定義
尿路感染症とは
「尿路感染症(UTI)」という用語はかなり曖昧な表現で、しっかりと意味を理解して使う必要があります。私は尿路感染症を感染の部位から膀胱炎、腎盂腎炎、前立腺炎の3つに分類して考えるようにしています。このいずれに該当するかによって治療方針が大きく異なるため、用語の使い分けに十分注意するようにしましょう。ここでは、腎盂腎炎について概説していこうと思います。
腎盂腎炎とは
特殊な細菌(特に病原性の高い大腸菌など)により生じる疾患で、誰もが感染しうる疾患です。膀胱炎が生まれつき膀胱などの上皮が大腸菌などに親和性が高い人にみられ、宿主側の要因が大きいこととは対照的です。病原性の高い大腸菌は尿路を上行し、腎臓に達し炎症を起こします。
腎臓は血管に富んだ組織であるため、腎盂腎炎では容易に菌血症を起こし、起因菌としてGNRが多いことも相まって敗血症性ショックに至ることもある油断できない疾患です。
病理学的には腎に微小膿瘍が形成されているとされ、治療期間は長めにとる必要があります。
腎盂腎炎は単純性と複雑性の2種類に分類することができます。単純性腎盂腎炎の典型例は市中発症の閉経前の女性に発症し、尿路や全身の基礎疾患を持たない例です。一方、複雑性腎盂腎炎は院内や在宅など、高齢者を診療するセッティングで多く、以下の表の項目を一つでも満たせば複雑性腎盂腎炎と診断することができます。複雑性腎盂腎炎ではいわゆる”SPACE”に該当するGNRや腸球菌など起因菌が多岐にわたり、抗菌薬を広域にする必要が出てきます。
腎盂腎炎の症状・検査所見は非特異的であり、実に診断が難しい疾患です。まず覚えておいて頂きたいのが、腎盂腎炎の診断は除外診断が基本であるということです。この“他疾患の除外”というものを、検査の不可分なくどこまで詰めて行うことができるかが臨床医の腕の見せ所です。また、腎盂腎炎は発熱疾患や急性腹症など他疾患のmimikerになり得ますし、逆に腎盂腎炎と思っていたら他疾患であった、なんてこともよくあります。たかが腎盂腎炎、されど腎盂腎炎と思って、ここでもう一度腎盂腎炎について一緒に学んでいきましょう。
症状
腎盂腎炎の症状は非特異的なものばかりです。
明確な診断基準はありませんが、「発熱」があり、「膿尿もしくは細菌尿」に加え、「側腹部痛もしくは圧痛」を伴う患者は腎盂腎炎の可能性が高いと判断します。一方で、発熱や側腹部痛はすべての症例にみられるわけではなく、これらがないからといって腎盂腎炎の除外はできないことに注意が必要です。
腎盂腎炎では尿管の炎症により腹痛、嘔気、嘔吐のような消化器症状を示すことはよく知られており、消化器症状を診察した際に腎盂腎炎を鑑別に挙げることは重要です。胃腸炎と診断したのが実は腎盂腎炎であった、ということはよく見られます。また、よく問診をとると食思不振が先行していることがあり、特に高齢者が急に食事を取らなくなった、というエピソードで受診した際は腎盂腎炎を疑う必要があります。
女性において排尿時痛や頻尿、尿意切迫感が83%でみられたとの報告があり、腎盂腎炎の参考所見になり得ます。ただし、高齢者ではこういった症状は呈しにくいので注意が必要です。
菌血症を反映し、悪寒戦慄を認めることがあり、問診で積極的に確認するようにしましょう。
身体診察、検査
CVA叩打痛
腎盂腎炎の身体診察といえば肋骨脊柱角叩打痛(costovertebral angel tenderness)が有名です。ただ、CVA叩打痛は腎臓の周囲の臓器にも振動が伝わり、急性胆嚢炎や脊椎炎でも陽性となることに注意が必要です。明らかな圧痛や左右差があれば陽性としますが、CVA叩打痛は陽性尤度比1.7、陰性尤度比0.9と報告されており、診断の一助となるものの、陰性だからといって腎盂腎炎を否定できないことを覚えておきましょう。
細菌尿と膿尿
腎盂腎炎で最も重要な検査所見といえますが、その定義は文献により様々です。尿中の細菌が105CFU/ml以上であることが細菌尿の一般的な定義ですが、下回ることも多々あります。また、これは培養を用いた定義であり、すぐに結果がでないことも難点です。
