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肺膿瘍

肺膿瘍は微生物感染によって肺実質が液状に壊死し、膿を含んだ空洞を形成する疾患と定義されます。

同じ呼吸器系の膿瘍疾患として、肺膿瘍と膿胸が混同されることが散見されます。肺膿瘍は肺実質内を、膿胸は肺実質外(胸腔内)を病変の首座としています。当然背景疾患や治療も異なってくるため、全く別の疾患である点をしっかり押さえておきましょう。

 

肺膿瘍は誤嚥性肺炎を契機に発症することが多く、全体の60%を占めています。そのリスク因子として加齢やアルコール依存症、意識障害、歯性感染症、気管切開後、神経筋疾患などが挙げらます。この誤嚥に伴う肺膿瘍に、インフルエンザ後や免疫不全状態時の壊死性肺炎を加え、まとめて原発性肺膿瘍と呼称する場合があります。一方、腫瘍による気管支閉塞や菌血症、気管支食道瘻/横隔膜下膿瘍からの波及など、肺外の原因によって生じるものを二次性肺膿瘍と呼称します。

  

肺膿瘍の罹患率について明確なデータは見つけられませんでした。呼吸器内科として診療している際の肌感覚としては、膿胸より少ないか同程度の頻度ではないかと思われます。100年前、肺膿瘍による死亡率は約75%でしたが、今日では抗菌薬治療の発達により約8.7%にまで減少しているといいます。

 

 

 

肺膿瘍の起炎菌はその原因によって異なります。

 

誤嚥

誤嚥を背景とする場合、口腔内常在菌による複数菌感染であることが多いです。PeptostreptococcusPrevotellaBacteroides (非fragilis), Fusobacteriumなどの嫌気性菌の頻度が高いとされ、ここに連鎖球菌群のViridans Streptococcus(S.anginosus, S.mitis, S.bobis)などが続きます。嫌気性菌以外のGram陰性桿菌(大腸菌など)も最大1/3程度関与していると考えられています。

 

繰り返しますが複数菌感染であることが多いため、培養から一種の菌が生えたとしても安易にde-escalationせず、口腔内常在菌をカバーした抗菌薬で治療を継続するのが無難といえます。 

化膿性細菌による肺炎

黄色ブドウ球菌、Klebsiella pneumoniae、緑膿菌など、特定の細菌は単独で肺膿瘍を形成することがあります。特にインフルエンザ後の黄色ブドウ球菌アルコール依存症でのKlebsiellaによる肺膿瘍は有名です。その他、Streptococcus pyogenesBurkholderia pseudomalleiHaemophilus influenzae type b, LegionellaNocardiaといった細菌で単独感染による肺膿瘍が報告されています。

 

また、厳密には肺膿瘍というよりも鑑別疾患の一つとなりますが、肺結核による壊死・空洞形成も頭に入れておきましょう。

非細菌性の病原体

こちらも純粋な肺膿瘍というよりも鑑別疾患としての扱いになりますが、非細菌性の病原体もいくつか記憶しておきましょう。

 

まず、最も頻度が高いのがAspergillusを代表とする真菌です。他にもCryptococcusや、本邦では稀ですがHistoplasmaBlastomycesCoccidioides,mucormycosisも原因となります。 

 

また、赤痢アメーバや肺吸虫、エキノコックスといった寄生虫が原因となることもあります。

日和見感染症

ステロイドや免疫抑制薬を使用中であったり、HIV感染がある場合、肺炎が重症化することで肺膿瘍を形成するリスクが高くなります。この場合、致死率の高い緑膿菌による重症肺炎/肺膿瘍に注意が必要です。また、ノカルディアや真菌の頻度も高くなります。

肺膿瘍の症状は肺炎と類似しており、発熱と悪寒(80%)、湿性咳嗽(55-90%)、呼吸困難(10%)、胸膜痛(20%)、喀血(10%)といったものがみられます。夜間盗汗、体重減少、食思不振といった全身症状が見られることもあります。

