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Mycoplasma pneumoniae感染症

 

 「Mycoplasma」とは、細菌のMollicutes綱に属するあらゆる生物を指すのに広く使用される用語です。最近はその中でもMycoplasma目に属する生物に限定して用いられるようになってきていますが、専門家によって定義が異なるため、用語の使い方には注意が必要とされています。まぁ、我々は医学の専門家ですから、臨床的に問題となるMycoplasma種を「Mycoplasma」と呼称する、ということでよいと思います。

 

 Mycoplasmは生物学的には細菌に分類されますが、他の細菌と異なり細胞壁をもたず、アメーバのような多形態性を示し、自己増殖が可能な最小の微生物とされています。また、もちろんGram染色では見えません。培養も不可能ではありませんが、専用の培地が必要です。

 

 Mycoplasma種の中で、ヒトへの病原性が確立しているのは以下の4種とされています。

Mycoplasma pneumoniae

Mycoplasma hominis

Mycoplasma genitalium

Ureaplasma urealyticum

一般に、Mycoplasm感染症というと、M.pneumoniaeによる呼吸器感染を指すことがほとんどであり、本稿でもこのM.pneumoniae感染症について取り扱いたいと思います。

 余談ですが、他の3種は主に性感染症で問題となる菌種です。ただし、淋菌やクラミジアと同時に感染していることがほとんどであり、単独でどこまで病原性があるかは意見がわかれているようです。

 

 M.pneumoniaeは呼吸器上皮と親和性が高い接着蛋白を持ち、飛沫感染によりヒトの気道に入りこみます。その後、過酸化水素とスーパーオキシドを産生し、上皮細胞と線毛を障害します。

 M.pneumoniaeには1型と2型のサブタイプがあり、P1接着因子遺伝子配列が異なります。2型株は市中呼吸促迫症候群毒素の発現が高い上、バイオフィルム形成能力があるとされています。

 後述するように、M.pneumoniae感染症では溶血や中枢神経症状、皮膚症状など、肺外症状の頻度が高い傾向がありますが、これは細菌そのものの影響ではなく、免疫介在によって引き起こされる間接的な影響であると考えられています。

 M.pneumoniaeは上気道感染症、急性気管支炎、市中肺炎の一般的な起因菌の一つです。飛沫を介してヒトからヒトへ感染します。

 血清学的研究によると、米国では人口の約1%が毎年M.pneumoniaeに感染していると推測されています1)。市中肺炎と比較し、上気道感染症や急性気管支炎はより頻度が高いと考えられますが、他の感冒と区別ができないため、正確な発生率は不明です。

 一方、市中肺炎における疫学はよく研究が進んでいます。本邦で行われた市中肺炎の起因菌に関するメタアナリシスでは、 M.pneumoniaeは肺炎球菌、インフルエンザ菌に続いて3番目に頻度の高い微生物でした(7.5%、95% CI 4.6%~10.4%)2)。UpToDateでは、成人の市中肺炎におけるM.pneumoniaeの頻度は2~12%とされています1)

 罹患年齢は幼児期、学童期、青年期が中心であり、若い人の肺炎ではM.pneumoniaeの関与を疑う必要があります。ただし、もちろん高齢者にも感染する可能性はあるため、特に流行期では年齢に関わらず想定しておくことが望ましいです。また、本邦では晩秋から早春にかけて報告数が多くなる傾向があります。

 何年かに一度、大きな流行を引き起こすことがあります。以前はオリンピック開催年に流行していたため、「オリンピック肺炎」と呼ばれていたこともありますが、最近はその傾向はなくなりました。2016年に大きな流行をきたしてからはしばらく落ち着いていましたが、2024年現在、その2016年を大きく超える流行となってしまっています。

 

上気道感染症、急性気管支炎

 いわゆる感冒症状です。軽症かつself-limitedな病態であるため、M.pneumoniaeに特異的な検査が行われることはほとんどなく、通常の感冒と同様に対応されることが多いと考えられます。

肺炎

 臨床上、最も問題となる病態です。乾性咳嗽が中心で重症感がなく、聴診所見が目立たず、頭痛や咽頭痛、肝酵素上昇、皮疹などの肺外症状を有する、文字通り異型・非定型な肺炎です

 感染者のうち、1割が肺炎を発症するとされています3)。潜伏期間は通常2~3週間であり、初発症状は発熱、倦怠感、頭痛、咽頭痛など、感冒と類似していますが、数日たってから乾性咳嗽が目立つようになります。胸膜痛や息切れを伴うこともあります。聴診ではcracklesは目立たないことが多いです。

 M.pneumoniaeは気管支の呼吸器上皮に接着し炎症を起こしますが、これを反映し、画像上は小葉中心性の粒状影、結節影を呈することが多いです。これは肺炎球菌性肺炎の大きな浸潤影とは対照的といえます。

