ACE阻害薬、ARBは共にレニン-アンギオテンシン-アルドステロン系を阻害する薬剤であり、主に高血圧の患者に対し頻用されています。ACE阻害薬は空咳の副作用がある、ARBは薬価が高い…なんてことはよく耳にしますが、実際の所、どのように使い分けたらよいのでしょうか?今回の記事では、その点を深堀してみたいと思います。
ACE阻害薬とARBの違い
作用機序の違い
アンギオテンシンⅡは8つのアミノ酸からなるオリゴペプチドであり、その前駆体であるアンギオテンシノーゲンから2つの酵素反応によって形成されます。
まず、アンギオテンシノーゲンは肝臓で作られ、血中に放出されます。その後、腎臓で産生されるレニンによって切断され、アンギオテンシンⅠとなります。続いて、アンギオテンシン変換酵素(ACE)によってさらに切断され、アンギオテンシンⅡとなるわけです。
アンジオテンシンⅡ受容体にはAT1とAT2の2つのサブタイプがあります。AT1はアンギオテンシンⅡの血管収縮作用を媒介し、成人ではAT1が優位に存在しています。ARBは主にこのAT1をブロックして降圧効果を発揮しています。AT2は胎児組織で大量に発現していますが、出生後は発現が減少してしまいます。成人での役割は判然としませんが、動脈壁の成長に関わっていることが示唆されています。
また、ACEはキニナーゼの一種でもあり、ブラジキニンなどのキニンを分解する作用があります。ACE阻害薬によりこの反応が抑制されることで血中キニン濃度が上昇します。キニンは様々な生理活性を持っていますが、炎症部位に働いて4徴候(発赤、熱感、腫脹、疼痛)を引き起こします。また、気管支を刺激することで空咳の原因ともなります。血管性浮腫の病態にも深く関わっています。
これだけみるとキニンの増加はあまりメリットはなさそうですが、
・血管拡張作用:血管内皮細胞からのNO放出、プロスタサイクリン合成を促進→血管拡張、降圧作用
・抗血栓作用:血小板の接着抑制、t-PA産生
といった作用があり、これらは高血圧や動脈硬化性疾患に対して有利に働きます。
以下、上記の関係をまとめます。
ACE阻害薬とARBの作用の違いは以下の通りになります。
*ARBはAT2受容体には結合しませんが、アンギオテンシンⅡが増加するため間接的に刺激することになります。
アウトカムの違い
さて、ACE阻害薬とARBの機序の違いを見てきましたが、アウトカムに違いはあるのでしょうか?
まず、Cochrane Libraryによる、11,007人の高血圧患者を対象としたシステマティックレビューでは、心血管イベントや全死亡リスクの低減効果はACE阻害薬とARBの間で同等とされています1)。
また、Blood Pressure Lowering Treatment Trialists’ Collaboration(BPLTTC)による146,838人の患者を含んだメタ解析では、ACE阻害薬はARBと比較し、降圧効果と独立して冠動脈疾患を約9%低下させるという結果が示されています2)。
本邦の高血圧治療ガイドライン2019では、2)のACE阻害薬が冠動脈疾患を低下させるという論文を紹介していますが、ACE阻害薬とARBは並列で推奨されています。
UpToDateでは、種々の研究を踏まえ、ACE阻害薬とARBの効果には差がないと結論付けていますが、安価である点からACE阻害薬を優先して使用することを推奨しています。
なお、アメリカの高血圧治療についてのガイドライン2017、イギリスの高血圧治療についてのガイドライン2019でもACE阻害薬とARBは並列に推奨されていました。
上記を踏まえますと、ACE阻害薬とARBに大きな違いはなさそうですが、やはり2)の冠動脈疾患の予防効果というのは魅力的なアウトカムです。そもそも心筋梗塞を始めとする大血管イベントを予防するために高血圧の治療をしているわけですからね。
副作用の面はどうでしょうか?ACE阻害薬といえば空咳の副作用が有名ですが、これは大体5-20%で生じます。男性よりも女性で起こりやすいとされており、中止することで1週間以内に症状は治まることが多いです。実臨床でも空咳のためにACE阻害薬が認容できない症例は散見され、やはり念頭に置くべき副作用と言えるでしょう。
ただ、この空咳というのは一概に悪いものと言えないかもしれません。あるシステマティックレビューでは、ACE阻害薬は肺炎をオッズ比0.66(95%信頼区間0.55-0.80)に減らしましたが、これはARBには見られませんでした。これは咳嗽の誘発による効果ではないかと考えられており、ARBにはないACE阻害薬の付加価値であると言えます。
薬価は基本的にはACE阻害薬の方が安価であるとされますが、ARBでも後発品を選択すればそこまでの差はでません。ただ、最近よく使用されるアジルサルタン(アジルバ®)は非常に高価であるため、個人的には使用しないようにしています。
以上を踏まえ、私個人としてはACE阻害薬を優先して使用し、空咳などで忍容性がない場合にARBを使用する、というプラクティスを推奨したいと思います。
なお、余談ですがACE阻害薬とARBの併用は有益性よりも害の方が大きく、行わないことが推奨されていることも記憶しておきましょう。
ARBの使い分け
さて、散々ACE阻害薬を推してきましたが、ARBについても簡単にまとめておきます。
色々と種類がありますが、オルメサルタン、テルミサルタン、カンデサルタン、ロサルタン、イルベサルタン、アジルサルタン、バルサルタンあたりが頻用されています。
降圧作用に差があるとされ、ある小規模な研究ではアジルサルタン20mg>オルメサルタン20mg>テルミサルタン40mg>カンデサルタン8mg>ロサルタン50mg>イルベサルタン100mg>バルサルタン80mgであったとされます。降圧は一番降圧作用の強かったアジルサルタン20mgが15.3mmHg、弱かったバルサルタンで7.9mmHgであり、2倍程度の差があります。この差を大きいととるか小さいととるかは人それぞれでしょうか。
また、ロサルタン、イルベサルタンは尿酸排泄を増加させ、尿酸降下作用を持っているとされています。
私個人としては血圧や尿酸値に応じてオルメサルタン、カンデサルタン、ロサルタンの3種類から選択するようにしていますが、ACE阻害薬を優先して使用しているのでそもそもARB自体を使う機会が少ないです。
前述しましたが、最近人気のアジルサルタンは特に高価であるため、私は安易な使用に対してこっそり警鐘を鳴らしています…。
参考
1)Cochrane Database Syst Rev. 2014 Aug 22;2014(8):CD009096.
2)J Hypertens. 2007 May;25(5):951-8.
3)J Hypertens. 2016 Jun;34(6):1218-23.
・アメリカのガイドライン Hypertension. 2018 Jun;71(6):e13-e115.
・イギリスのガイドライン Br J Gen Pract. 2020 Jan 30;70(691):90-91.
・高血圧診療ガイドライン2019 https://www.jpnsh.jp/data/jsh2019/JSH2019_hp.pdf
・UpToDate
・南郷栄秀 動脈硬化御三家 羊土社 2018年