肺炎随伴性胸水/膿胸とは
肺炎に伴って生じる胸水を、読んで字のごとく肺炎随伴性胸水と呼称します。肺炎随伴性胸水は肺胞領域の感染によって貯留した肺間質液が、炎症性サイトカインの影響で臓側胸膜を越えて胸腔に貯留したものです。
基本的には血管透過性の亢進による浸出液であるため、大部分では胸水に細菌は存在しておらず、感染性はありません。肺炎の収束と共に自然に吸収されて消失します。このような感染性のない胸水を単純性肺炎随伴性胸水と呼称します。
一方、一部は胸水に細菌が移行して感染を起こします。この場合、この胸水は複雑性肺炎随伴性胸水と呼称されます。細菌感染を起こした胸水では凝固膿の亢進とフィブリン溶解能の低下が見られ、フィブリンの析出に伴い胸水の被包化や線維化、胸膜の肥厚や癒着を引き起こします。胸水が肉眼で明らかに膿性の場合、膿胸と呼称します。
この単純性肺炎随伴性胸水、複雑性肺炎随伴性、膿胸の細かい定義については改めて後述します。
肺炎随伴性胸水/膿胸は抗菌薬治療の発展により減少しており、全肺炎の約2-3%で認めるとされます。これは入院が必要な肺炎では頻度が増加し、20-40%の患者で胸水が見られ、そのうち5-10%程度が複雑性肺炎随伴性胸水/膿胸に移行します。
肺炎随伴性胸水の危険因子としては嚥下機能低下、口腔内不衛生、低栄養、アルコール多飲、免疫抑制状態、高齢、インフルエンザ罹患後、GERDなどがあります。なお、喘息やCOPDで吸入グルココルチコイドを使用している場合、肺炎は増加しますが肺炎随伴性胸水は減少するといいます。
膿胸は肺炎に伴って起こることがほとんどですが、下図のように外傷や菌血症、腹腔内感染症など、肺炎以外の疾患から波及して生じることもあります。
用語の定義
この領域では単純性肺炎随伴性胸水、複雑性肺炎随伴性胸水、膿胸といった単語以外にも、線維膿性、器質化など、色々な用語があって混乱することが多いです。ここで各種用語の定義をまとめておきます。
アメリカ胸部医学会(ACCP)のガイドラインでは、単純性肺炎随伴性胸水(Category1と2)、複雑性肺炎随伴性胸水(Category3)、膿胸(Category4)に分類しています1)。おそらくこの分類が最も有名なものだと思います。
また、胸水の『Lightの基準』で有名な、Lightらが提案する肺炎随伴性胸水の分類があります2)。こちらは分類がクラス1-7まであり、なかなかに複雑です。
最後に、急性から慢性という、臨床経過に沿った分類もあります。こちらではあまり聞きなれない線維膿性、器質化といった用語が使われています。
さて、ここまで肺炎随伴性胸水/膿胸の3つの分類について整理してきました。これらの用語、分類をどのように使い分けで行くべきなのでしょうか?結論から申し上げますと、上記の分類にあまりこだわる必要はなく、胸腔ドレナージが必要な病態なのか、不要な病態なのかを判断することが、治療方針を決めるにあたって重要です。というのも、実際に上記の分類を厳密に適応することは難しいことが多いのです。例えば、胸腔穿刺前に抗菌薬が投与されている患者の胸水培養が陰性であった場合、「(抗菌薬投与によって培養が陰性となってしまった)膿胸」なのか、「(もともとの培養が陰性の)肺炎随伴性胸」なのか、判断は困難です。この分類というものにこだわり過ぎて適切なタイミングでの胸腔ドレナージの機会を逸してしまう方が問題なのです。
また、複雑性胸水と膿胸という用語の違いについては、見た目が明らかに膿性であるかの違いにすぎません。両者とも胸腔ドレナージが必要な点については変わりがないため、あまりこだわる必要はないでしょう。
肺炎随伴性胸水/膿胸の症状・経過・起因菌
肺炎随伴性胸水/膿胸の臨床所見は非特異的であり、細菌性肺炎と類似しています。一般的には急性経過の発熱、湿性咳嗽、呼吸困難、胸膜痛をきたすことが多いですが、嫌気性菌の関与する病態では数週間-数か月という長い経過で微熱、体重減少を主訴に診断に至る場合もあります。
危険因子の部分でも述べましたが、通常は超高齢、嚥下機能低下、コントロール不良の糖尿病、口腔内不衛生といった背景があることが多いです。私は40-50代という若年で発症した膿胸の症例を2例経験したことがあるのですが、いずれも糖尿病などの基礎疾患はないものの、歯科受診で放置された齲歯や重度の歯周病が指摘されました。この経験から、私は膿胸の診断がついた患者さんは必ず歯科に紹介するようにしています。