 血液検査上は炎症反応の上昇に加え、溶血や肝酵素上昇がみられることがあります。白血球数は半数以上で正常です。

 重症化することは多くはありませんが、呼吸不全を呈することも少なからずあるため、注意が必要です。また、健常者における死亡例も報告されています。

 病歴と簡単な検査所見でMycoplasm肺炎と定型肺炎を鑑別するという、以下のスコアリングをご存じの方も多いのではないでしょうか。

 本邦の肺炎ガイドラインでは、6項目中5項目以上合致すればMycoplasma肺炎を強く疑い、3~4項目では鑑別困難、2項目以下では定型肺炎を強く疑う、とされています4)。特にM.pneumoniaeの流行期には、これを意識して肺炎の診療にあたるとよいでしょう。

 なお、このスコアリングはかつては「非定型肺炎の鑑別」とされていましたが、2024年のガイドラインから「市中肺炎における定型肺炎とMycoplasma肺炎の鑑別」という名称に変更されました。一般に、非定型肺炎とはM.pneumoniae, Chlamydophila pneumoniae, Legionella pneumophilaなどの、βラクタム系の効果がない細菌による肺炎のことを指します。ただ、一口に非定型肺炎といっても、致死的になりうるLegionella肺炎とMycoplasma肺炎では天と地ほどの差があり、対応も大きく異なってきます。「非定型肺炎か定型肺炎か」ではなく、「Legionella肺炎かそれ以外か」という点を意識すべきです。このため、このような誤解を招く「非定型肺炎」というパッケージングを使用することは望ましくないと常々考えていましたが、今回の改訂でついに名称が変更されました。呼吸器学会のこの判断は、まさに英断だと思います。

溶血

 M.pneumoniae感染症では、約60%に軽度の溶血を伴います。M.pneumoniaeが感染の過程で赤血球膜上のI抗原を変化させ、この抗原を標的としたIgM自己抗体が生成されます。この抗体により、免疫介在性の溶血が発生します(これを寒冷凝集素症とも呼ばれます)。一般にself-limitedな病態ですが、鎌状赤血球症など血液疾患を有する場合には重症化する可能性があります。

中枢神経症状

 中枢神経(CNS)症状はM.pneumoniae感染症のうち約0.1%にみられ、成人より小児に多く生じます。脳炎が最も一般的な病態であり、その他に髄膜炎、末梢神経障害、横断性脊髄炎、急性散在性脳脊髄炎(ADEM)、ギランバレー症候群、小脳失調症など、多彩な症候を呈する可能性があります。

皮膚粘膜症状

 M.pneumoniae感染症の肺外症状として意外と頻度が高いのがこの皮膚粘膜症状です。呼吸器感染症の約17%に伴って生じるとされており、抗菌薬によるアレルギーとの鑑別が難しい場合があります。病型は紅斑・丘疹、蕁麻疹、水疱などの軽度のものから、多型紅斑、スティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)、reactive infectious mucocutaneous eruption(RIME)などの重症なものまで多彩です。

 SJSといえば薬物アレルギーに伴って生じる重症薬疹というイメージでしたが、M.pneumoniae感染症でも生じるというのはなかなか恐ろしいですね…。以下に成人に生じたM.pneumoniaeによるSJSの症例報告を参考までに紹介しておきます5)

https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3431111/

 

 M.pneumoniae感染症の特異的検査には、大きく核酸増幅検査(NAAT)、イムノクロマト法(リボテスト®)、ペア血清の3種があります。

 

核酸増幅検査(NAAT)

 UpToDateではM.pneumoniae感染症の診断におけるゴールドスタンダードとされています。本邦ではLAMP法と、multiplex PCR法による多項目遺伝子検査の1項目として検査が可能です。ただ、M.pneumoniae感染症を強く疑う場合、簡便であるイムノクロマト法による迅速診断キットを用いることの方が多いと思われます。

 LAMP法は感度78.40%、特異度97.3%とされています。

 multiplex PCR法による多項目遺伝子検査としては、FilmArray®呼吸器パネル2.1が肺炎診療において保険適応となっています。これは18種類のウィルスと4種の細菌(Bordetella pertussis, Bordetella parapertussis, Chlamydophila pneumoniae, Mycoplasma pnemoniae)の遺伝子を同時に提出することができます。感度・特異度も高いようですが、約1万円と高額な検査であり、解釈の仕方にも注意が必要であるため、そう気軽に使うべきではありません。M.pneumoniae感染症を狙って使用することはまずないと思われます。

 余談ですが、このmultiplex PCR法による多項目遺伝子検査は、地方病院に勤務する私にとっては縁のない検査だと思っており、これまでしっかりと勉強してきませんでした。ただ、高次医療機関での話を聞いていると、徐々に使用する機会が増えてきている印象があります。私もそのうちお世話になることもあるかもしれませんから、近々勉強して記事にしたいと思います。

イムノクロマト法(リボテスト®)

 イムノクロマト法を用いた迅速診断キット(リボテスト®)は、おそらく本邦で最もよく使用されるM.pneumoniae感染症の検査だと考えられます。その簡便性が何よりのメリットです。咽頭ぬぐい液を用いる検査であり、15~30分程度で結果が出ます。感度75%、特異度100%であり、確定診断に有用です。ただし、感度は高くなく、陰性だからといって除外はできない点に注意が必要です。

ペア血清

 かつてはM.pneumoniae感染症の診断において中心的な役割を担っていた検査法です。PA法は感度83%、特異度100%とかなり精度が高いのですが、ペア血清ということで迅速性に欠けることが最大の難点です。

結局診断はどのようにしたらいいのか?

