そもそもタバコとは?
タバコとは、ナス科タバコ属の、南アメリカの亜熱帯原産の植物です。
全草にニコチンを含んでいることが特徴であり、この毒性によって虫害が防がれています。
タバコ属には約50種が含まれますが、栽培種としては2種に限られます。
タバコの語源はスペイン語やポルトガル語の「Tabaco」とされていますが、その由来ははっきりわかっていないようです。ちなみに、英語表記は「Tobacco」となります。
タバコの歴史
タバコを始めて使用したのは北米の先住民とされており、一説によると年代は8000年前までさかのぼります。現在のような単純な嗜好品というよりも、当時は儀式や治療において大切な役割を果たしていたと推測されています。下図は7世紀ごとのマヤ文明・パレンケ遺跡で発見されたレリーフですが、神がタバコを吸っている様子が描かれており、遅くともこのころには喫煙の習慣が一般化していたと考えられています。
1492年にコロンブスがバハマ諸島に上陸した際、先住民達からの贈り物としてタバコを受け取りました。これをスペインに伝え、スペインからヨーロッパ各地の貴族の間に広がっていったといいます。(管理人としては元々コロンブスに良い印象を持っていなかったのですが、このオッサン、まさかタバコまで広めていたとは…。)
日本には1543年、ポルトガルによって種子島に鉄砲とともに伝えられたと言われています。やはり嗜好品というよりも薬(!)として受け入れられていたようで、徳川家康や伊達政宗も喫煙していたようです。江戸時代にはタバコ栽培が抑制されていましたが、明治期に入ると日本でも紙巻タバコが登場し、政府は税収入の増大を図るため、「煙草専売法」によりタバコの栽培・販売を国の管理下におきました。以来、大蔵省専売局から日本専売公社に引き継がれ、昭和60年3月まで専売の時代が続きます。現在は民営化された日本たばこ産業(JT)と契約した農家のみが栽培することができ、JTは農家が売り渡す葉タバコの全量購入を義務付けられています。
“喫煙”とは何か
喫煙(Smoking)とは、タバコの葉を乾燥・発酵などの工程を経て加工したものに火をつけて、くすぶるように燃焼させて発生する、不可視な燃焼ガスと煙を吸引する行為です。他のタバコの使用法としては噛みタバコ、嗅ぎタバコといったものがあり、現在は一部地域で伝統文化として残っているようです。
元々は刻みタバコをパイプやキセルといった喫煙具に詰めて使用していましたが、現在は刻みタバコを紙に巻いて商品化した紙巻きタバコが主流です。シガレットタイプとも呼称されます。ちなみに、マフィアのボスが吸っていそうな太いタバコ、いわゆる葉巻というものは、タバコの葉を筒状に巻いたものです。こちらはシガーとも呼ばれます。
その他、喫煙に該当するものとして加熱式タバコ、水タバコといったものが挙げられます。
また、電子タバコはタバコ葉を使用していないことが多く、厳密には喫煙の定義に当てはまりません。
※加熱式タバコ、電子タバコについては後述します。
紙巻きタバコ
紙巻きタバコは刻みタバコを紙で補足巻き上げた形態のものであり、現在最も普及しているたばこ製品になります。かつては手巻きで作られていましたが、19世紀に「巻き上げ機」が開発されたことで製造が容易となり、世界中で急速に普及しました。
紙巻きタバコは以図のように、刻みタバコ、巻紙、フィルター、チップペーパーと呼ばれるパーツから構成されています。
・刻みタバコ:葉タバコを細長く刻み乾燥させたもの
・巻紙:刻みタバコを包む紙のこと
・フィルター:煙を濾過することで味を軽くしたり、ニコチンやタールを軽減する効果がある
・チップペーパー:刻みタバコとフィルターを巻き合わせるもの
