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拡張期血圧の意義

我々は高血圧を診療する際、主に収縮期血圧に重点を置いて診療することが多いです。もちろん拡張期血圧も確認はしますが、あまり注目せず流してしまいがちな指標といえます。

また、実臨床では収縮期血圧は指摘範囲内ですが、拡張期血圧のみ高値の患者さんとしばしば遭遇します(例えばsBP 120mmHg、dBP 95mmHgなど)。この場合、収縮期血圧を過降圧してしまう懸念から降圧薬を導入しにくいです。ひとまず生活指導のみで経過観察としていることが多いのではないでしょうか?

私も拡張期血圧の取り扱いに困ることが多々あるため、今回は拡張期血圧の意義についてまとめていこうと思います。

血圧には収縮期血圧(systolic blood pressure:sBP)拡張期血圧(diastolic blood pressure:dBP)があります。

収縮期は心臓が強く収縮し、血液を全身に送り出しているフェーズです。押し出された血液によって動脈壁にかかる圧は上昇し、最高値(収縮期血圧)を示します。一方、拡張期には心臓の拡張により動脈の血液量が減り、血圧は徐々に低下して最低値(拡張期血圧)を示します。

 

ここで、拡張期血圧についてより深く考えてみましょう。理解しておく必要があるのが動脈壁の弾性という概念です。動脈壁には膠原線維があり、ゴムのように伸びたり縮んだりする機能があります。収縮期に血液を押し込まれた動脈壁は伸展し、その分動脈内に血液がプールされます。拡張期になると心臓からの血流は途絶えますが、伸展していた動脈が弛緩することで、プールされていた血液で血管内は満たされることになります。 

 

このように、動脈壁の弾性があることで、拡張期にも血管内に血液がなくなることはありませんもし動脈に弾性がないと仮定すると、血液は収縮期にのみ瞬間的に血管内に流れ込み、拡張期には全く血流がないということになってしまします。こうなってしまうと組織灌流にもムラがでてしまい、生体の恒常性に支障をきたしてしまうことになります。

さて、上記の動脈壁の弾性を踏まえ、若年者と高齢者における血圧の違いを考えてみましょう。

まず、若年者では動脈壁の弾性が強いため、血管が伸びて圧を緩衝してくれるので収縮期血圧は低くなります。一方で、伸展した動脈内にプールされていた血液があるため、拡張期にも血管内の血液量は維持され、その分拡張期血圧は高くなるわけです。

 

高齢者では、加齢により動脈硬化が進行し、動脈壁の弾性が低下しています。そのため、血管が伸びてくれないので収縮期血圧は高くなってしまいます。反面、動脈にプールされている血液は少ないため、拡張期血圧は低くなります。

 

以上から、動脈硬化の影響により、

『若年者=収縮期血圧は低いが拡張期血圧は高い』

『高齢者=拡張期血圧は低いが収縮期血圧は高い』

という一般論が導きだされます。

また、心周期のうち収縮期血圧は1/3、拡張期血圧は2/3を占め、拡張期血圧の割合が高いことも重要です。

加えて、拡張期血圧と関連する用語として脈圧平均血圧(MAP)を覚えておきましょう。

脈圧=収縮期血圧-拡張期血圧

平均血圧=拡張期血圧+脈圧÷3

平均血圧は組織還流の指標として集中治療分野で重要な項目ですね。敗血症の場合、平均血圧>65mmHgを目標に輸液・血管収縮薬を使用します。

ここでは拡張期血圧の臨床的意義についてまとめていきます。前述の平均血圧を含めた集中治療領域までカバーすると煩雑になってしまうため、「内科外来での降圧管理における拡張期血圧の臨床的意義」と範囲を限定します。

さて、まずは拡張期血圧のリスクについて確認していきましょう。

日本で行われた久山町研究では、収縮期血圧が120mmHg未満、拡張期血圧が80mmHg未満のときにアテローム動脈硬化性心血管疾患(ASCVD)の累積死亡率が最も低くなることがわかっています。また、拡張期血圧が90mmHg以上になると、80mmHg未満と比べてASCVDのリスクが高くなることが示されており、収縮期血圧とは独立したリスクとされています。

