Helicobacter pyloriとは
〇病原体
Helicobacter pyloriとは、ヒトなどの胃に生息するらせん型のグラム陰性好気性菌であり、4-8本の鞭毛をもっており、粘液中を遊泳して移動することが可能です。
ウレアーゼにより胃粘液中の尿素をアンモニアと二酸化炭素に分解し、局所的に胃酸を中和することで胃に定着、感染しています。
基本的には動物の胃内でのみ増殖可能とされますが、coccoid formという球菌様の形態に変化したものが分離されることがあります。これはVNC(viable but non-culturable:生きているけども培養できない)状態と考えられており、この形態では増殖できないものの、一部がヒトの体内に入って蘇生・感染する可能性が示唆されています。
〇疫学
世界人口の50%がピロリ菌に感染していると考えられています。
人口過密、兄弟の数が多い、ベッドを共有している、清潔な水が不足している、といった要素が感染率を上げるため、先進国よりも発展途上国での感染率が高いとされます。
基本的には小児期に感染することが多いといわれています。
本邦では人口のおよそ35%が感染しているとされ、以前より低下してはいるものの感染人口は依然として多いです。
〇感染様式
実は感染が発生する経路は不明のままです。流行地域の水からピロリ菌が分離されたり、家族内感染が多いことを考慮すると、糞便→経口、あるいは経口→経口が感染様式として考えられています。
ヒトが主要な宿主と考えられていますが、飼育下の霊長類や飼い猫、羊などからも分離されています。
内視鏡などの医療機器からの医原性感染も稀にあるといわれます。
病態
ピロリ菌には多くの病原因子が存在します。特にウレアーゼは胃酸を中和し胃への定着に必須であるとともに、上皮細胞に直接障害を与えたり、炎症細胞を刺激することが間接障害を与えたりします。また、細菌のホスホリパーゼは胃粘膜バリアのリン脂質含有量を変化させ、その表面張力、疎水性、透過性を変化させますが、上皮細胞にも直接的な障害を与えます。他にもムチナーゼやプロテアーゼなどの分解酵素群による直接的な上皮細胞障害や、Ⅳ型分泌装置によって宿主細胞に注入されるCagAなどのエフェクター分子による炎症反応惹起など、複数の病原因子が同定されています。
関連のある疾患
ピロリ菌は胃粘膜に感染し、慢性的な胃炎を惹起します。ピロリ菌の感染は生涯に渡って持続するとされ、胃粘膜の慢性炎症を背景として、萎縮性胃炎、胃・十二指腸潰瘍、胃癌、MALTリンパ腫、胃過形成ポリープなどの様々な上部消化管疾患の併発を引き起こします。さらにITPや小児の鉄欠乏性貧血など消化管以外の疾患との関連性も指摘されています。
下記にピロリ菌と関連のある疾患をまとめます。
診断法
〇適応
ピロリ菌の検査について、本邦のガイドラインではスクリーニング対象について特に言及はありませんが、前述の通りピロリ菌治療の適応疾患がまとめられており、これらの疾患患者に対してスクリーニングを行うのがよいでしょう。up to dateによれば適応症として下記が挙げられていました。
・低悪性度のMALTリンパ腫
・消化性潰瘍疾患
・早期胃癌
また、他にもNSAIDsまたは低用量アスピリンの長期使用を行う患者に対しても検査を検討してもよいとされていました。
〇検査法
下記の通り、a.内視鏡による生検組織を必要とする検査法とb.内視鏡による生検組織を必要としない検査法に分類されます。
a.①迅速ウレアーゼ試験、➁鏡検法、③培養法
b.④尿素呼気試験、⑤抗体測定法、⑥便中抗原測定法
以下、各種検査の感度、特異度をまとめます。
①迅速ウレアーゼ試験
・尿素とpH指示薬が混入された検査試薬内に胃生検組織をいれると、ピロリ菌が存在する場合はアンモニアが生じ、指示薬が変色する。
・迅速性に優れ、簡便で精度は高いが、治療後の感度にはばらつきが大きい。
➁鏡検法
・内視鏡検査で採取した組織からホルマリン固定組織標本を作製し、顕微鏡観察することにより、ピロリ菌の存在を直接確認する方法。
・検者の能力にある程度左右される。