紙巻きタバコにおいては、タバコの煙が喫煙者が直接吸い込む「主流煙」と、点火部から立ち上る「副流煙」に分類されています。また、喫煙者が吸い込んだ後に吐き出す煙を「呼出煙」と呼び、副流煙と併せて「環境タバコ煙」と呼称します。そして、喫煙者の周囲の人がこの環境タバコ煙を吸入することを「受動喫煙」と呼んでいます。
副流煙はフィルターを介さない煙ですから、有害物質の含有量は副流煙>主流煙となります。このように、喫煙者周囲の方が、喫煙者以上にこの有害なタバコ煙を吸入することになってしまうため、受動喫煙というものが社会的に大きく問題視されているわけです。
加えて、副流煙や呼出煙が家の壁や埃に吸着し、そこから発生する有害物質に暴露してしまうことを三次喫煙と呼称します。壁や埃に吸着したタバコ煙は、温度変化や光への暴露をきっかけに空気中に再度放出されたり、タバコ煙の吸着した埃が空気中に舞い上がることで、再度人体に取り込まれることになります。つまり、喫煙をしていないタイミングでも、三次喫煙のせいで慢性的にタバコ煙に暴露していることになるわけです。
加熱式タバコと電子タバコ
最近、加熱式タバコのシェアが急増してきています。皆さんの周りでも紙巻きタバコから加熱式タバコに変えたという人がいらっしゃるのではないでしょうか。併せて、電子タバコというワードも耳にすることが多くなってきています。この加熱式タバコと電子タバコは似て非なるものですので、その違いも含めて両者の特徴を確認していきましょう。
加熱式タバコ
まず、加熱式タバコとは、タバコ葉を加熱してニコチンを含むエアロゾルを生成することで、燃焼を起こさずに喫煙するタバコのことを指します。本邦ではIQOS(アイコス)、glo(グロー)、Ploom TECH(プルームテック)などの商品があります。
例えば、IQOSは下図のような構造をしています。
さて、この加熱式タバコですが、たばこメーカーが煙、臭いが少ない、有害物質の含有量が少ないことを謳っていることもあり、近年急速にシェアを伸ばしています。確かにエアロゾルに含まれるニコチンやアルデヒド類といった有害物質は従来のタバコと比較すると少なく、受動喫煙による他者への影響も少ないことが示唆されているのは事実です。ただし、有害物質の量が少なければ毒性が少ないという法則は喫煙においては必ずしも成り立ちませんし、少ないとはいえニコチンなどの有害物質を含んでいることは紛れもない事実です。
喫煙による健康への影響は長い時間をかけて進んでいくものですから、従来のタバコと加熱式タバコの違いが科学的に証明されるまでは数十年かかります。現時点では、「紙巻きタバコよりもマシ」という考え方ではなく、「紙巻きタバコと同等の有害性を持つ可能性がある」、と捉えておいた方が無難と思われます。
電子タバコ
続いて電子タバコですが、これはタバコ葉を使用せず、装置内もしくは専用カートリッジ内の液体を電気加熱させ、発生する蒸気を吸入する製品です。タバコ葉を使用していないため、本邦ではたばこ製品としては扱われていません。液体にはニコチンを含むものもありますが、本邦では含まないものの方が一般的のようです。本邦ではVAPEという製品が主流です。
電子タバコの成分は食品添加物として広く使用されているプロピレングリコールと植物性グリセリンであり、ニコチンやタールを含まないことから、紙巻きタバコ、加熱式タバコと比較し人体への悪影響は少ないとされています。ただし、あくまで食品として摂取した場合の話であり、肺の奥深くまで吸入した際の安全性は不明です。また、それ以外の添加物による悪影響も未知数といえます。肺は一般の方の認識以上にデリケートな臓器であり、得体の知れない物質を吸入することで肺で異常な免疫応答が惹起されるリスクが伴います。実際、米国では電子タバコ関連肺障害(びまん性肺胞障害、急性好酸球性肺炎、過敏性肺炎など)が報告されており、死亡例も出ているようです。