起因菌としては肺炎球菌を始めとする市中肺炎の原因菌に加え、Fusobacterium、Prevotella、Peptostreptococcus、Bacteroidesなど口腔内嫌気性菌の混合感染が多いです。特に膿胸に至っている場合、36-76%で嫌気性菌が胸水から検出されると報告されています。
黄色ブドウ球菌は全体の約10-15%を、大腸菌などの腸内細菌科は8-10%を占めるとされています。院内感染ではこれらの菌の関与が増えるとされており、抗菌薬選択の上で重要です。私個人の経験ですが、重症COVID-19からの改善後、入院中に膿胸を併発した患者さんにおいて、胸水からESBL産生の大腸菌が検出されたということがあります。
その他、結核性胸膜炎との鑑別が重要であり、経過によっては胸水のADAや抗酸菌検査を提出します。
肺炎随伴性胸水/膿胸の診断
肺炎随伴性胸水/膿胸の診断ですが、前述した各種の分類を参考としつつ、上記のアルゴリズムに沿って行っていきます。
最初は発熱、湿性咳嗽などの肺炎を疑う患者さん対し、撮影された胸部X線写真で胸水の存在が示唆され、肺炎随伴性胸水/膿胸を疑う、という流れが最も一般的と思われます。胸部X線のみでは胸水の量や肺野・胸膜の形態、隔壁の有無が判断できないため、胸部CTと超音波検査を追加で行います。胸部X線写真でも、側面像や臥位像を駆使することで胸水量を推定することが可能ですが、CTへのアクセスのよい本邦の環境ではあまりこだわらなくてもよいと思います。
超音波検査では胸水の流動性や量、隔壁の有無、穿刺の可否などの評価ができ、非常に有用です。そのまま胸腔穿刺を行うこともあります。
胸部CTは胸膜などの構造を評価するため、可能であれば造影するのが望ましいです。肺炎随伴性胸水/膿胸では炎症による被包化を反映し、下図のようにレンズ状に限局した胸水貯留を認めることがあります。また、胸膜は炎症により肥厚し、造影効果を示します。特に、肥厚した臓側胸膜と壁側胸膜に挟まれて胸水が溜まっている状態のことを“split pleura sign”と呼称します。
画像で肺炎随伴性胸水/膿胸が疑われ、かつ胸水量が多い、ないしは被包化されている場合、胸腔穿刺を行います。この際、必ず超音波検査を行って十分なスペースがあることを確認した上で穿刺しましょう。この際の胸水が明らかに膿性である場合、膿胸と診断されます。
穿刺した胸水は、最低限下記の検査は提出するようにしましょう。
・細胞数、総蛋白、LDH、糖
・細菌培養(必ず血培ボトルに注入する!)
・pH
・細胞診
なお、細菌培養については感度・特異度が上昇するため、血液培養ボトルで好気、嫌気培養を行うことが推奨されています。ただし、胸水が少量しか採取できない場合は滅菌容器での提出もやむを得ないと思います。
pHは血液ガス分析器で測定します。このため、粘性の高い膿性胸水の場合、機械が詰まってしまいます。胸水の流動性が保たれているときのみ行うようにしましょう。
肺炎随伴性胸水/膿胸の診断に細胞診は必須ではありませんが、真菌や悪性細胞が検出され診断が変わることもあるため、検体に余裕があれば提出しておくことが無難です。
経過が慢性である場合など、結核性胸膜炎の可能性が少しでもあれば、胸水のADAと抗酸菌塗抹、培養、結核菌PCRを追加で提出します。
これらの画像検査、胸水検査を総合的に判断し、肺炎随伴性胸水/膿胸の診断を行っていくことになります。胸腔ドレナージを行うかどうかの判断にも関わってきますが、この点については後述します。
肺炎随伴性胸水/膿胸の治療
抗菌薬
市中肺炎の起因菌に加え、必ず嫌気性菌をカバーするように抗菌薬を選択していきます。
市中発症の場合、ABPC/SBTやAMPC/CVAを使用することが多いです。院内発症の場合はMRSAや緑膿菌を、インフルエンザ後ではMRSAのカバーを検討する必要があります。この場合、PIPC/TAZやMEPM±VCMという組み合わせが選択されることが多いですが、患者さんの背景や全身状態、施設のアンチバイオグラムを考慮する必要があります。個人的にはGram染色でcluster GPCが有意に見られなければMRSAのカバーは行わないことが多いです。
