注目キーワード
  1. 高血圧
  2. 骨粗鬆症
  3. 糖尿病

軽症COPDに気管支拡張薬を投与する意義はあるのか?

  • 2024年3月18日
  • 2024年3月18日
  • 呼吸器
  • 42view
  • 0件

 

現在、COPDの薬物治療は気管支拡張薬の吸入が中心であり、下図のように増悪のリスク、症状の程度によって、SABAの頓用、LABA、LAMA、LABA+LAMA、LABA+LAMA+ICSの中から選択して行います。

 

一般に、気管支拡張薬には呼吸機能を改善させ、息切れ・喀痰といった症状を改善し、増悪のリスクを低減する効果があると言われており、単剤よりもLABA+LAMA、LABA+LAMA+ICSと併用することでその効果が強化されます。ただ、おそらく喫煙によって荒廃した肺胞領域や気管支を修復する効果はないと考えられ、COPDの進行抑制や予後の改善にどこまで効果があるかははっきりしていません。

 

実臨床では、自覚症状がなく増悪リスクも低く(上図におけるいわゆるGroupAに該当)、FEV1%も60-70%とそこまで低下していないという軽症の患者さんにしばしば遭遇します。こういった方には気管支拡張薬の利点が見出しにくく、結局そのまま経過観察としてしまうことが多いと思います。

 

今回は、こういった「軽症COPD患者に気管支拡張薬を投与する意義はあるのか?」というテーマでいくつか論文を見ていきたいと思います。

 

まず、NEJMに掲載されたUPLIFT試験を見てみましょう1)。この試験はCOPD患者にLAMAであるチオトロピウム(スピリーバ®)を4年間投与し、呼吸機能や死亡、急性増悪、QOLといった臨床上の様々な指標にどのような効果をもたらすが、すなわちCOPDの自然経過を変えることができるのかを検討したものです。

 

Patient:

①臨床的にCOPDと診断、➁40歳以上、③喫煙歴が10パック・年以上、④気管支拡張薬吸入後のFEV1が予測値70%以下、⑤FEV1/FVCが予測値の70%以下、⑥呼吸機能検査が実施可能、⑦治療薬投与開始前の6週間、呼吸器疾患の治療が安定、といった条件を満たした、日本を含む37か国から5993人のCOPDが登録されています。患者の平均年齢は65±8歳、男性が3/4を占め、試験開始時のFEV1%は48%でした。

 

これらの患者をチオトロピウム投与群(2987人)と対照群(3006)人に無作為に割付け、

Intervention:チオトロピウム投与群にはチオトロピウム18μgを毎朝吸入

Comparison:対照群にはプラセボを毎朝吸入

させました。

 

Outcome:

チオトロピウム投与群は対照群に比べ、FEV1の改善を4年にわたり有意に維持していました。具体的には、両群の差は気管支拡張薬の投与前が87~103ml、同薬投与後が47~65mlでした(p<0.0001)。

しかし、主要評価項目であるFEV1の低下率については、その抑制効果が見られませんでした。具体的には、気管支拡張薬の投与前はチオトロピウム投与群の低下率が30ml/年、対照群が30ml/年(p=0.95)であり、同薬投与後では順に40ml/年、42ml/年でした(p=0.21)。

 

全死亡率については、チオトロピウム投与群の方が有意に低く、ITT(intent-to-treat)解析の場合、チオトロピウム投与群が14.4%、対照群が16.3%であり、ハザード比は0.87(95%信頼区間:0.76~0.99)と有意差が認められました(p=0.034)。

このように、チオトロピウムの投与による呼吸機能の改善や全死亡の低下が見られたものの、進行抑制の指標とも言えるFEV1の経時的な低下率を改善させるという結果は示されませんでした

 

加えて、この試験のサブグループ解析の結果も見てみましょう2)。この研究では、UPLIFT試験のデータを使用し、GOLD分類でⅡ期(FEV1%=50~79%)の患者に限って解析を行っています。2739人が無作為化時にⅡ期に該当し、うちチオトロピウム投与群は1384人、プラセボ対照群は1355人でした。気管支拡張薬投与前の平均FEV1の低下率は年間35ml vs 37ml(p=0.38)であり、両群間で差はありませんでした。一方、投与後の平均FEV1の低下率は年間43ml vs 49ml(p=0.024)であり、チオトロピウム投与群の方が有意に低値でした。このことから、チオトロピウムはGOLD分類でⅡ期(FEV1%=50~79%)の患者において気管支拡張薬投与後のFEV1の低下率を低下させることが示唆されました。論文中で「軽症のCOPDではFEV1の低下率を軽減させ、進行を抑制する可能性があるため、早期からチオトロピウムを開始した方がよい」といった推奨もなされています。

2)Lancet. 2009 Oct 3;374(9696):1171-8.より引用

とまぁ、UPLIFT試験についてはこのような結果になります。呼吸機能を改善し、増悪率、全死亡を低下させたことを考えますと、COPD全体ではチオトロピウムによる治療効果が期待できるということになりますが、試験開始時のFEV1%が48%であることを考慮すると、本試験に含まれるCOPD患者さんは、重症である方が多い傾向があるといえます。このため、この試験だけでチオトロピウムが症状がなく、増悪リスクも低いポピュレーションにも効果があるのか、ということを判断するのは難しそうです。一応、サブグループ解析2)で、Ⅱ期に絞ればFEV1の低下率が低減されたという結果が出ていますが、気管支拡張薬投与後のみで同薬投与前には有意差が出ていません(そもそも気管支拡張薬投与前後でFEV1を分けることに意味があるのか…)。

