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スタチンで脳出血は増加するのか?

 

スタチンは高LDL-C血症に対する1st choiceであり、アテローム血栓性脳梗塞、虚血性心疾患の一次予防、二次予防として頻用されている薬剤です。その副作用として筋関連の有害事象はよく知られていると思いますが、実はスタチンが脳出血を増やす可能性があるとされています。

 

以前から疫学研究で低コレステロール血症があると脳出血が増えることが示されており、これがスタチンによるコレステロールの低下が脳出血を増やすのではないか、という議論に繋がっています。また、スタチン自身に弱いながらも抗血小板作用があると考えられており、これが出血傾向を助長すると考えられています。我々内科医は大血管イベントを予防するためにスタチンを使用しているわけですから、それがむしろ脳出血を増やしてしまうというのは看過できない事象です。そういうわけで、今回はスタチンと脳出血の関連性について深堀していきたいと思います。

 

まず、2007年にStroke誌に掲載された疫学研究について紹介します1)。この研究では、The Atherosclerosis Risk in Communities Study (ARIC)とThe Cardiovascular Health Study (CHS)に登録された集団を基に解析が行われました。ARICの集団は、1987~1989年にかけて、ミシシッピ州などの米国の4つのコミュニティから抽出した45-64歳の男女15,792人から構成されており、CHSの集団は1989~1993年にかけて、ノースカロライナ州などの米国の4つのコミュニティから抽出した65歳以上の男女5,888人から構成されていました。追跡調査の結果、263,489観察人年で135件の脳出血イベントが発生しました。血漿LDL-C値は脳出血と逆相関の関係にあり、相対リスク(RR)は0.52(95%CI 0.31-0.88, P値 0.0085)でした

 

続いて、2009年にCirculation誌に掲載された本邦の茨城県で行われた研究を紹介します2)。この研究では、脳卒中や冠動脈疾患の既往のない40-79歳の30,802人の男性と60,417人の情勢が含まれ、1993年から2003年にかけて追跡調査が行われました。LDL-C 140mg/dL以上の人は、LDL-C 80mg/dL未満の人と比較すると、脳出血に対するハザード比(HR)が0.45(95%CI 0.30-0.69, P値<0.001)でした

 

これらの結果により、低LDL-C血症は脳出血のリスク因子であることが示されており、ここからスタチンによるコレステロール値の低下が脳出血を増加させるのではないか?という議論がなされるようになりました。

 

では、実際にスタチンを投与することで脳出血は増えるのでしょうか?

 

まず、2006年のNEJMに掲載された論文(SPARCL試験)を見てみましょう3)。この研究では、6か月以内に脳卒中またはTIAを起こし、血漿LDL-C値が100-190mg/dLである4,731人の患者を、アトルバスタチン80mg/日を内服する群とプラセボを内服する群に無作為に割り当てました。主要エンドポイントは非致死性または致死性脳卒中でした。試験中の血漿LDL-C値は、アトルバスタチン群で平均73mg/dL、プラセボ群では平均129mg/dLでした。中央値4.9年の追跡期間中に、非致死性または致死性脳卒中はアトルバスタチン群で11.2%、プラセボ群で13.1%に生じ、ハザード比は0.84(95%CI 0.71-0.99、P値0.03)でした。二次解析において、プラセボ群と比較したアトルバスタチン群の原因別のハザード比は、虚血性脳卒中では0.78(95%CI 0.66-0.94)、出血性脳卒中では1.66(95%CI 1.08-2.55)であり、致死性出血性脳卒中の発生率は両群間で有意な差はありませんでした。以上の結果より、アトルバスタチンの投与によって、脳出血の発生率はわずかに増加したものの、脳卒中全体の発生率は減少したと結論付けられています。

 

続いて、2011年にCirculation誌に掲載された論文の紹介です4)。この研究はスタチンと脳出血の関連性について検討したメタアナリシスであり、42試験(RCT 23試験、観察研究 19研究)の、計248,391人の患者が対象とされており、全体で14,784件の脳出血が発生していました。RCTにおいては、追跡期間中央値は3.9年(526,518患者・年)で、スタチンと脳出血の相対リスク(RR)は1.10(95%CI 0.86-1.41)であり、関連性は認めませんでした。一方で、脳卒中と脳梗塞は有意に抑制されていました。また、観察研究のうちコホート研究では、追跡期間中央値は3.0年(219,459患者・年)であり、スタチンと脳出血の相対リスク(RR)は0.94(95%CI 0.81-1.10)であり、関連性は認めませんでした。症例対象研究6件では、スタチンと脳出血の相対リスク(RR)は0.60(95%CI 0.41-0.88)であり、脳出血リスクが増加していましたが、試験間の異質性は高いという結果でした。総合的に考えますと、スタチンが脳出血と関連しているというエビデンスはなく、仮にそのようなリスクがあったとしてもスタチン投与による利点の方が上回ると結論付けられています。