まとめますと、「電子タバコはニコチンやタールが含まれていないという点では加熱式タバコよりはマシだが、特殊な肺障害のリスクを内在していることを忘れてはいけない」、となります。
タバコに含まれている有害物質
〇総論
タバコ煙には粒子相、ガス相併せて5,300種以上の化学物質が含まれており、そのうち有害物質は約200種類、発がん性があるものは70種類以上に及ぶとされます。
有害物質は、大きく以下の3つに分類されます。
①タバコ葉から煙に移行する物質:ニコチン、ニトロソアミンなど
➁燃焼によって発生する粒子(いわゆるタール)中の物質:ベンゾ[α]ピレンなど
③燃焼によって発生するガス中の物質:一酸化炭素、アルデヒド類、ベンゼン、アンモニアなど
ここからは、数ある有害物質の中でも代表的なものをピックアップして解説していきます。
〇ニコチン
ニコチンはタバコが虫害から身を守るために合成する化学物質であり、喫煙において最も重要かつ厄介な成分だと言えます。
ニコチンの特徴の中で最も問題となるのが依存性です。その程度は大麻や覚せい剤よりも強く、コカイン、ヘロインと同等であるとされており、違法薬物に匹敵、ないしはそれ以上の依存性を有しているといえます。ニコチンは血中に入ると、中枢の中脳腹側被蓋野や大脳腹側線条体側坐核などを中心とする脳内報酬回路に作用し、満足感や緊張緩和などの報酬効果を発現させます。また、その他の脳内報酬回路機能を慢性的に低下させるという働きも有しています。このように、脳内報酬回路をニコチンなしでは働かないようにしてしまうことで、強い依存性を形成するわけです。
また、交感神経、副交感神経の両神経節に作用して興奮させる他、副腎髄質に作用してアドレナリン放出を促進します。交感神経系作用の亢進により睡眠障害や血管収縮・血圧上昇を生じ、心臓においては徐脈、頻脈ともに生じる可能性があります。糖代謝においては交感神経系の亢進、アドレナリン効果が優位に現れ、糖尿病を発症、増悪させます。消化器系においては副交感神経系の作用が有意に現れ、慢性胃炎や消化性潰瘍の原因となります。
ニコチンというと依存性のイメージが強いですが、近年はニコチンそのものの発がん性が細胞レベルの研究、症例対照研究の両方で示されつつあり、一般に考えられている以上に有害な物質であることを認識しておく必要があります。
〇ニトロソアミン
ニトロソアミンとは、ニコチンなどのアルカロイドがニトロソ化した物質の総称です。N-ニトロソノルニコチン(NNN)、N-ニトロソアナタビン(NAT)、N-ニトロソアナバシン(NAB)、4-(メチルニトロソアミノ)-1-(3-ピリジル)-1-ブタノン(NNK)の4種類を併せ、タバコ特異的ニトロソアミンと呼んでいます。これらは強い発がん性を持っていることが何よりの特徴です。
〇多環芳香族炭化水素類(polycyclic aromatic hydrocarbons:PAHs)
複数のベンゼン環が結合した物質の総称で、有機化合物の不完全燃焼によって生じ、主にタバコ煙の粒子相に含まれています。タバコ煙にはピレン、ベンゾ[α]ピレン、アントラセンなどの20種類以上のPAHsが含有されているようです。
PAHsは体内でDNA損傷、活性酸素類の産生を引き起こし、強い発がん性を有しています。また、CYP1A2やグルクロン酸トランスフェラーゼを誘導し、テオフィリンや向精神薬の効果を減弱させてしまいます。
〇一酸化炭素(CO)
有機物の不完全燃焼によって生じ、タバコ煙のガス相に含まれています。
COは赤血球のヘモグロビンと強力に結合して血液の酸素運搬機能を奪い、身体の運動能力を低下させます。また、心筋が低酸素かつ過負荷となることにより、虚血性心疾患や不整脈が起こりやすくなる他、代償性に多血症が起こり、血液の粘性が増大し血栓が形成されやすくなります。ちなみに、紙巻きタバコと比較すると、燃焼の過程のない加熱式タバコではCOが大幅に減少するようです。