続いてもう少し最近の研究にも目を通してみましょう。これは2017年にNEJMに掲載された、中国で実施された二重盲検プラセボ対照ランダム比較試験に関する論文です3)。「初期段階のCOPDにおけるチオトロピウム」という論題であり、まさに今回のクリニカルクエスチョンに直結した研究と言えます。では、本研究のPICOを提示します。

 

Patient:

GOLD分類1期(FEV1%>80%)、2期(FEV1% 50~79%)の患者841人

 

Intervention(419人):

チオトロピウム18μg/日 を2年間投与

Comparison(422人):

プラセボを2年間投与

 

上記の条件で、気管支拡張薬使用前のFEV1を主要評価項目として比較しました。また、副次評価項目として気管支拡張薬使用後のFEV1と、FEV1の年間低下率を併せて評価しました。

 

Outcome:

チオトロピウム投与群では、プラセボ投与群と比較し、FEV1が試験全体を通じて高値でした。具体的には、チオトロピウム投与群において、プラセボ群と比較してFEV1が気管支拡張薬使用前は127~169ml、気管支拡張薬使用後は71~133mlの範囲で高値となっていました(p<0.001)。

また、気管支拡張薬投与前のFEV1の低下率には有意な改善が見られませんでした。具体的にはチオトロピウム投与群で年間38ml±6ml、プラセボ群で年間53ml±6mlで、その差は15ml/年(p=0.06)でした。一方で、気管支拡張薬投与後のFEV1の低下率には有意な改善がありました。具体的に、チオトロピウム投与群で年間28±5ml、プラセボ群で51±6mlで、その差は22ml/年(p=0.006)でした。また、チオトロピウム投与群ではQOLの改善、増悪リスクの低減といった効果も認めました。

3)N Engl J Med. 2017 Sep 7;377(10):923-935.より引用

 

本研究では、GOLD分類1期、2期の患者において、チオトロピウムはプラセボよりもFEV1を高く保つことができ、気管支拡張薬投与後のFEV1の年間低下率を改善した、と結論づけられています。チオトロピウム投与でFEV1が改善するのは当然として、(気管支拡張薬投与後に限ってですが)FEV1の低下率を改善し、ひいてはCOPDの病勢を抑制する可能性が示唆された研究ということができます。実際、この論文を根拠に軽症COPDでも早期に気管支拡張薬を導入すべし、という意見もあるようです。

 

上記の研究結果や各種ガイドラインの結果を踏まえまして、私の結論としては、「軽症COPDにおいて、チオトロピウム投与はFEV1の低下率を改善するが、COPDの病勢を遅らせるという証拠はない。少なくともGroupAに該当している限りは気管支拡張薬の導入は強くは推奨せず、患者さんともよく相談の上で、希望があれば導入を検討する」ということになりました。

 

気管支拡張薬が壊れた肺胞領域や気管支を修復するということが生理学・薬理学的に説明できないため、個人的にはこれらの薬がCOPDの進行を抑制することには懐疑的であり、症状が軽度で増悪リスクも低い患者さんに導入する意義は少ないものと考えていました。この点、チオトロピウム投与によってFEV1の低下率が改善する可能性がある、というのは意外な結果でした。ただ、このFEV1の低下率のわずかな軽減が、臨床的にどこまで意味があるのかはかなり怪しく、本当に気管支拡張薬がCOPD進行を遅らせるのか?という点については未だ議論のある所だと思われます。そもそもFEV1だけでCOPDの病勢や重症度を評価することは難しいため、最近になって臨床症状や増悪リスクが重要視されるようになってきた、という経緯があります。今後はFEV1の低下率だけでなく、より長期的な目線で症状や増悪リスクの推移なども勘案して研究を行う必要があると考えます。

 

ただ、軽症例での気管支拡張薬導入に意味がないのか?といえばそういうわけでもなく、論文3)ではチオトロピウム投与によって呼吸機能の改善に加え、増悪リスクの低下を認めています。COPD増悪の頻度の高い患者さんではFEV1の低下率が大きくなったり、死亡率が増大することがわかっており4)5)、その予防効果が示されているというのは注目に値するといえるでしょう

 

このため、患者さんに軽症のうちから気管支拡張薬を導入するメリット(呼吸機能の改善、増悪リスクの低下、進行を抑制する可能性)とデメリット(吸入の手間、費用、吸入薬による有害事象)について説明し、よく相談の上で治療適応を判断していくことが重要だと思われます。ただ、日常の内科外来で「軽症COPDに薬物治療を導入するのか否か」、という点に時間を割くのはコストパフォーマンスが高いとは言えず、どこまできちんとやるかは悩ましい所です…。

 

1)N Engl J Med. 2008 Oct 9;359(15):1543-54.

2)Lancet. 2009 Oct 3;374(9696):1171-8.

3)N Engl J Med. 2017 Sep 7;377(10):923-935.

4)Am J Respir Crit Care Med. 2008 Aug 15;178(4):332-8.

5)Thorax. 2005 Nov;60(11):925-31.

6)UpToDate

7)GOLD Management and Prevention of Chronic Obstructive Pulmonary Disease: 2024 Report