安定冠動脈疾患(stable CAD)とは
〇定義
冠動脈疾患(coronary artery disease:CAD)は急性冠症候群(acute coronary artery:ACS)と安定冠動脈疾患(stable CAD)に大別されます。前者にはST上昇型心筋梗塞、非ST上昇型心筋梗塞、不安定狭心症が含まれており、今まさに心筋虚血を伴う、またはその一歩手前の状態であり、早急な対応が必要とされます。一方、後者ではその時点では心筋虚血はないものの、労作など一定の条件下で症状が出現する労作性狭心症のことを指します。ただ、この定義や名称は国々によって微妙に異なっており、今後も変遷していく可能性が高いです。今回は日本のガイドラインで使用されている安定冠動脈疾患(stable CAD)を使用し、その診断、管理についてまとめていきたいと思います。
診断
まず、下記のフローを提示します。その後、順を追って各評価について説明していきます。
〇検査前確率を推定する
まず、病歴、冠危険因子、簡易検査などから検査前確率がおおよそどのくらいか(低、中、高)を見積もります。
①病歴聴取
「疼痛のOPQRST」に則って聴取しましょう。
O:数分で徐々に増悪する。
P:寛解因子:安静やニトログリセリンで5分以内に速やかに症状が改善する。
増悪因子:労作、寒冷刺激、感情ストレス、食事など。
Q:つっかえる感じ、圧迫感、胸やけなど多彩。
R:内臓痛であるため前胸部周囲であることが多い。その他、頸部、咽頭、歯、下顎、上肢や肩に放散痛を伴うこともある。
S:胸痛の重症度とstable CADの有無はあまり関係がないといわれている。
随伴症状としては嘔気、冷汗を伴うことがある。
T:症状の持続時間は典型的には2-10分程度とされており、30分以上持続する場合はACSを念頭に置く。数秒や数日持続する場合はCADは否定的。
➁冠危険因子
・高齢、高血圧、糖尿病、脂質異常症、腎機能障害、肥満、喫煙
・虚血性心疾患の家族歴(特に男性<55歳、女性<65歳はより高いリスク)
③簡易検査(胸部X線、心電図、心エコー、採血など)
心電図でST変化(もちろんACSでないことは確認する!)があったり、心エコーで壁運動異常があるとそれらしいといえます。
〇検査前確率に応じて検査を行う
前述の問診、検査でおおよその検査前確率を元に精査を勧めていきます。
中等度であれば診断確定や除外目的に冠動脈CTを行い、除外できれば経過観察、閉塞性病変があれば負荷イメージングを用いてリスク評価を行います。また、検査前確率が高ければ冠動脈CTをスキップして負荷イメージングでリスク評価を含めた精査を行います。いずれの検査でも診断がついた場合、すぐには冠動脈造影は行わず、まずは至適薬物療法を行います。それでも症状が残る場合にCAGを行うことになりますが、下記のような高リスクな所見を認めた場合には至適薬物療法を行いつつCAGを行います。
①冠動脈CT
冠動脈CTは造影CT検査の1つで、心電図と同期して撮影することで常に拍動している心臓でもきれいに冠動脈を描出することが可能です。これによりCAGと似た冠動脈の解剖学的評価や、冠動脈の動脈硬化巣の性状を評価することができます。診断精度は非常に高く、感度89%、特異度96%と報告されており、陰性的中率も97-99%と非常に高いです。このためstable CADの除外に有用であり、冠動脈CTで有意狭窄を認めなければほぼ否定的ということができます。このため検査前確率が中等度の患者へ、除外を含めた診断目的に推奨される検査です。
弱点はいくつかあり、不整脈や脈拍のコントロールが不良の場合や過去にステントが入っている場合、きれいな画像が取れずに評価が困難である場合があります。また、造影剤を使用しますからアレルギーや造影剤腎症のリスクがあります。加えて通常の冠動脈CTでは心筋虚血を伴う狭窄なのかの評価が難しかったのですが、現在ではCT perfusionやEER-CTなど新たな評価方法を用いることでCTからも心筋虚血の評価を行うことが可能となってきています。
➁心筋虚血評価(核医学検査や負荷心エコーなど)
機能的検査や負荷イメージングとも言われる検査で、心筋血流イメージングや負荷心エコーが該当します。中でも心筋血流イメージングは放射性医薬品を用いた心臓核医学検査の1つで、心筋血流シンチグラフィとも呼称されます。TI-201やTc-99mという核種が使用されます。安静時に加えて運動や薬剤負荷を行って評価を行う負荷心筋血流シンチグラフィを行うことで虚血の有無まで判断することが可能です。冠感度は80%、特異度は85%前後と高い診断能を持っています。もちろん症候性のASがあったり、心不全のコントロールがついていない場合など、不安定な状況での運動負荷は禁忌です。
③冠動脈造影(CAG)
上記の検査を行い、診断がついてかつ至適薬物療法を行っても症状が改善しない場合や、高リスクな病変が疑われる場合にCAGを行います。侵襲的な検査ですから、前述の問診、検査を行った上でようやく行われる検査ということになります。恥ずかしながらCAGの閾値はもう少し低いものと勘違いしておりました…。