〇アンモニア
タバコ葉に自然に含まれているアンモニアに加え、ニコチンをより効率的に脳へ届けるために、タバコ会社がさらにアンモニアをタバコ製品に負荷しています。ニコチンの効果を増強することに加え、アンモニアそのものが強い粘膜刺激性を有しています。
〇アルデヒド類
アルデヒド類は有機化合物の不完全燃焼によって生じ、ホルムアルデヒドやアセトアルデヒドなどが該当する物質です。タバコには種々の発がん性物質が含有されていますが、アルデヒド類は特に強い発がん性を有しています。また、ホルムアルデヒドは強い粘膜刺激性を持ち、喘息の発症、悪化を引き起こします。
〇まとめ
ニコチンを始め、代表的な有害物質を見てきましたが、ここで紹介したのは氷山の一角に過ぎません。繰り返しますが、タバコには有害物質は約200種類、発がん性があるものは70種類以上が含有されているといいます。有害物質のラインナップを見てみますと、喫煙というのはとんでもなく人体に悪いことをやっているのだと改めて思い知らされますね…。
“喫煙”による健康リスク
〇日本人と喫煙率
厚生労働省による発表では、現在習慣的に喫煙している者の割合は16.7%であり、男女別にみると男性27.1%、女性7.6%とされています。この10年でみるといずれも有意に減少していますが、年齢階級別にみると30-60歳代男性ではその割合が高く、約3割が習慣的に喫煙していると言います。また、加熱式タバコの使用者は男性で27.2%、女性で25.2%とされています。
この数字を踏まえ、ここからは喫煙によりどのようなリスクが上昇するのか、具体的な部分を確認していきたいと思います。
〇喫煙と寿命
喫煙により悪性腫瘍や心血管疾患のリスクが上昇することはよく知られていますが、寿命というのはそういった個々の事象をまとめた総合的な評価軸ということになります。日本人では喫煙により、男性は8年、女性は10年寿命が短縮するということが分かっています。また、60歳以後で、喫煙者は非喫煙者と比較し健康寿命が4年短いということも指摘されています。
喫煙により寿命そのものが短縮することはもちろんのこと、「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」と定義される健康寿命が短縮する、というのは重要な視点です。命を失わないまでも、喫煙に起因する悪性腫瘍への治療であったり、COPDによる運動機能の低下などで苦しい思いをする方が少なからず出てしまうわけです。よく「ピンピンコロリで死ねるなら本望だ!」といって喫煙を継続する方がいらっしゃいますが、物事はそう単純ではないということですね。
〇悪性腫瘍
タバコは種々の発がん性物質を含有しているため、喫煙により肺癌を中心とした悪性腫瘍が増加する、というのはよく知られた事実です。紙巻きタバコは世界的に悪性腫瘍の原因として単独で最大のリスク増大因子であるとされ、WHOの発表では喫煙と19か所の原発がんとの関連が確実であるとされています
全ての癌を取り扱うには紙面が足りないため、肺癌をピックアップして喫煙との関連を見てみましょう。肺癌の死亡率については、本邦では2016年の人口動態統計において男性で部位別1位(23.9%)、女性で部位別2位(14.0%)となっています。このうち、喫煙に関連する肺癌患者は、男性の30%、女性の5%程度とされており、禁煙を進めることで相当数の肺癌を予防することができることがわかります(ただし、喫煙によらない肺腺癌の割合が増えていることは押さえておく必要があります)。
