急性冠症候群(ACS)とは
急性冠症候群(ACS)とは、冠動脈粥腫(プラーク)の破綻とそれに伴う血栓形成により、冠動脈内腔が急速に狭窄、閉塞し、心筋が虚血、壊死に陥る病態を示す症候群と定義されます。
ACSは以下の3つに大きく分類されます。
・ST上昇型心筋梗塞(ST elevation myocardial infarction:STEMI)
・非ST上昇型心筋梗塞(non ST elevation myocardial infarction:NSTEMI)
・不安定狭心症(unstable angina:UA)
ST上昇があればSTEMIということになります。ST上昇がない場合、つまりST低下でもST変化がなくても、NSTEMIかUAということになります。NSTEMIとUAは心筋梗塞があるかないか、臨床的には心筋逸脱酵素があるかないかで判断されますが、実際は区別が難しいことも多いため、合わせてNSTE-ACSと呼称されたりします。
ACSの心電図所見
ST上昇
J点と呼ばれるQRS波とST部分のつなぎ目が基線よりも上であればST上昇と判断します。
ガイドラインでは以下のように定義されていますが、ざっくり1mmの上昇=ST上昇でよいと思います。
また、ST上昇は単一の誘導ではなく、責任病変を反映した複数の誘導で変化があることを確認することも重要です。
ST上昇の目立たないSTEMIがあることも知っておく必要があります。
後壁梗塞では通常の12誘導心電図ではST上昇を認めません。背側部誘導の記録が必要となります。
また、発症後超急性期にはST上昇が明らかでなく、T波が先鋭、増高することがあります。このhyperacute T waveはSTEMIの診断に役立つことがあります。
加えて、STEMIと間違えられやすい早期再分極についても理解しておきましょう。
早期再分極とは若年男性に多い無症候性のST上昇です。STEMIのST上昇との違いは、上で向かって凹状のST上昇がみられることです。また、V3-6誘導で認めることが多いです。
ST低下
J点と呼ばれるQRS波とST部分のつなぎ目が基線よりも下であればST低下と判断します。
ST低下はST上昇と異なり責任病変の推定は困難です。ただし、ST上昇の鏡面形成としてのST低下である場合があるため、ST低下を見た時は本当にST上昇はないのか?という目で心電図を見直すことが重要です。
脚ブロックの場合
脚ブロックがあると再分極障害があるため心電図上ST変化をきたすため、虚血の評価が難しくなります。そこで、脚ブロックがある時に注目するのが「極性」の変化です。脚ブロックではQRSとSTの極性が上下逆になることが一般的ですが、虚血があるとこの極性が上下同じになることが特徴的です。
特に左脚ブロックの場合には“Sgarbossa criteria”という有名な指標があります。
こういったものはなかなか記憶しにくいものですが、原則は前述の極性の変化になります。3点以上で虚血と判断します。
ACSの診断
症状
胸痛の部位や性状、誘因、持続時間や経時変化、随伴症状などからACSらしさを判断していきます。
症状と合わせ、年齢や喫煙、脂質異常症、糖尿病、高血圧、家族歴、腎機能障害の冠危険因子を確認し、3つ以上ある場合はACSらしさが高まります。
心電図
前述の通り、まずはST上昇、ST低下がないかを確認します。
その他、陰性T波と異常Q波についてここでまとめます。
・陰性T波
T波の極性が陰性になったものを陰性T波といいます。変化の程度として平坦T波から深い陰性T波まで様々です。これのみで虚血と確定はできませんが、リスク因子の1つと考えられます。ACS発症後、来院までに自然再灌流が得られた場合などに初回心電図で陰性T波を認めることがあります。また、ACS以外にもたこつぼ型心筋症や肺血栓塞栓症、大動脈弁狭窄症でも認めることがあります。
・異常Q波
高さがR波の1/4以上あり、幅が0.04秒以上のQ波を異常Q波と言います。この所見は必ずしもACSだけでみられるわけではありませんが、梗塞巣が大きくなると出現します。ただし、Ⅲ誘導のみやV1誘導のQSパターンは健常人でも認められます。
トロポニン値
心筋逸脱酵素としては基本的にはトロポニンを参考にします。トロポニンはCKやCK-MBと比べて感度、特異度ともに高く、高感度トロポニンは発症後2時間以内の超急性期の心筋梗塞でも上昇します。
心電図の時点でSTEMIであれば結果を待たずに再灌流療法を検討しますが、STEMIでない場合に初回検査を行い、結果を確認します。初回検査で陰性の場合でも、心筋梗塞の発症早期では陰性となることがあるため、定性検査であれば6時間後、高感度の場合1-3時間後に再度検査を行います。
このように、症状・心電図・トロポニン値からその胸痛がACSらしいのかどうかを判断していきます。
ACSの初期対応
以前は「MONA」といって、ACSに遭遇した場合にモルヒネ、酸素投与、硝酸薬、アスピリンの4つを初期治療として行うよう推奨されていましたが、現在はこの初期対応も変化してきています。
硝酸薬
まず硝酸薬についてですが、これは冠動脈を拡張することで胸痛を緩和する目的で使用します。過去には梗塞巣の減少や死亡率の減少が期待されルーチンで使用されていましたが、残念ながら死亡率減少効果は認められませんでした。ただ、現在でも初期対応として症状緩和目的に広く使用されています。
モルヒネ
続いてモルヒネですが、こちらもルーチンでの使用は推奨されなくなってきています。硝酸薬でも胸痛が改善しない場合に検討しますが、低血圧や嘔気などの副作用に注意が必要です。
酸素投与
酸素投与もルーチンでの使用は推奨されていません。過去にはルーチンでの投与が推奨されていたこともありましたが、過剰な酸素投与は予後改善効果に乏しく、梗塞巣の増大の可能性が示されてしまいました。そのため、SpO2をモニタリングし、SpO2<90%で投与を開始します。
抗血小板薬
抗血小板薬の内服による予後改善効果は多くの研究で示されており、早期に投与するほど死亡率が低下することが報告されています。そのため、ガイドライン上でも「ACSが強く疑われる患者に対してアスピリン162-200mgを咀嚼服用させる」ことを推奨しています。
一方で抗血小板薬を2剤併用することをDAPTと呼称しますが、この開始のタイミングについては統一した見解がありません。STEMIでは多くの場合、primary PCIが選択されるため、その前に内服してもらうことが多いです。ただ、NSTE-ACSの場合は冠動脈の評価次第では外科的に血行再建を行う可能性もあり、その場合DAPTによる出血リスクが懸念されます。そのため、アスピリンは疑った段階で内服とし、DAPTに関しては施設によるコンセンサスを確認するのがよいです。
また、大動脈解離に抗血小板薬を投与すると病態を悪化させてしまいます。特に下壁梗塞(右冠動脈)を巻き込んだ上行大動脈解離の場合はSTEMIだけと判断してしまうことが多いため、エコーで上行大動脈の拡大やflapの有無を確認しておくとよいでしょう。
参考
・急性冠症候群ガイドライン2018年改訂版 日本循環器学会
・循環器のトビラ 杉崎洋一郎 メディカル・サイエンス・インターナショナル