最適な治療期間は決まっておらず、患者さんの経過、血液検査、胸水の量、ドレナージの状況などを総合的に判断して決定する必要があります。UpToDateでは複雑性肺炎随伴性胸水の場合は2-3週間、膿胸の場合は4-6週間が抗菌薬投与期間の目安として記載がありますが、実臨床でもそのような感覚だと思います。
肺炎随伴性胸水/膿胸は本態は膿瘍形成であるため、静脈注射による十分量の抗菌薬治療が必要であり、基本的には入院での治療が望ましいです。ただし、胸水量が少なく全身状態が良い場合は外来での内服抗菌薬治療を行うこともあります。
また、肺炎随伴性胸水/膿胸の治療で重要なのは後述するドレナージであり、あくまで抗菌薬は補助的な治療です。抗菌薬選択も大切な要素ではありますが、ドレナージをするか否かの判断を優先し、丁寧に行うべきです。
胸腔ドレナージ
肺炎随伴性胸水/膿胸の治療において最も重要なのがこの胸腔ドレナージです。繰り返しますが肺炎随伴性胸水/膿胸は膿瘍形成が本態であるため、膿のドレナージが治療の要となります。
胸腔ドレナージを行うのは分類上は複雑性肺炎随伴性胸水または膿胸ということになりますが、前述の通り、時には単純性か複雑性か判断が難しい場合もあります。また、肺炎随伴性胸水/膿胸では時間経過で胸膜の癒着、器質化が進んで肺が膨らまなくなってしまったり、被包化・隔壁を形成して難治となってしまうため、できるだけ早期にドレナージを行うことが望ましいです。分類にこだわり過ぎてドレナージの機会を逸し、治療が長期化してしまうようでは元も子もありません。迷うくらいなら胸腔ドレナージを行う、と考えた方がよいでしょう。
胸腔ドレナージは胸腔ドレーンを挿入して行っていきます。
胸腔ドレーンはArgyle社のトロッカーカテーテルとアスピレーションキットの2タイプがあります。トロッカーカテーテルは胸壁を切開して留置を行い、排液のみ可能なシングルルーメンカテーテルと胸腔内への薬剤投与が可能なダブルルーメンカテーテルがあります。アスピレーションキットは中心静脈カテーテルを挿入するような穿刺手技で留置を行うため、患者さんへの負担が少ないという特徴があります。
本邦では、
シングルルーメントロッカーカテーテル:8Fr-32Fr
ダブルルーメントロッカーカテーテル:12-28Fr
アスピレーションキット:6、8、12Fr
が使用可能です。
チューブのサイズには統一された見解はありませんが、UpToDateでは「疼痛の少ない小口径のチューブ(10-14Fr)が好まれる」と記載されています。
私の所属していた組織でのプラクティスも踏まえますと、肺炎随伴性胸水/膿胸の場合、18-24Frあたりのダブルルーメントロッカーカテーテルを選択することが望ましいと考えます。
後述するように、治療の一環としてウロキナーゼなどの線維溶解薬の胸腔内投与や生食による洗浄を行うことがあります。この場合、側管から液体を注入できるダブルルーメンカテーテルが有用です。また、膿胸のような粘性の高い液体をドレナージする場合、細径よりも太径の方が内腔閉塞しにくいです。その点、アスピレーションキットの細さですと詰まってしまうリスクがあります。
基本的にはやるのであれば太径のドレーンで、早期にしっかりドレナージを行い短期間で治療を完遂する方がよいでしょう。そういうわけで、私個人はアスピレーションキットを使用したことがありません。
また、肺炎随伴性胸水/膿胸の胸腔ドレナージでは陰圧吸引は必ずしも必要ありませんが、肺を膨らませたいときには行うこともあります。
排液が50-100ml/日を下回り、画像上胸水が減少し明らかな被包化を認めない場合には胸腔ドレーンを抜去できます。この際超音波検査による評価も行い、被包化している場合は線維溶解薬や外科的治療を検討します。
線維溶解薬
肺炎随伴性胸水/膿胸ではフィブリンの析出によって隔壁形成、胸水の被包化が起こり、ドレーン挿入のみでは排液が十分に得られなくことがあります。この場合、線維溶解薬の胸腔内投与を行い、隔壁を溶かして胸水の排液を促します。
線維溶解薬の胸腔内投与は、死亡は減らさないものの外科的治療の必要性を減少させる(約30-80%)ことが種々の研究で示されています。外科的治療の方が確実に病巣を取り除くことができるため、耐術能があれば線維溶解薬よりも優先すべきですが、実際には膿胸を発症するような方は高齢で全身状態も悪く、手術が困難であることがほとんどです。こういった場合、線維溶解薬の胸腔内投与はよい適応となります。私も何度かウロキナーゼの胸腔内投与を行ったことがありますが、排液が全く止まってしまっていたのがウロキナーゼによってドロッとした膿が出てくるようになり、眼で見てその有効性を実感できます。その後手術をせずに保存的に改善した方がほとんどでしたので、呼吸器内科としては心強い味方だなぁと感じました。