 

最後に、2023年にNeurology誌に掲載された論文です5)。これはデンマークからの報告であり、スタチンの使用と脳出血の関係性を検討した症例対照研究です。2009-2018年にかけて、初めて脳葉領域(前頭葉、頭頂葉、側頭葉、後頭葉)に脳出血をきたした患者989人と、脳出血の既往がなく、年齢、性別、その他の因子が類似する39,500人を比較しました。また、脳葉領域以外の領域(大脳基底核、視床、小脳、脳幹など)に出血を起こした患者1,175人についても、脳出血の既往がなく、年齢、性別、その他の因子が類似する46,755人を比較しました。なお、スタチンの使用状況については処方データを用いて判断しています。その結果、スタチンを使用していた患者では脳葉領域の脳出血リスクが17%、脳葉領域以外の脳出血リスクは16%低いことが明らかになりました。いずれの脳領域でも脳出血リスクの低さはスタチン使用歴の長さと関連を示し、5年以上使用している患者においては脳葉領域でのリスクは33%、脳葉領域以外の領域でのリスクは38%低下していました。以上を踏まえ、スタチンの使用は、特に治療期間が長い程脳出血リスクの低下と関連していたと結論づけられています

 

以上、スタチンと脳出血に関連する論文をいくつか見てきました。

これらの論文を踏まえまして、私としては「低LDL-C血症は脳出血のリスク因子ではあるが、スタチンによる意図的なLDL-C低下療法が脳出血を増加させるというエビデンスはない」という結論に至りました。

 

疫学研究1)2)より、ベースの低LDL-C血症がある場合は脳出血が増加するリスクがあることは確かではありますが、これは低栄養などの交絡因子が背景に存在する可能性があり、低LDL-C血症そのものが悪さをしているのかは明らかではありません。その後、SPARCL試験3)でスタチンが脳出血を増やす可能性が示唆されてしまったわけですが、「出血性脳卒中」はあくまで事後エンドポイントでありましたし、致死的な脳出血は増加していませんでした。多くのRCTを含んだメタアナリシス4)でスタチンと脳出血の関連性が示されなかったことのインパクトは大きく、少なくとも日常の内科外来でスタチンの出血リスクを懸念する必要はないと思われます

 

ただ、ここで「既に脳出血の既往がある人の高LDL-C血症に対し、スタチンを投与してもよいのか?」という疑問が出てきます。この点はまだ結論が出ておらず、現在RCTが進行中のようです。UpToDateを見てみますと、治療のメリットと潜在的な出血リスクによるデメリットのバランスを考慮する必要があるとされています。

具体的には、

①脳出血の既往がある高LDL-C血症の患者では、冠動脈疾患や脳梗塞リスクが高いため、治療を行うことが勧められる

➁複数の脳葉にわたる脳出血など、脳出血の再発リスクが高い患者には避けた方がよい

③もし脳出血の既往のある患者にスタチンを開始する場合、高用量を避け、プラバスタチンやロスバスタチンといった親水性スタチンを使用する(*台湾からの研究で、アトルバスタチンなどの親油性スタチンは血液脳関門を通過し、脳出血再発のリスクを増大させる可能性が示唆されている6))

といったことが推奨されています。

 

1)Sturgeon JD, et al:Stroke. 2007;38(10):2718-25.

2)Noda H, et al:Circulation. 2009;119(16):2136-45.

3)N Engl J Med 2006; 355:549-559

4)Circulation. 2011 Nov 15;124(20):2233-42.

5)Neurology. 2023 Mar 7;100(10):e1048-e1061.

6)Brain Behav. 2016 May 13;6(8):e00487.

7)循環器トライアルデータベース https://www.ebm-library.jp/circ/metaanalysis/02-14.html

8)ケアネット スタチンが致死的な脳内出血リスクを低減する可能性 https://www.carenet.com/news/general/hdn/55621

9)UpToDate