また、肺癌においては、発がんリスクは喫煙年齢が速く、喫煙年数が長いほど、また喫煙本数が多いほど増大し、禁煙により減少するということがわかっています。おそらく、他の癌についても同様であると思われます。加えて、発がんした後も、その後に禁煙した群と喫煙を継続した群では、禁煙した場合の生存期間が長いということもわかっています。
〇循環器疾患、脳血管疾患
喫煙は虚血性心疾患、脳梗塞、くも膜下出血、腹部大動脈瘤、閉塞性動脈硬化症、心不全、心房細動など、様々な循環器疾患、脳血管疾患の原因となることがわかっています。その寄与割合も糖尿病、高血圧と同等かそれ以上とされています。
ニコチンによる血管収縮、血圧上昇、COによる酸素供給低下、酸化ストレス、血栓傾向、炎症など、機序についても様々な要因が考えられています。
禁煙に伴う心血管リスクの低減は、禁煙開始から早期に、かつ確実に現れます。例えば、冠動脈疾患患者では、禁煙をした群は喫煙を継続する群と比較し、死亡率が36%も低下しました。これはスタチン、アスピリン、降圧薬といった内服治療を凌駕する結果です。また、急性心筋梗塞後に禁煙すると、喫煙群と比較し死亡率が61%低下したという報告もあります。循環器内科領域では、急性冠症候群で入院した患者さんに厳格に禁煙を徹底しているイメージがありましたが、数字でみるとそれも納得できますね。
〇慢性閉塞性肺疾患(COPD)、その他の呼吸器疾患
COPDは代表的な喫煙関連の呼吸器疾患です。COPDの90%は喫煙に起因するとされ、喫煙者の15-20%がCOPDに進行するとされています。また、世界的にはCOPDの患者は増加傾向であり、なんと2019年のWHOによる統計では、世界の主要死因において、虚血性心疾患、脳卒中に次ぐ第3位となっています。
COPDは運動耐用能の低下、咳、痰、息切れといった呼吸器症状により、QOLが著しく阻害され、健康寿命の短縮に大きく寄与することも特徴といえます。
COPD以外にも、喫煙関連間質性肺疾患、気腫合併肺線維症、自然気胸、呼吸器感染症一般、急性好酸球性肺炎など、喫煙に関連して生じる呼吸器疾患はあまたあります。肺癌も含めると、呼吸器内科医が診療する疾患は多かれ少なかれ、ほとんどに喫煙が関与していることがわかりますね。
〇糖尿病
喫煙はインスリン抵抗性を増大させることにより、糖尿病の発症率を上げ、糖尿病の血糖コントロールを悪化させます。糖尿病+喫煙の患者さんでは相乗効果で心血管リスクが増大するため、特に禁煙を勧める必要があります。禁煙をすることで一時的に体重が増加することが知られていますが、禁煙に伴う心血管リスクの低減効果は、体重増加によるリスクを大きく上回ることがわかっています。
〇消化器疾患、肝・胆・膵疾患
肺癌同様、喫煙により食道・胃・大腸・肝・胆・膵癌のすべての消化器悪性腫瘍のリスクが増大します。特に食道癌では、喫煙者は非喫煙者と比較し7.4倍も発症リスクが高いとされています。その他、逆流性食道炎、胃・十二指腸潰瘍、炎症性腸疾患、慢性肝炎・肝硬変、胆石・胆嚢炎、急性膵炎、慢性膵炎といった消化器疾患全般のリスクが増大することがわかっています。
〇腎疾患
喫煙は慢性腎臓病(CKD)や末期腎不全のリスク因子となります。特にCKDがある患者では、CKDの進行抑制、心血管疾患のリスク低減、全死亡のリスク低減を目的とし、早期から厳格に禁煙を勧める必要があります。
また、禁煙外来で用いられる薬剤として、禁煙補助薬のバレニクリンがありますが、腎排泄の薬剤のためCCr 30ml/分未満では減量が必要となることも押さえておきましょう。
〇アレルギー疾患、自己免疫性疾患
喫煙は免疫応答をTh2にシフトさせ、アレルギー疾患が発症、増悪しやすい状況を作ります。
能動喫煙、受動喫煙ともに喘息の症状増悪、発作誘発に関与し、治療薬剤の効果を減弱し、長期的に呼吸機能の低下や予後悪化を引き起こします。母親の喫煙による受動喫煙に加え、出生前の母親の喫煙も子供の喘息発症のリスクとなります。