さて、CAGのみでは狭窄の有無はわかっても心筋虚血があるかどうかまでは判断ができないため、FFR(fractional flow reserve)という機能的検査が一緒に行われることが多いです。FFRは冠動脈の狭窄がどのくらいきたしているかを知るための指標で、圧を測ることのできるワイヤーを狭窄の奥に持ち込み、狭窄の前後の圧を比較して算出されます。CAGなどで50-90%の狭窄を見つけたらFFRを調べますが、0.75未満であれば虚血ありと判断し、0.75-0.80はグレーゾーン、0.80より大きければ虚血であることはまれということができます。
〇その他の検査
その他、負荷心エコーや心筋PET検査、心臓MRIなど他にも多くの検査方法があり、施設によって方針が異なります。
治療
〇生活習慣の是正
何はともあれまずは生活習慣の是正を行います。
喫煙者に対しては絶対に禁煙をさせるよう指導します。食生活は飽和脂肪酸を減らし、飲酒も適度にし、地中海式の食事を行ってもらいます。適正体重を目指した運動の習慣化を目指します。
その上で、stable CADに対する治療を行っていきます。
〇薬物治療
①硝酸薬
冠動脈を拡張することが冠血流を改善すると同時に、動脈・静脈を拡張することで前負荷、後負荷を軽減し、酸素需要を低下させることで効果を惹起します。
短時間作用型硝酸薬はCADの発作時に使用する第一選択です。
狭心症発作予防としては長時間作用型硝酸薬が使用されることが多いですが、ガイドラインでは以下に説明するβ遮断薬やCa拮抗薬の次点での選択肢になります。
➁β遮断薬
β遮断薬はCADの症状コントロールのための第一選択薬です。心拍数、心収縮力の低下によって心筋の酸素需要を低下させ効力を発揮します。また、冠動脈には拡張期に血液が流れるため、心拍数の低下により拡張期が長くなることで冠血流が増加します。心拍数は徐脈に注意しつつ、55-60bpmを目標に調整します。
③Ca拮抗薬
β遮断薬とともにCADの症状コントロールの第一選択薬です。血管拡張による心負荷の軽減や、特に非ジヒドロピリジン系において心拍数低下させることで効力を発揮します。心拍数を低下させる観点からはアムロジピンなどのジヒドロピリジン系よりもベラパミル、ジルチアゼムなどの非ジヒドロピリジン系が推奨されますが、血圧が高い場合はその限りではありません。
④ニコランジル
ニコランジルはATP感受性Kチャネル開口薬であり、硝酸薬様作用、冠血管拡張作用による心筋虚血の改善効果、心筋保護効果を有します。
⑤血小板療法
多くの場合は低用量アスピリンが使用されます。二次予防の十分なエビデンスがあるため、心筋梗塞の既往や血行再建後の患者では基本的に適応となります。なお、一次予防としてはエビデンスが乏しく、個々の症例で出血リスクと心血管イベントのリスクを考慮して検討します。
⑥スタチン
全てのCAD患者において適応となります。虚血を認めない病変であったとしても適応があると考えられますが、一次予防としての明確なエビデンスに乏しく明確なコンセンサスは得られていません。基本的にはストロングスタチンを使用していきます。以下、ロスバスタチンとアトルバスタチンの対応表を掲載しておきます。
〇PCI
ここは勉強していて一番驚いた点だったのですが、stable CADに対するPCI療法の予後改善効果は明確ではありません。2008年に発表された、虚血が証明されているCAD患者を対象としたCOURAGE試験1)では十分な薬物療法を行った群とPCIを行った群では、中央値4.6年のフォローアップ期間では予後に有意差がなかったことが示されました。また、ORBITA試験2)ではPCIによる運動耐用能の改善効果も至適薬物療法と比較して有意差がないと報告されています。加えて、2020年に発表された、中等度から重度(心筋虚血が10%以上)の虚血が証明された安定狭心症患者を対象としたISCHEMIA試験3)でも、PCIを行う侵襲的戦略群は、至適薬物療法を先行する保存的戦略に比べ、虚血性冠動脈イベントや全死因死亡のリスクを抑制しないことが示されました。一方で、CAD患者に対して、PCIが死亡やACSを減らしたとするメタアナリシス4)など、PCIが予後を改善するという報告も散見されます。門外漢であることもあり、ここでは明確なフローを示すことは避けさせて頂こうと思います。
〇プライマリケア医としての視点
胸痛、呼吸困難患者の中でACSはもちろんのこと、stable CADの患者を拾い上げて専門医への紹介に繋げることが重要と考えます。冠危険因子が複数ある場合、非典型的な病歴があったとしても精査目的に一度紹介を検討した方がよさそうです。
また、自分が薬剤を導入するかは別にしてですが、最低限至適薬物療法の内容を理解し、逆紹介されてきた場合に適切に治療を引き継ぐ必要があるでしょう。
参考
1)N Engl J Med. 2008 Aug 14;359(7):677-87.
2)Lancet. 2018 Jan 6;391(10115):31-40.
3)N Engl J Med. 2020 Apr 9;382(15):1395-1407.
4)BMJ. 2014 Jun 23;348:g3859. doi: 10.1136/bmj.g3859.
5)2022 年 JCS ガイドライン フォーカスアップデート版 安定冠動脈疾患の診断と治療
6)循環器のトビラ 杉崎洋一郎 メディカル・サイエンス・インターナショナル
7)循環器薬ドリル