。血管新生阻害薬はこの過程を阻害し、腫瘍細胞の増殖、転移を抑制したり、他の抗癌剤が腫瘍細胞に到達しやすくします。血管新生阻害薬単独で使用するというよりも、相乗効果を期待して他の薬剤と併用することが多いです

代表的な薬剤として、VEGFに対するモノクローナル抗体であるベバシズマブ、VEGFR-2に対するモノクローナル抗体であるラムシルマブがあります。ベバシズマブは大腸癌、扁平上皮癌を除く非小細胞肺癌に、ラムシルマブは胃癌、大腸癌、非小細胞肺癌に使用されます。

副作用として喀血などの出血イベント血栓塞栓症、高血圧、尿蛋白、消化管穿孔があります。血管に作用するという機序に起因しているものが多いです。また、致死的な出血イベントが報告されているため、ベバシズマブは肺扁平上皮癌に対して禁忌です。一方、ラムシルマブについては扁平上皮癌でも腺癌でも使用できます。

免疫チェックポイント阻害薬

化学療法の中で最も熱いのがこの免疫チェックポイント阻害薬(immune checkpoint inhibitors:ICI)です。

免疫は侵入してきた微生物だけでなく、自己の細胞も働いており、異常な細胞がないか逐一チェックしています。もし腫瘍化した細胞を発見した場合、それらはT細胞を始めとする免疫細胞の働きによって排除されます。通常は免疫のこうした働きで腫瘍細胞の増殖は防がれていますが、巧妙に免疫を潜り抜けた細胞がひとたび増殖に成功してしまうと、悪性腫瘍となって臨床的に問題となってくるわけです。こういった腫瘍細胞では、免疫の働きにブレーキをかけ、自己の生存に有利な環境を作り出す力を身に着けています。免疫チェックポイント阻害薬は、こうしたブレーキを解除し、免疫によって抗腫瘍効果を発揮する薬剤です。

腫瘍細胞を直接攻撃する細胞障害性抗癌剤や分子標的薬と異なり、免疫チェックポイント阻害薬そのものは腫瘍細胞を攻撃しません。免疫細胞を助けることで間接的に腫瘍細胞を障害します

ICIのイメージ図

さて、免疫チェックポイント阻害薬は細胞障害性抗癌剤のような正常細胞への障害は少ないため、基本的には患者さんとっては負担の少ない薬剤です。ただし、免疫を活性化しすぎてしまうことにより、免疫関連有害事象(immune-related adverse events:irAE)という特殊な副作用が生じる可能性があります。irAEは表現型が多彩であり、間質性肺炎、甲状腺機能異常、大腸炎、肝障害、下垂体炎、1型糖尿病、末梢神経障害、重症筋無力症など全身のあらゆる臓器に生じます。特に、間質性肺炎などは致死的になることもあり、決して安全な薬とは言えないのが実情です。

免疫チェックポイント阻害薬が使用される癌種は肺癌、頭頚部癌、食道癌、胃癌、大腸癌、肝細胞癌、悪性黒色腫、腎細胞癌など、徐々に増えてきています。中でも肺癌におけるインパクトは凄まじく、使えない理由がないのであれば積極的に使うことになっています。私も呼吸器内科として勤務している際にはペムブロリズマブ、アテゾリズマブ、デュルバルマブには大変お世話になりました。

免疫チェックポイント阻害薬は単剤で使用したり、細胞障害性抗癌剤と併用して使っていくこともあります。肺癌では免疫チェックポイント阻害薬+免疫チェックポイント阻害薬+細胞障害性抗癌剤という攻めたレジメンもあったりします。

免疫チェックポイント阻害薬の効果については個人によって大きな差があるといわれており、その有効性を事前に判断するための方法論の確立が急がれています。例えば非小細胞肺癌においては、組織検体中のPD-L1の陽性率(PD-L1 TPSと呼びます)が高い程ペムブロリズマブの効果が高いことがわかっており、レジメンを選択する上での参考とされています。

また、適応が通っていない癌種であっても、高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-High)固形癌であれば免疫チェックポイント阻害薬の効果が期待できます。DNAにはマイクロサテライトと呼ばれる1-数塩基の塩基配列の繰り返しが散在していますが、この部分はDNA複製時にエラーが生じやすいとされています。通常、このエラーはミスマッチ修復(MMR)タンパク質の複合体の機能などによって正常に修復されていますが、このMMR機能が欠損するとDNA複製時のエラーが修復されず、マイクロサテライトが通常と異なる反復回数を示すことがあります。これをマイクロサテライト不安定性(MSI)と呼んでおり、MSIが高頻度である固形癌をMSI-High固形癌と呼称します。

MSI-Highは子宮内膜癌、胃癌、小腸癌、大腸癌、卵巣癌、前立腺癌、乳癌など、様々な臓器の癌で確認されています。また、遺伝性大腸癌とされるリンチ症候群(遺伝性非ポリポーシス性大腸癌、HNPCC)の患者さんの特徴としてこのMSI-Highが挙げられます。

MSI-Highの癌では免疫チェックポイント阻害薬の効果が高いことがわかっていますが、PD-L1の発現量が多いことが示唆されており、その要因の一つとされています。

『成人・小児進行固形がんにおける臓器横断的ゲノム診療のガイドライン』第3 版では、「MMR 機能に関わらず免疫チェックポイント阻害薬が実地臨床で使用可能ながん以外の切除不能進行・再発固形がん患者に対して,免疫チェックポイント阻害薬の適応を判断するためにdMMR 判定検査を強く推奨する。」とされています。

さてこのMSIについての検査ですが、遺伝性腫瘍をスクリーニングする検査とも言い換えることができます。そのため、結果が陽性(MSI-High)であった場合、患者さんご本人だけでなく、ご家族への影響に対する患者さんの受け止め方に配慮して検査前の説明を行う必要があります

また、検査には組織検体が必要ですし、提出してから結果が返ってくるまで1か月程度かかることにも留意する必要があります。検査結果を待っているうちに病勢が進んでしまい、PSが低下して治療のタイミングを逸してしまう、ということがないようにしましょう。

MSIは単に「陽性であれば免疫チェックポイント阻害薬が使える便利な検査」ではなく、患者さんのプライバシーや受け止めに配慮した上で、適切なタイミングで提出する必要のある検査です。がん診療に精通した上級医とよく相談した上で診療を進めていくようにしましょう。

まとめ

以上、化学療法の概観について見てきました。

現在も多くの癌種では細胞障害性抗癌剤が主力であり、そこに分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬といった新規薬剤を組み合わせて治療を行っていくことになります。

私は3年目から呼吸器内科として勤務を始めたわけですが、研修医の頃にはほとんど化学療法に従事した経験がなかったため、肺癌診療の勉強では大変苦労をしました。当院にも研修医の先生がローテーションしてきてくれますが、消化器内科や呼吸器内科志望など、がん診療に携わることになる先生がそれなりにいらっしゃいます。この記事はそんな先生方の勉強の導入になればという思いで作成しました。少しでも参考になれば幸いです。

参考

・肺癌診療ガイドライン 悪性胸膜中皮腫、胸腺腫瘍含む 2022年度版

・『成人・小児進行固形がんにおける臓器横断的ゲノム診療のガイドライン』第3 版

・マイクロサテライト不安定性(MSI)検査のホームページ

https://jsht-info.jp/hp/msihome.html