その他、アトピー性皮膚炎、アレルギー性鼻炎の増悪因子となる可能性も示唆されています。
厳密にはアレルギーとは病態が異なりますが、自己免疫性疾患である関節リウマチにおいては喫煙が発症・増悪のリスク因子です。
〇産婦人科疾患
喫煙により自然流産、早産、胎盤位置異常、絨毛膜羊膜炎、異所性妊娠、低出生体重児など、産科疾患のリスクが軒並み増大します。
喫煙妊婦から出生した児は肥満や糖尿病の発症リスクが高いことがわかっています。また、出産後に喫煙者の乳汁分泌は量が少なく、含有される脂質の量も少ないため、母乳育児にも悪影響があります。
加えて、喫煙者は男性、女性ともに不妊症となるリスクが高まります。
〇こどもへの影響
妊婦の喫煙、または受動喫煙は、出生後に乳幼児突然死症候群、動脈硬化性疾患、精神発達の異常など、こどもに悪影響を及ぼします。
また、未成年の喫煙も問題です。未成年者は成人と比較しニコチン依存を形成しやすく、また自ずとタバコ煙への暴露が長期間となってしまうため、寿命・健康寿命への悪影響が大きいです。
〇認知症、精神疾患
喫煙はアルツハイマー型認知症の危険因子であり、非喫煙者と比較し相対危険度が1.79倍であることがわかっています。
時折「ストレス解消のためにタバコはやめられない」という喫煙者の方がいらっしゃいますが、喫煙がうつ病のリスクとなることが指摘されています。禁煙に伴う離脱症状により一時的に精神症状が増悪する可能性は否めませんが、うつ病の方も長期的に見れば禁煙することが望ましいといえます。
〇皮膚疾患
喫煙によりメラニン、しわの目立つスモーカーフェイスとなり、実年齢よりも老けて見えてしまいます。また、喫煙が悪影響を及ぼす皮膚疾患として、アトピー性皮膚炎に加え、関節症性乾癬、掌蹠膿疱症といった炎症性角化症が挙げられます。
〇耳鼻咽喉科疾患
喫煙は頭頚部癌のリスクを軒並み上昇させることは先に触れた通りです。また、喫煙は感音性難聴の発症要因であり、小児においては反復性中耳炎の原因となります。他にも、嗄声、声帯ポリープ、扁桃周囲膿瘍や喉頭蓋炎、深頸部膿瘍といった耳鼻科疾患のリスクです。
〇歯科疾患
喫煙は歯周病の発症、進行の主要因子です。そのオッズ比は2-3以上、中には10以上を示す研究もあります。歯周病が進行すると歯の本数が低下し、QOLの低下につながります。また、肺炎や感染性心内膜炎など、他疾患のリスクにもなってしまいます。他にも、ヤニの沈着や口臭の悪化など、整容面での悪影響も顕著です。
〇受動喫煙による他人への害
最後に受動喫煙の害について、具体的な数字をみながら検討していきたいと思います。
がん、心疾患、脳卒中など、25の疾患が受動喫煙と関連が証明されており、その数は年々増加してきています。具体的には、日常の受動喫煙により総死亡、がん、心臓病、脳卒中による死亡リスクが20%も増大するとされています。国立がん研究センターの推計では、わが国では毎年1万5千人が受動喫煙により死亡していると試算されています。また、これまで述べてきた通り、受動喫煙により妊婦・胎児や小児への害も少なくなく、次世代にも悪影響を及ぼすことになります。
受動喫煙については社会問題としてメディアに取り上げられ、かなり一般に周知されました。受動喫煙防止法の施行により、飲食サービス施設を含む公共の場が禁煙とされたこともあり、受動喫煙に晒される人の割合はそれなりに低下したものと思われます。ただ、最近は“受動喫煙の害が少ない”とされる加熱式タバコの普及もあり、喫煙者の中での意識が低下してきている印象があります。再度、受動喫煙の重要性を認識し、一般への周知を徹底していく必要があるでしょう。
タバコ、喫煙に関するよくある疑問
“ライト”、“マイルド”、いわゆる軽いタバコなら安全なのか?