一方で、高齢者においては、収縮期血圧が拡張期血圧以上にASCVDの強いリスクとなることがわかっています。

心周期において拡張期の割合が多いことを鑑み、かつては収縮期血圧よりも拡張期血圧が重視されていたこともありましたようです。しかし、上記のような結果を踏まえて、高齢者のASCVDを予防するという観点から拡張期血圧よりも収縮期血圧を重視する傾向が強まっていった、という歴史的背景があるわけです。とはいえ、拡張血圧も独立したASCVDのリスクである、という点は重ねて強調しておきたいと思います。

さて、前述の通り、動脈壁の弾性の影響で拡張期血圧が高くなりやすいのは若年や中年の方です。このため、「収縮期血圧は至適範囲内であるが、拡張期血圧のみが高い」という状況になりやすいのもこの集団ということになります。この場合、ASCVDのリスクはさほど高くないため、降圧薬を開始せずに経過観察してもよいと考えられますただし、拡張期血圧もリスクであることは間違いありませんから、減塩・運動・禁煙といった生活指導はしっかり行う必要があります。

もちろん、高齢者においても拡張期血圧のみが高いという状況も少ないながらも存在します。この場合、何か血管抵抗が高くなる原因が存在する可能性を考慮します。最も多いのは、動脈硬化に伴う腎血管性高血圧です。腎血管性高血圧ではレニン-アンギオテンシン-アルドステロン系が亢進し、血管抵抗が増加することで、収縮期血圧よりも拡張期血圧が高くなる傾向があります。疑わしい場合は腎血管ドップラーエコーを検討しましょう。

また、拡張期血圧は冠動脈血流の指標となると述べました。狭心症などの冠動脈疾患がある場合、あまりに拡張期血圧が低いと冠動脈血流が減少して虚血性心疾患のリスクが増大するのではないかという仮説(Jカーブ現象)が長年議論されてきました。この点については2019年のガイドラインに記載があり、「冠動脈疾患患者において収縮期血圧の降圧目標130mmHg未満を目指すことを優先し、拡張期血圧80mmHg未満を避ける必要はない」とされています。降圧の際、過度に冠動脈の虚血を懸念する必要はないようです。一方、拡張期血圧70mmHg未満となった場合のエビデンスは十分ではないため、以降の降圧は慎重に行うべきとも併記されています。

最後に、脈圧との関係にも言及しておきます。拡張期血圧の極端な上昇により脈圧が小さい場合(例えばsBP 120mmg、dBP 100mmHg)、心タンポナーデや収縮性心膜炎、高度の大動脈弁狭窄症を考慮する必要があります。また、反対に脈圧が大きく開大している場合(例えばsBP 140mmHg、sBP 50mmHg)、大動脈閉鎖不全症と甲状腺機能亢進症を考慮します

今回は『拡張期血圧の意義』についてまとめてしましたが、エビデンスというよりもエキスパートオピニオンに基づいている部分が多くなってしまったことを付記しておきます。本邦の高血圧症ガイドラインやUpToDateを読んでも拡張期血圧単独の項がなく、正直に言えば情報源の収集に大変苦労しました。とはいえ、私自身の中では一定の整理はついたかな、と思っております。もしご意見がありましたら是非コメントをお願いいたします。

 

最後に本稿での重要事項をまとめておきます。

・拡張期血圧は動脈壁の弾性により左右される。

・『若年者=収縮期血圧は低いが拡張期血圧は高い』『高齢者=拡張期血圧は低いが収縮期血圧は高い』という原則を覚えておく。

・拡張期血圧は独立したASCVDのリスクだが、収縮期血圧と比較するとその影響は小さい。

・若年者で収縮期血圧が指摘範囲内で拡張期血圧が高い場合、経過観察としてもよいが、生活指導はしっかりと行う。

・高齢者で収縮期血圧が指摘範囲内で拡張期血圧が高い場合、腎血管性高血圧を考える。

・脈圧が極端に小さい場合は心タンポナーデ、収縮性心膜炎、重度の大動脈弁狭窄症を、極端に開大している場合には大動脈弁閉鎖不全症、甲状腺機能亢進症を鑑別に挙げる。

・高血圧治療ガイドライン2019 日本高血圧学会

・ガイトン生理学

・UpToDate

・拡張期血圧の臨床的意義:論文ではありませんが、大変参考になりました

https://www.kyorin-pharm.co.jp/prodinfo/useful/doctorsalon/upload_docs/201164-1-06.pdf


ガイトン生理学 原著第13版