一般的に腎盂腎炎には膿尿、つまり白血球尿を認めるとされ、WBC 10/μL以上であることが定義とされています。ただし、好中球減少症や尿路の完全閉塞があると陰性になることもあります。
さらに、無症候性細菌尿を代表とし、腎盂腎炎でなくとも膿尿や細菌尿を認めうることが、その診断を難しくしている原因の一つと言えます。
実臨床では、迅速に細菌尿、膿尿を検知するための検査として、尿定性検査(試験紙法)や尿沈渣、Gram染色などが有用であり、以降に詳細を述べます。
白血球エステラーゼ
尿定性検査での白血球の検出は、好中球に存在するエステラーゼが特異基質を分解し、生じたインキシルがMMBとジアゾカップリング反応し紫色を呈することを利用しています。そのため顆粒球しか検出できず、リンパ球には反応しません。
崩壊した好中球や膣分泌物で偽陽性となり得ます。
糖>3g/dL、蛋白>500mg/dL、高比重、酸性化物質の混入(ケトン体など)で偽陰性となります。
日本で市販されているものでは、(±):10-25個/μL、(1+):25-75個/μL、(2+):75-250個/μL、(3+):500個/μLに相当します。
亜硝酸塩
細菌が硝酸塩を還元し、亜硝酸塩とすることを利用して検出しています。
腸内細菌目やStaphylococcus属が硝酸塩を亜硝酸塩に還元でき、緑膿菌も還元できるが時間がかかり、連鎖球菌や腸球菌は還元できません。
食品から摂取した硝酸塩が尿中に存在すること、前述の筋腫が膀胱内に存在すること、尿とへの貯留時間が4時間以上あること、が必要になります。
尿pH
尿pH>8であればウレアーゼ産生菌による尿路感染症を考えます。
具体的には、Proteus mirabilis、Klebsiella pneumoniae、Morganella morganiiなどです。
尿Gram染色
尿Gram染色で細菌>1個/HPF(400倍)の細菌があれば、定量培養で105CFU/mLの細菌尿に対して感度、特異度ともに90%以上とされます。また、Gram陽性/陰性、菌の形態で起因菌を推定でき、抗菌薬選択にも利用できます。設備があるのであれば是非自分で行いたい検査です。
腹部エコー
まず水腎症がないかを確認し、ある場合は原因として高頻度である尿路結石を探しますが、その他尿管や膀胱の腫瘍、前立腺肥大などを評価します。
腎盂腎炎を疑う症例で、特に全身状態が悪く、糖尿病や免疫不全、高齢などのリスクを持つ患者では気腫性腎盂腎炎も疑い、ガス像がないか評価します。
CT
腎盂腎炎に対しルーチンでの評価は不要です。よくいわれる腎周囲脂肪織濃度上昇は感度、特異度ともに高くありません。経過が長い場合や治療反応性が悪い場合に、造影CTを追加して膿瘍形成がないかを確認することがあります。
治療
外来治療か入院治療か
腎盂腎炎の患者において、診断がついたら次に行うべきは入院適応の判断です。以下に入院適応の判断について表にまとめます。
外来での治療
全身状態が安定しており、併存疾患も大きなものがない場合、外来での治療を検討します。
抗菌薬選択は施設のアンチバイオグラムや複雑性腎盂腎炎による耐性菌のリスクを鑑みて行いますが、基本的には耐性菌のリスクが低い状況である場合に外来治療を行うことになっていくと思います。
E.coliやKlebsiella、Proteusなど、腸内細菌目を想定して抗菌薬を選択していきますが、可能であれば外来受診時にセフトリアキソン(CTRX)2gを点滴静注を行います。CTRXは半減期が長い上、静注薬は経口薬と比較し血中濃度を高めることが可能であるため、初回だけでもCTRXを投与することで高い抗菌作用を期待することができます。
その後の内服抗菌薬の選択ですが、
・セファレキシン1回500mg 1日4回
・アモキシシリン1回250mg+アモキシシリン/クラブラン酸1回375mg 1日3回