最近、若者や女性をターゲットにした低タール、低ニコチンのタバコの宣伝が目につきます。“マイルド”や“ライト”といった文言がいわゆる軽いタバコに該当し、タバコ会社曰く「健康によい」ということになっています。
ただ、残念ながら、軽いタバコは普通のタバコと同程度、健康に悪影響を有しています。
軽いタバコを吸うとき、喫煙者は無意識に深く吸い込んだり、数回数を多くしたりして、血中のニコチン濃度を自分の脳にとって快適な濃度に自己調節するとされています(これを代償性喫煙と呼びます)。したがって、低タール、低ニコチンのたばこであっても、実際に吸入するタールとニコチンの量は、タバコ会社が主張するほど低くならない可能性があります。また、この代償性喫煙により、発がん物質が肺の奥にまで到達するようになり、むしろ発がん性は増すのではないかという仮説さえ存在しています。実際、銘柄の違いによる肺癌死亡率を比較した追跡研究では、超高タールの銘柄が一番リスクが高かったものの、中タール、高タールの銘柄と比較すると、低タールの銘柄ではむしろリスクが高い傾向にありました。加えて、低ニコチンのタバコ1本を、ニコチン吸入量を同等するように代償性喫煙をした場合、必然的に副流煙の発生量は増加します。受動喫煙という意味でも、リスクの低減効果は見られないというわけです。
そもそも、量が減っても有害物質は有害物質であることに変わりはありません。タバコが含まれている製品は、どう頑張っても人体にとって有害なのです。何としてでもタバコ製品を売りたいタバコ会社は、自分達の不利となるような情報は流さず、喫煙者にとって耳障りのよいことだけを広告しています。喫煙者の方には適切に情報を伝達し、決して彼らの口車に乗せられないような環境作りが必要といえるでしょう。
加熱式タバコ、電子タバコの方が安全なのか?
こちらもよくある質問です。タバコ会社はやはり従来品よりも安全性が高い喧伝して普及を進めており、実際紙巻きタバコから乗り換えている喫煙者も多いのではないかと思います。
結論から申しますと、加熱式タバコについて
・喫煙者が摂取する有害物質は紙巻きタバコより少ない可能性がある
・病気になるリスクが紙巻きタバコより低いというエビデンスは現時点ではない
ということになります。
まず、加熱式タバコに含まれる有害物質についての検討です。タバコ会社とは独立した、研究団体による客観的な検証によると、加熱式タバコに含まれる物質は紙巻きタバコと比較して、
・1%未満~1%程度とかなり少ない物質:一酸化炭素、ベンゼンなど
・3-9%程度に減っている物質:アクロレイン、ベンゾ[α]ピレン、N-ニトロソノルニコチン(NNN)など
・10-100%未満に減っている物質:アセトアルデヒド、ホルムアルデヒド、ニコチンなど
・100%前後でほぼ同量の物質:粒子状物質総量
・100%以上に増加している物質:水、グリセロール
と報告されています。
ニコチンの量は製品による違いがあり、プルームテックは13%、グローでは23-27%、アイコスでは57-84%となっています。
このことから、紙巻きタバコと比較すると、加熱式タバコに含まれる有害物質の量は軒並み少なくなっていることは確かであるようです。
ただし、有害物質の量が少ないからといって健康被害も減るのかといいますと、前述の“軽いタバコ”の項でも述べた通り、必ずしもそういうわけではありません。一本当たりのニコチン含有量が少ない場合、やはり代償性喫煙が生じ、吸い方や本数が増加し、結果として摂取する有害物質の総量は増えてしまう可能性があります。実際、加熱式タバコ使用者では紙巻きタバコの場合よりも使用頻度が増えることが報告されています。