③培養法
・ピロリ菌唯一の直接的証明法であり、感受性試験も可能。
・感度はあまり高くない。
④尿素呼気試験
・標識した尿素を患者に内服させると、胃内のピロリ菌が存在する場合にはウレアーゼ活性により標識尿素が標識二酸化炭素とアンモニアに分解される。この標識二酸化炭素が消化管から血中に入り、呼気中に排泄される。この標識二酸化炭素濃度を測定するのが本手法である。
・非侵襲的で簡便であり、なおかつ感度・特異度も高い検査である。
・除菌判定にも優れるが、抗菌薬、PPI、P-CABなどに影響され、偽陰性となることがあり、検査前2週間は該当薬物を中止することが望ましい。
⑤抗体測定法
・ピロリ菌に対する抗体を測定する方法である。
・萎縮性胃炎で菌体密度が低下していたり、PPI、抗菌薬を内服している状態であっても精度が保たれるが、感染直後であったり免疫異常があると偽陰性となる可能性がある。
・除菌後陰性化には1年以上かかるため、除菌の成否判断には適さない。
⑥便中抗原測定法
・胃から消化管を経由して排泄されるピロリ菌由来の抗原を検出するもの。
・感度、特異度ともに高く、除菌判定としても有用である。
・治療後に検査を行う場合、8週間経過してから行う。
どの検査を用いるのかは施設間の差が大きいと思います。私の勤務している病院ではGF+血清抗体測定法または便中抗原法で診断を行い、除菌後の判定に便中抗原法を行っています。
治療
・①PPIもしくはP-CAB+➁AMPC+③CAMもしくはMNZの3種類の薬物を7日間投与する三剤併用療法が標準治療です。
・基本的にはCAMを一次除菌に、MZNを二次除菌に使用します。
・PPI/AMPC/CAMについては、CAMの薬剤耐性率が上昇してきており、最新の耐性菌サーベイランスの結果では38.5%まで上昇してきているとされます。
・CAM感受性菌では90%以上の除菌率が期待できますが、CAM耐性菌では40-60%程度に低下してしまいます。
・MNZの耐性率は数%程度であり、除菌率も90%と高いです。事実、比較試験ではCAM群よりもMNZ使用群の方が除菌率が有意に高く、ガイドラインではCAMの耐性が不明な場合はMNZを含んだレジメンが選択されるべきとされています。
・CAM 400mg/日と800mg/日では除菌率に差がないようです。
・up to dateによれば、米国ではマクロライド耐性が高頻度であるため、ビスマス4剤療法(PPI+次サリチル酸ビスマス+MNZ+TC)が初期治療として推奨されています。
・三次除菌以降の救済療法にはSTFXを用いた除菌方法や、高用量のPPI/AMPCを用いたレジメンが推奨されています。
胃癌スクリーニングの意義
ピロリ菌とは少し話がずれますが、胃癌スクリーニングについても簡単にまとめておきたいと思います。
検診には対策型検診と任意型検診の二つがあります。対策型検診とは、集団全体の死亡率減少を目的として実施するものを指し、公共的な予防対策として行われます。このため、有効性が確立したがん検診を選択し、利益は不利益を上回ることが基本条件となります。わが国では、対策型検診として市区町村が行う住民検診が該当します。一方、任意型検診とは、対策型検診以外の検診が該当しますが、その方法・提供体制は様々です。典型的な例は医療機関や検診機関が行う人間ドックが該当します。
国立がん研究センターによる「有効性評価に基づく胃がん検診ガイドライン 2014年度版」では、死亡率減少効果のエビデンスが確かであるということから、胃X線検査と胃内視鏡検査が対策型検診、任意型検診が推奨されています。特に胃内視鏡については2005年度版では推奨されておらず、2014年度版から初めて推奨されるようになりました。胃内視鏡検査は50歳以上を対象に、健診間隔は2-3年とすることが可能とされています。
参考
・up to date
・H.pylori感染の診断と治療のガイドライン 2016年改訂版
・N Engl J Med 2019; 380:1158-1165
・国立がん研究センター「有効性評価に基づく胃がん検診ガイドライン 2014年度版」