・ST合剤1回2錠 1日2回
を選択し、14日間治療を行います。キノロン系は耐性化が進んでおり、empiricな使用はもはや推奨されません。
外来治療で重要なのはフォローです。特に最初の1週間は密にフォローを行い、症状の改善がない場合や全身状態が悪化する場合は速やかに入院治療に切り替える必要があります。
単純性腎盂腎炎での入院治療
基本的には耐性菌のリスクが低いため、E.coliやKlebsiella、Proteusなど、腸内細菌目を想定して抗菌薬を選択していきます。
まず最初はセフトリアキソンやセフォタックスといった第三世代セフェムの点滴静注でempiricに治療を行うことが多いです。その後、感受性を確認し、de-escalationできるようであればアンピシリンやセファゾリンなど狭域な抗菌薬に変更していきます。全身状態が安定していれば経口抗菌薬内服に切り替えて退院とすることも可能です。最終的に合計14日間の治療期間をとるようにします。
以下、静注→経口抗菌薬への切り替えの基準として有名なCOMS criteriaについて載せておきます。
複雑性腎盂腎炎での入院治療
複雑性腎盂腎炎では耐性菌のリスクが高まりますが、全例に広域抗菌薬を投与すればいいというものではありません。例えば初回の入院であったり、これまで耐性菌が検出されていない患者さんであれば、重症であってもセフトリアキソンなどの第三世代セフェムで治療を行います。
緑膿菌のリスクがある場合はセフタジジムやセフェピムを選択し、ESBL産生菌やAmpC産生菌が考慮される場合にはメロペネムを選択していきます。
個人的には複雑性腎盂腎炎で推したいのがセフタジジムという抗菌薬です。セフタジジムは第三世代セフェムに該当しますが、GNRは緑膿菌までカバーするもののGPCは全くカバーできないという異色の抗菌薬です。使いどころが難しい抗菌薬ですが、起因菌としてGNRが過半数を占める尿路感染症においてはよい適応となり得ます。特に緑膿菌の頻度が高い複雑性腎盂腎炎の場合にはうってつけの抗菌薬です。このセフタジジムをうまく使えるとようになると感染症診療において一皮むけることができると思うので、これを機に是非使ってみて頂きたいと思います。
尿Gram染色は重要で、腸内細菌目と緑膿菌をある程度見分けることが可能であり、抗緑膿菌活性を持つ抗菌薬を選択するかどうかの判断材料となります。また、連鎖球菌が見えている場合は腸球菌が起因菌として考えられ、特に院内感染やカテーテル挿入中ではEnterococcus feciumを考慮し、バンコマイシンの投与が必要となることもあります。
培養結果が出てde-escalation可能であれば狭域抗菌薬への切り替えを行います。経口抗菌薬への切り替えも可能ではありますが、複雑性腎盂腎炎の背景には免疫不全や全身状態不良といった因子が存在していることが多いため、適応は慎重に選ぶ必要があります。治療期間は計14日間とすることが多いです。
治療への反応性
腎盂腎炎は病理学的には微小膿瘍が形成されているとされ、抗菌薬投与から72時間経過しても解熱しないことがありえます。このため、発熱が持続するからといって慌てて広域抗菌薬に変更するのではなく、全身状態が保たれているのであれば腰を据えて経過を見ましょう。逆に、治療開始後にvitalが崩れたり全身状態が悪化するようであれば、診断も含めて治療を見直す必要があります。
72時間以上発熱が持続する場合、院内発熱の鑑別として有名な7Dを考えます。
Device:デバイス
C.Difficile:CDI
Drug:薬剤熱
Decuvitus:褥瘡
DVT:深部静脈血栓症
PseuDogout:偽痛風
Deep abcess:膿瘍形成
特に、腎盂腎炎では腎膿瘍など膿瘍形成の可能性は考慮する必要があり、必要に応じて造影CTなど追加検査を行う必要があります。
参考
・とことん極める!腎盂腎炎 南山堂
・レジデントのための感染症診療マニュアル 第4版
・UpToDate