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書評:武経七書 孫子

  • 2024年3月14日
  • 2024年3月14日
  • 書籍紹介
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久しぶりの書籍紹介です。

私は超が付くほどの歴史好きなのですが、最近「論語」や「老子」といった、中国古典にチャレンジしています。中国古典というと受験の漢文を連想し、自ずと蕁麻疹が出てくる方もいるかもしれませんが、今回紹介する書籍にはきちんと現代語訳がついていますのでご安心ください。私も原文や書き下し文で読むのは正直キツイので、基本的には現代語訳と注釈を中心に読み、余裕があれば書き下し文にも目を通す、という読み方をしています。

 

今回は、中国古典の中でも有名な孫子を全訳した書籍、「全訳 武経七書 孫子」を紹介させて頂き、孫子に関する歴史的背景に触れつつ、簡単に感想を書いていこうと思います。

 

「武経七書」という中二心をくすぐる単語がありますが、これは中国における兵法の代表的古典とされる、七つの兵法書の総称です。「孫子」、「呉子」、「尉繚子」、「六韜」、「三略」、「司馬法」、「李衛公問対」の七つが該当します。これらはかつて中国で行われた武官の登用制度である武科挙の筆記試験において、この武経七書の内容が問われたそうです。

 

今回ご紹介するのは、この武経七書の全てを現代語訳、書き下し文、原文でまとめた書籍になります。全部で3巻から成り、第1巻に孫子と呉子、第2巻に司馬法、尉繚子、李衛公問対、第3巻に六韜と三略が収められています。著者は中国文学者である守屋洋さんと、そのお子さんで中国文化評論家の守屋淳さんです。

 

「孫子」とは、紀元前500年頃の春秋時代の兵法家である孫武の著作とされる兵法書です。孫武は臥薪嘗胆、呉越同舟の故事で有名な呉の国に仕えたとされており、司馬遷の「史記」や「呉越春秋」という野史に登場します。ただ、他の人物と比較すると極端に情報が少なく、古くからその実在については論争が続いています。

  

孫武の実在性は兎も角、「孫子」そのものは漢代にはある程度一般に流布していたようです。多くの人物により注釈・解説がつけられ、この時代には八十二巻という大作になっており、どこまでが孫武の手によるものかすらわからなくなってしまっていました。後漢末期の紀元前200年頃になると、三国志で有名な曹操が整理を行い、本論十三篇にまとめられたもの(魏武注孫子)が現在まで伝わっています。曹操を主人公とした漫画・蒼天航路でも、曹操が孫子に注釈をつけているシーンが何度か出てきていました。

 

蒼天航路より

詳しくは後述しますが、「孫子」は兵法書としてのクオリティが非常に高く、中国だけでなく日本といった周辺諸国にも伝播していきました。日本においては、資料的には760年に実戦で使用されていたことが記録されており、それよりも以前には伝わっていたようです。戦国時代に武田信玄が、孫子の一節より採用した「風林火山」を旗指物にしていたことはご存じの方もおられると思いますが、実はわが国では、江戸時代に入るまでは「孫子」はそこまで重要視されていなかったようです。江戸時代に入って兵学という学問が隆盛するについて注目されるようになり、印刷技術の発展も相まって一般に流布するようになっていきました。皮肉なことに、平和な時代になって座学をする余裕ができたことで広まっていったわけですね。近代には欧米でも翻訳され広く読まれるようになり、特に兵法書として西の横綱とも言えるクラウゼヴィッツの「戦争論」と比較・研究されていたようです。第一次世界大戦の敗戦によりドイツ皇帝の座を追われたヴィルヘルム2世が、退院後に「孫子」を読み、「余が20年早くこの本を読んでいれば大戦での敗北はなかった」と後悔したというエピソードがよく知られています(真偽は不明ですが)。最近は教養ブームに乗って、再度注目が集まってきています。本屋に行けば、「孫子」を経営論などと結びつけた書籍が1冊は見つかるはずです。2500年以上前に書かれた本が、現代でも読み継がれているというのはなかなかすごいことですね。

 

具体的な「孫子」の構成ですが、先述の通り、下記の十三篇から成っています。

・計篇 – 序論。戦争を決断する以前に考慮すべき事柄について述べる。
・作戦篇 – 戦争準備計画について述べる。
・謀攻篇 – 実際の戦闘に拠らずして、勝利を収める方法について述べる。
・形篇 – 攻撃と守備それぞれの態勢について述べる。
・勢篇 – 上述の態勢から生じる軍勢の勢いについて述べる。
・虚実篇 – 戦争においていかに主導性を発揮するかについて述べる。
・軍争篇 – 敵軍の機先を如何に制するかについて述べる。
・九変篇 – 戦局の変化に臨機応変に対応するための9つの手立てについて述べる。
・行軍篇 – 軍を進める上での注意事項について述べる。
・地形篇 – 地形によって戦術を変更することを説く。
・九地篇 – 9種類の地勢について説明し、それに応じた戦術を説く。
・火攻篇 – 火攻め戦術について述べる。
・用間篇 – 「間」とは間諜を指す。すなわちスパイ。敵情偵察の重要性を説く。

 

これだけ見ると圧倒されてしまいますが、意外とあっさり読破できてしまうくらいの文量です。

 