 

通常は6週間以上の慢性経過を辿りますが、黄色ブドウ球菌やKlebsiella pneumoniaeによるものは6週間以内という急性経過を呈し、敗血症性などを合併して重症化することがあります。

身体所見

呼吸器系の疾患であり、当然呼吸音の聴取は重要ですが、肺膿瘍に特異的な聴診所見はありません。部位や膿瘍の大きさにもよりますが、病側の呼吸音が低下していることが最多です。その他、crackesやronchiiが聴取されることもあります。

 

肺膿瘍の背景に齲歯や歯肉炎など、口腔内不衛生があることが多いため、注意深く口腔内を視診、触診します。嚥下機能低下が疑われる場合、水飲み試験を行ってもよいでしょう。

画像検査

肺膿瘍の診断で重要なのが胸部CTです。胸部X線写真よりも鮮明に膿瘍と周囲の解剖学的評価を行うことができます。周囲組織を圧迫する境界明瞭な腫瘤影を基本とし、内部組織の壊死の程度によって多彩な画像所見を呈します。例えば、まだ壊死が十分に進んでいない場合は均一な濃度の腫瘤影となりますし、壊死が完成している場合は硬化した被膜と内部の液体貯留という陰影を呈します。また、気管支と交通ができ、内容物が排出されてしまうと空洞影となります。嫌気性菌など、起因菌によっては膿瘍内にairが散見されることがあります。単純CTで判別ができない場合、造影剤を使用することで被膜と内腔を区別できることがあります。

 

膿が排出されることで炎症が膿瘍周囲の肺実質に広がり、浸潤影や粒状影を伴うことがあります。

 

肺膿瘍が胸膜側に近い場合、膿胸との判別が難しいことがあります。肺膿瘍なのか膿胸なのかで治療方針が異なってくるため、判断に迷う際は造影剤を使用したり、冠状断や矢状断に画像を再構成して両者の鑑別を行います。

 

下記のRadiopaediaのlung abscessの項に典型的なCT画像が掲載されていますのでご参照ください。

https://radiopaedia.org/articles/lung-abscess?lang=us

 

 

画像上の鑑別疾患として重要なのは、肺癌(特に扁平上皮癌)肺結核です。特に肺癌は単発の画像評価では肺膿瘍との鑑別が困難であることも少なくありません。このため、一旦肺膿瘍だと診断しても、肺癌の可能性を排除せず、注意深く経過を追う必要があります。結核は言わずもがな空気感染の問題があるため、画像上空洞を伴っているようなら三連痰の評価を行うのが無難といえます。

 

また、両肺に多発し、末梢優位に分布するような肺膿瘍を見た場合、敗血症性肺塞栓症を疑います。この場合、血液培養を3セット採取しつつ、Lemierre症候群(頸静脈の細菌性血栓性静脈炎)や右心系のIEなど、一次感染巣の検索を行う必要があります。

 

その他の鑑別疾患として真菌症肺梗塞多発血管炎性肉芽腫症(GPA)なども頭に入れておきましょう。

微生物学検査

肺膿瘍の患者では必ず血液培養を採取します。前述の通り敗血症性肺塞栓症が背景にある可能性を考慮しての対応です。多発病変など、敗血症性肺塞栓症の可能性が高い場合はIEを念頭に3セットの血液培養をとりましょう。

 

喀痰培養は肺膿瘍の起因菌を同定するために有用な検査ですが、その陽性率は必ずしも高くないことを押さえておきましょう。通常の肺炎においても同様のことが言えますが、喀痰検体は唾液などの混入により、上気道の常在細菌叢が培養されてしまうことが少なくありません。また、膿瘍と気道の交通がない場合、起因菌を含んだ膿が喀痰として排出されません。加えて、起因菌として頻度の高い嫌気性菌群の培養自体が難しいということも要因の一つです。

 