 そもそもですが、どの検査も精度や迅速性に欠陥があるため、Mycoplasma肺炎は検査結果よりも臨床所見で疑う方がよいと考えます。前述の「市中肺炎における定型肺炎とMycoplasma肺炎の鑑別」のスコアリングが5項目以上該当するようであれば、臨床的にMycoplasma肺炎を疑い、検査なしでM.pneumoniaeをカバーする抗菌薬を選択すればよいでしょう。

 しいて言うのであれば、検査の中で最も使用しやすいのは、簡便かつ迅速であるイムノクロマト法(リボテスト®)だと思われます。ただし、感度は高くないため、除外には使えないことをよく覚えておきましょう。流行期にM.pneumoniae感染症を疑うが、確証が持てないような場合に用いることになると思われます。

  

 多くの症例では外来治療が可能ですし、self-limitedな疾患であるため、必ずしも抗菌薬治療は必須ではありません。また、実はM.pneumoniae感染症に対する抗菌薬治療の有効性ははっきりと証明されていないようです。実際、2007年のIDSA/ATSの市中肺炎ガイドラインでは、マイコプラズマ肺炎単独の治療について根拠はないとしており、2019年の改訂版では特に言及がありません(ただし、治療する必要がないとまでは言っていません)6,7)。一方、本邦のガイドラインやUpToDateでは、M.pneumoniaによる肺炎に対しては、抗菌薬による治療が推奨されています。

 私としては、M.pneumoniaによる肺炎が明らか、または疑わしい症例では抗菌薬による治療を行うべきと考えています。上気道炎・気管支炎症例では抗菌薬は不要と考えますが、M.pneumoniae感染患者との接触が明らかな病院受診者に関しては、患者満足度と症状緩和の面から治療を検討してもよいでしょう(M.pneumoniaeだと思うけど、抗菌薬は不要だよーと説明しても、多くの患者さんは納得されないと思います…)。

 抗菌薬選択については、一般的にはアジスロマイシンなどのマクロライド系抗菌薬が第一選択とされています。ただし、本邦ではマクロライド系抗菌薬に耐性を示す株が増加してきている点には注意が必要です。実際、マクロライド耐性株ではマクロライド系抗菌薬の効果が落ちることが報告されています8)。このため、UpToDateでは、本邦のような環境では、テトラサイクリン系抗菌薬であるドキシサイクリン、またはレボフロキサシンなどのニューキノロン系抗菌薬による治療を推奨しています

 

 悩ましい所でありますが、上記のような情報を踏まえ、私としては以下のように対応したいと思います。

①定型肺炎とMycoplasma肺炎の鑑別が困難:AMPC 1g 1日3回 7日間+AZM 500mgを3日間

➁Mycoplasma肺炎確定例:DOXY 100mg 1日2回 7日間

 多くの場合、①として対応することが多いと思います。特に、若年者で「市中肺炎における定型肺炎とMycoplasma肺炎の鑑別」のスコアリングに引っかかってくるような場合は、AMPCにAZMを被せておくのがベターでしょう。高齢者ではM.pneumoniaeの感染率が低いこともあり、明らかな接触歴がなければカバーは不要と考えます(むしろMoraxellaやHaemophilusを考慮し、CTRXの点滴やオグサワ療法を考慮)。

 また、最近のような流行期には、迅速診断キットによるMycoplasma肺炎確定例も多いと思われ、この場合には耐性率を考慮し、AZMよりもDOXYの使用が望ましいと考えます。ただ、繰り返しますがM.pneumoniae感染症はself-limitedである傾向があるため、AZMでも押し切れることが多いんじゃないかなーとも思います。この辺りは先生によって方針が異なる部分だと思うので、皆さんの意見も是非伺ってみたい所です。

1)UpToDate

2)BMJ Open Respir Res. 2023 Sep;10(1):e001800.

3)感染症プラチナマニュアル Ver.8 2023-2024 メディカルサイエンス・インターナショナル

4)成人肺炎診療ガイドライン2024 日本呼吸器学会

5)Case Rep Med. 2012:2012:430490.

6)Clin Infect Dis. 2007 Mar 1;44 Suppl 2(Suppl 2):S27-72.

7)Am J Respir Crit Care Med. 2019 Oct 1;200(7):e45-e67.

8)Antimicrob Agents Chemother. 2006 Feb;50(2):709-12.