「孫子」には有名なフレーズがいくつも出てきますが、代表的なものをいくつか紹介しておきます。

①敵を知り己を知れば百戦してあやうからず

 →味方と敵の実情を熟知していれば、百回戦っても負けることはない

 

➁兵は拙速を聞くも、未だ功久を賭ざるなり

 →戦争は多少粗があっても早々に切り上げて上手くいった例はあっても、巧妙な作戦を立てて長期戦として上手くいった例は聞いたことがない

 

③兵は詭道なり 

 →戦争とはだまし合いである(大河ドラマ風林火山でもよく出てきました)

 

④戦わずして人の兵を屈するは、善の善なるものなり

 →戦わずして勝つというのが最善の策である

 

⑤勝兵は先ず勝ちて而る後に戦い、敗兵は先ず戦いて而る後に勝を求む

 →勝利する軍は勝利が確定してから戦い、敗北する軍は戦い初めてから勝利を求める(事前の準備が超重要ということ)

 

さて、実際に「孫子」を読んでみた感想に入ります。

 

実は、私は中学生の頃、大河ドラマの「風林火山」に影響されて、「孫子」の現代語訳版を購入したことがあります。ただ、当時は内容を理解するだけの経験や教養がなく、風林火山が書かれている一節を読んで満足してしまいました。多分、実家のどこかで埃を被って眠っているものと思われます。今回は、そんな「孫子」と15年越しに再度対峙することになったわけであります。

 

本書の感想を結論から言いますと、「本書は兵法書ではあるものの、人生における試練への立ち向かい方であったり、組織を動かす上でのリーダー論であったり、戦場での単なる戦術論に留まらず幅広く参考にすることができる。誕生から2500年が経ち、現代に至っても読み継がれていることが納得の中国古典といえる」ということになります。 

 

正直な所、最近よく目にする経営×孫子みたいな書籍に対し、「流石に大昔の兵法書と経営論を結びつけるのは無理があるやろ~」と懐疑的に思っていました。ただ、読んでみるとそういった思いは吹き飛んでしまいました。まず、本書は兵法書ではありますが、戦場における戦術論に終始した本ではありません。もちろんそういったことが記載されている部分もあるのですが、君主や将軍としての心構えであったり、入念な情報収集や間諜行動についてなど、戦争そのものというよりもその準備段階について詳しく論述されています。「勝兵は先ず勝ちて而る後に戦い、敗兵は先ず戦いて而る後に勝を求む」というフレーズを紹介しましたが、後先考えずに挑戦するのではなく、きちんと準備を行い、勝算を持ってからチャレンジすることが重要視されているわけです。

 

また、当時は戦争の勝敗は天運に左右されるという考え方が主流であり、占いや呪術の力が重んじられていました。そんな中で、孫武は戦争を詳しく分析し、勝敗は決して運によるものではなく人為によることを知り、「個人の武勇や戦場での運というのはあくまでオマケ程度に過ぎず、事前の準備が勝因のほとんどを占める」という大変合理的な結論に至ったわけです。これを紀元前にやってのけたのだから感服します。

  

あとは個人的にグッときた、第八篇の九変篇にある一節を紹介しておきます。

 

「将帥にはおちいりやすい5つの危険がある。

その1はいたずらに必死になることである。これでは討ち死にを遂げるのがオチだ。

その2は何とか助かろうとあがくことである。これでは捕虜になるのがオチだ。

その3は短気で怒りっぽいことである。これではみすみす敵の術中にはまってしまう。

その4は清廉潔白である。これでは敵の挑発に乗ってしまう。

その5は民衆への思いやりを持ちすぎることである。これでは神経が参ってしまう。

以上の5項目は、将帥のおちいりやすい危険であり、戦争遂行の妨げとなるものだ。軍を壊滅させ、将帥を死に追いやるのは、必ずこの5つの危険である。十分に考慮しなければならない。」

 

ここではリーダーが陥りやすい5つの危険について述べられています。短気なことはともかく、「必死にがんばること」や「清廉潔白であること」、「民衆(他人)に思いやりがあること」という、一般的には美徳とされる点もやり玉に挙げられてしまっています。これは要するにバランス感覚が重要であるということで、例え美徳であっても、それに執着しすぎてしまうことで弱点に転化してしまうという、という大変教訓的な教えです。

 

私は以前仕事で体調を崩してしまった経験があります。この一節を読んで当時のことを思い返してみると、まさにこれらの美徳に執着してしまい、自分の中でのバランス感覚が崩れてしまっていたような気がします。事前に「孫子」を読んでいたら何とかなったのかと言えば、そううまくはいかなかったとは思いますが、自分の経験と照らし合わせながら読んでみるとより理解が深まるのではないかと思います。

 

さて、最後になりますが、「孫子」は単なる兵法書を超えた、現代社会で生きていくヒントを含んだ良著です。古典ということで敬遠されがちですが、本書は現代語訳もわかりやすいため、オススメです。是非手に取って読んでいただければと思います。ちなみに、本書には「呉子」も収められていますが、こちらはまだ読了できていません。気が向いたらこちらについても記事にしたいと思います。

 

※管理人イチオシのYouTuberであるアバタローさんも孫子について動画を出しています。こちらもご参考ください。