また、タバコの害に関する先行研究により、1日1本の喫煙でもリスクが有意に上昇することがわかっていますし、喫煙本数を1/10にしたからといって病気になるリスクが1/10になるわけではなく、実際には半分程度にしかならないことが示されています。結局、加熱式タバコもタバコが含まれている製品ですから、量を減らしても有害なものは有害のままなのです。
また、「本当に加熱式タバコは紙巻きタバコよりも害が少ないのか?」という疑問は、長年の追跡研究が必要になりますから、結論が出るのは数十年後になります。タバコが含まれている製品である以上、全く害がないということにはならないでしょうし、紙巻きタバコでは見られなかった未知の害が指摘される可能性すらあります。
現時点では、タバコ会社の言うがままに加熱式タバコを安全とするのは早計であり、紙巻きタバコ同様に有害なものとして扱い、紙巻きタバコの代替品としても勧めない、というのが医療者としての正しい態度になるかと思われます。
なお、本邦の電子タバコについてはタバコ葉が使用されていないため、そういう意味では紙巻きタバコ、加熱式タバコと比較して安全といえます。ただし、研究によってはホルムアルデヒドなどの有害物質が検出されたという報告もありますし、前述の通り、米国では電子タバコ関連肺障害(びまん性肺胞障害、急性好酸球性肺炎、過敏性肺炎など)が報告されており、死亡例も出ているようです。
このことから、電子タバコについても、現時点では紙巻きタバコ、加熱式タバコの代替案としては推奨することはできません。
換気扇の下やベランダで吸えば問題ない?
これも結論から言えば問題アリ、ということになります。
家庭の喫煙状況ごとに、子供の尿に含まれる「コチニン」というタバコ由来の成分を測定した研究では、屋内でタバコを吸う保護者の子供からは禁煙家庭の15倍の濃度の成分が検出され、換気扇を回してその下で吸っていた場合でも10倍以上の濃度で検出されました。換気扇の効果は大したものではなかったということですね。
また、屋外や家族のいないところで喫煙したとしても、呼出煙による受動喫煙や三次喫煙(タバコ煙が衣服や家の壁、埃に沈着し、健康被害を引き起こすこと)の問題があり、タバコによるリスクを0にすることはできません。
そのまま何も気にせずに室内でスパスパタバコを吸うよりはマシかもしれませんが、本当に家族のことを思うのであればきっぱりと禁煙することが望ましいといえるでしょう。
まとめ
長くなってしまいましたが、本記事ではタバコに関する一般知識についてまとめてきました。
正直な所、加熱式タバコや電子タバコといった、喫煙関連の用語の理解があやふやでしたので、今回の勉強を通して喫煙の全体像が明確に見えるようになりました。
しかし、“喫煙”による健康リスクの項目は、記事を書いている最中に心が折れそうになりました。喫煙の健康リスクというものは本当に数えきれないほどありまして、書いても書いても終わらない…。実は、これでも相当割愛しております。ただ、大変ではありましたが、この部分も喫煙の有害性を再認識する上ではよい経験となりました。
次回は禁煙について記事を作成していこうと思っております。そちらもご参照頂けますと嬉しく思います。
参考
・禁煙学 日本禁煙学会 改訂4版 南山堂
・UpToDate
・ソニー健康保険組合 禁煙豆知識、タバコの歴史
https://www.sonykenpo.or.jp/member/health/nonsmoking/nonsmoking_mame02.html
・e-ヘルスネット 喫煙 厚生労働省
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/tobacco
・ヨミドクター