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HDLコレステロールの意義

脂質異常症については下記の記事もご参考ください。

脂質異常症

 

 

まず、コレステロールを中心とした脂質代謝を概説します。

 

小腸の上皮細胞から吸収された中性脂肪、コレステロールはリポ蛋白にくるまれて輸送されます。カイロミクロンは腸細胞から産生され、リンパ管に分泌されたのちに静脈循環へと戻っていきます。カイロミクロンは85%が中性脂肪ですが、輸送中にLPL(lipoprotein lipase)による代謝を受け、中性脂肪が加水分解されます。加水分解された中性脂肪は遊離脂肪酸、グリセロールとなり、周囲の細胞でエネルギーとして消費されます。最終的にカイロミクロンは中性脂肪が少なくなり、カイロミクロンレムナントとなり肝臓で吸収されます。

 

肝臓で産生された脂肪は同じく肝臓で産生されたリポ蛋白のVLDLにより血中に放出されます。これもLPLに代謝を受け、中性脂肪の少ないLDLとなり、組織のLDL受容体と結合してエンドサイトーシスにより末梢組織細胞に取り込まれます。LDLが組織に取り込まれるよりも多く血中にあふれている場合、血管内皮細胞に取り込まれてマクロファージが貪食することで泡沫細胞となります。これが動脈硬化の原因となります。

 

今回の主題である高密度リポタンパク質(HDL)は、肝臓で合成されるリポ蛋白ですが、LDLと比較するとその機能についてはわかっていないことが多いです。最初はほとんどコレステロールを含有していませんが、末梢組織細胞からABCA2酵素を介してコレステロールを末梢組織、特に動脈壁から回収する役割を担っています。この他にも酸化ストレス抑制、血管内炎症防止といった作用が動物レベルでの実験で示されています。こういった特徴から、HDLはアテローム性動脈硬化症を予防する働きがあると考えられています。一方、LDLはその逆の働きを有しているため、一般にはLDLコレステロールが悪玉コレステロール、HDLコレステロールが善玉コレステロールと呼称されています。

ちなみに、HDLはリポ蛋白質そのものを表しており、HDLコレステロールはHDL粒子に含まれるコレステロールの量を直接測定したものになります。臨床ではHDLではなく、HDLコレステロールが測定されていることを押さえておきましょう。

 

低HDL-C血症のほとんどは遺伝性といわれています。

 

他の要素として、

肥満、運動不足、喫煙

・薬剤性:β遮断薬、ベンゾジアゼピン、アナボリックステロイド

・急性感染症や炎症の存在

でHDL-Cが低下するようです。

低HDL-C血症はASCVDの“リスク因子”なのか?

 

複数の集団を対象として研究において、ASCVDイベントの発生率は、血清HDL-C濃度と逆相関しており、低HDL-C血症では冠動脈疾患のリスクが高いことが示されています。例えば、有名なthe Framingham Heart Studyのデータに基づくと、血清HDL-C値が中央値から5mg/dL減少するごとに、心筋梗塞のリスクが約25%増加します1)

他にも複数の研究で低HDL-C血症がASCVDの独立した危険因子であるということが示されていますが、この見解を否定する研究結果もいくつかあるようです。例えば、631,762人を対象とした観察コホート研究であるCardiovascular Health in Ambulatory Care Research Team (CANHEART) studyでは、低HDL-C血症は不健康なライフスタイル、トリグリセリドの上昇、その他の心リスク因子や併存疾患、低収入といった要素と関連していました。これらの要素を踏まえて多変量解析を行うと、HDL-Cは独立したリスク因子ではなかったと結論づけられています2)

このように、一般的には低HDL-C血症はASCVDのリスク因子であると考えられていますが、近年はそれに反駁するような研究結果も出てきています

低HDL-C血症はASCVDの“原因”なのか?

前述したとおり、低HDL-C血症はASCVDのリスク因子ではありそうですが、実は低HDL-C血症そのものがASCVD発症の原因であるという因果関係は示されていません

 

例えば、HDLが増加する遺伝子変異がある集団と、そうでない集団を比較した研究では、両者の間に心筋梗塞リスクに差がないことがわかっています3)(このような伝統的な疫学手法に遺伝情報を組み込む研究デザインをメンデルランダム化解析と呼びます)。この研究から、生涯にわたるHDL-Cの上昇が、心筋梗塞リスクの減少と因果関係がない、ということが示唆されています。

 

また、HDL-C値を上昇させる薬剤として、ナイアシン、フィブラート系、エストロゲンなどがありますが、いずれの治療も冠動脈疾患を減少させることを証明できていません4)。このことからも、低HDL-C血症がASCVDの直接的原因であるのかには疑問符が付いています。

 

このように、メンデルランダム化解析や投薬治療の結果を踏まえますと、低HDL-C血症とASCVDの因果関係は確立されていないといえます。

 

上記のエビデンスを踏まえますと、低HDL-C血症はASCVDとの因果関係は示されておらず、投薬治療などで積極的に数値を是正しにいく価値は乏しい、ということになります。UpToDateでも、低HDL-C血症単独を積極的に治療することは推奨しないとされています。

 

ただ、低HDL-C血症がASCVDのリスク因子である可能性はあるため、その他のリスク因子も踏まえて総合的に介入していく価値はありそうです。実際、本邦の動脈硬化性疾患発症予測モデルである久山町スコアにも血清HDL-C値が組み入れられています。低HDL-C血症がある場合、生活習慣の改善(減量、定期的な運動、健康的な食事、禁煙)を行うことで血清HDL-C値が上昇し、ひいてはASCVDリスクの低下を期待できます。

 

まとめますと、低HDL-C血症は投薬してまで積極的に是正する必要はないが、ASCVDのリスク因子の一つとして治療の参考にする、というのが私の結論となります。

 

余談ですが、実は私も脂質異常症(LDL-Cが高くHDL-Cが低い)であり、ストロンゲストスタチンのロスバスタチンを内服しています。最近の採血ではLDL-Cこそ正常範囲内となっていますが、HDL-Cは低いままです。低HDL-C血症とASCVDとの因果関係がはっきりしないという点には少し安心しましたが、そうはいっても正常値に持っていきたいというのが本音です。今後もう少し減量に取り組んでみようと思います…。

 

1)Am Heart J. 1983;106(5 Pt 2):1191.

2)J Am Coll Cardiol. 2016;68(19):2073. 

3)Lancet. 2012;380(9841):572. Epub 2012 May 17. 

4)BMJ. 2009;338:b92. Epub 2009 Feb 16. 

5)UpToDate

6)動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版 日本動脈硬化学会

7)ガイトン生理学 原著第13版