空洞があったり、肺結核が否定できない場合は三連痰を含んだ抗酸菌検査を提出します。

 

もし後述の気管支鏡検査を行った場合、上気道検体の混入していない、純粋な下気道検体を採取することができます。

気管支鏡検査

気管支鏡検査はルーチンで行う検査ではありませんが、経過が肺膿瘍に非典型的(抗菌薬の反応性が悪いなど)であったり、画像上肺癌が否定できない場合に検討します。気管支洗浄液を吸引することで病変近傍の下気道検体を直接採取することが可能です。ブラッシングや生検も選択肢となりますが、被膜を破ることで大量の膿が噴出してしまい、呼吸状態が急速に悪化してしまうという懸念があるため、適応は慎重に判断しましょう。

 

抗菌薬

肺膿瘍の治療は抗菌薬による保存的治療が中心となります。胸腔内に膿が溜まる膿胸では胸腔ドレナージが重視されますが、肺膿瘍は肺実質内に病変があるため、基本的にはドレナージができません(もし胸腔からアプローチすると肺を突き破ってしまうことになります)。

 

抗菌薬は口腔内常在菌、嫌気性菌をカバーするように選択します。

私はABPC/SBTで治療を開始することが多いです。緑膿菌を念頭に入れる必要がある場合はPIPC/TAZやカルバペネム系を選択します。インフルエンザ後の肺膿瘍の場合、黄色ブドウ球菌を考慮し、ABPC/SBTに加えてVCMを併用します。培養結果からMSSAが検出された場合にはCEZにde-escalationを検討します。

 

患者が解熱し、呼吸状態が落ち着いた場合、AMPC/CVAなど経口抗菌薬への切り替えを検討します。

 

投与期間にはコンセンサスがありませんが、経過に応じて3~6週間程度の治療が行われることが多いです。

ドレナージ、外科的治療

抗菌薬への反応性が悪い場合や、膿瘍が巨大な場合、ドレナージを検討します。

膿瘍が胸膜に近い場合、膿胸と同様に経胸腔ドレナージを行います。ただし、前述の通り肺実質を傷つける可能性があるため、気胸や血胸のリスクがあり、可能なら避けるべきです。呼吸器内科や呼吸器外科など、専門家とよく相談するして慎重に適応を判断しましょう。

  

また、気管支鏡によるカテーテルドレナージが行われることもあります。気管支鏡によりカテーテルを鼻から膿瘍腔に留置し、腔から排液がなくなるまでドレナージを行います。必要に応じて生理食塩水による洗浄も行います。ただ、この方法は一般的ではなく、手技も高度であるため、高次医療機関でなければ施行は難しいと思われます。

 

肺膿瘍ではベースの全身状態が悪いことが多いため、外科的治療が行われることは極めて稀です。行う場合、病変のある肺葉切除が基本であるようです。

今回は肺膿瘍についてまとめてきました。

キーとなるのは膿胸との相違点です。研修医の先生と話していると、この2つがごちゃ混ぜになってしまっていることが多い印象です。違いを表にまとめましたので、ここでしっかり理解しておくようにしましょう。

最後に重要ポイントをまとめて終わりたいと思います。

・肺膿瘍の原因は60%が誤嚥で、他に肺癌や菌血症に伴う二次性のものがある

・起因菌は嫌気性菌を含んだ口腔内常在菌による複数菌感染が最多だが、黄色ブドウ球菌や緑膿菌による単一菌感染のこともある

・喀痰培養に加え、血培の採取も忘れない

・治療は抗菌薬が中心、基本はABPC/SBT

・膿胸との違いを抑えておこう

 

1)Ann Transl Med. 2015 Aug;3(13):183.

2)In: StatPearls [Internet]. Treasure Island (FL): StatPearls Publishing; 2023 Jan. 2023 Aug 15.

3)UpToDate

4)Radiopaedia https://radiopaedia.org/articles/lung-abscess?lang=us

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