海外では組織プラスミノーゲン活性化因子(tPA)とDNaseの併用がゴールドスタンダードですが、本邦ではこれらの薬剤は使用されず、慣習的にウロキナーゼが投与されます。ただし、この場合もウロキナーゼは適応外使用となるため注意が必要です。有害事象としては胸痛、発熱、胸膜出血があります。
さて、ここまで書いておいて心苦しいのですが、現在ウロキナーゼの生産自体が停止されているため、本邦ではそもそも線維溶解薬の胸腔内投与を行うことができない状況です。そのため胸腔ドレナージがうまくいかない場合、多少無理をしてでも外科的治療を行うか、そのまま抗菌薬で押し切るか、とするしかありません。このウロキナーゼが使用できないというのは全国の呼吸器内科にとって頭の痛い問題だと思います。現状では皆さんはどのように対応されているのでしょうか…?
外科的治療
胸腔ドレナージや線維溶解薬で改善が見込めない場合、外科的治療が検討されます。基本的にはビデオ支援胸部手術(VATS)、いわゆる胸腔鏡による手術が行われます。
エビデンスとしてはその有効性はまちまちで、胸腔ドレナージと比較し死亡率を減少されたという報告もあれば、死亡率は変わらなかったが入院期間が短くなったという報告もあります。とはいえ、直接病巣を取り除くことができる唯一の治療であり、耐術能さえあれば選択肢として検討すべきです。肺炎随伴性胸水/膿胸で手こずりそうな症例(胸水が大量、すでに隔壁が形成されているなど)では早期に外科の先生に併診を依頼するのがよいでしょう。
※2023.11.05 追記
本記事について複数の先生からコメントを頂きましたので、胸水検体の取り扱いについて追記します。
どの文献にも“胸水を血液培養ボトルに採取することで感度が上昇する”と記載がありますが、このことを前向きに検討した研究が2011年のThorax誌に報告されています3)。この研究では62人の胸膜感染症の患者について、血培ボトルと通常のスピッツに検体を採取し、それぞれの起因菌の検出率を比較しました。結果として、血培ボトルに採取・培養を行うことで、通常のスピッツでの採取と比較し細菌分離の頻度が約20%上昇することが示されました。
この研究を踏まえ、血培ボトルへの検体採取で感度が上昇する、という点については確からしいといえますが、いくつかの問題点があることにも注意が必要です。
まず、血培ボトルは当然血液が混入する前提で作られているため、インフルエンザ桿菌やNeisseria属など栄養要求性が高い細菌の検出ができない可能性があります。また、検体をすべて血培ボトルに注入してしまうとグラム染色用の検体がなくなってしまいます。
このため、血培ボトルに検体採取を行いつつ、通常の嫌気ポーターにも検体を採取し、そこからグラム染色と必要に応じた培地での培養を行う、ということが最も理想的と考えられます。ただ、この場合は血培ボトルの費用が病院負担となり、コストが大きくなってしまうという問題があります。当然、メーカーも血培ボトルには血液検体のみを採取するよう推奨しています。
以上を踏まえ、肺炎随伴性胸水/膿胸の培養検体と取り扱いについては、各施設の感染症科、検査室と相談した上で事前に検体の採取法を決めておくのが無難と考えられます。
この件に限らず、“エビデンスがある”ことと“実臨床で運用が可能か”ということは必ずしも一致しません。特に血気盛んな若手の先生は、エビデンスを振りかざして独りよがりな医療とならないよう注意しましょう(自戒の念もこめて…)。
参考
1)Chest. 2000 Oct;118(4):1158-71.
2)Chest. 1995 Aug;108(2):299-301.
3)Thorax. 2011 Aug;66(8):658-62.
・UpToDate
・亀田流 市中肺炎診療レクチャー 黒田浩一 中外医学社
・Cardinal Healthホームページ https://www.cardinalhealth.jp/ja_jp.html