病態
人体では体重の60%が水分となりますが、そのうち細胞内液が40%、細胞外液が20%を占めます。細胞外液はさらに血漿と間質液に分けられます。このうち血漿のみが心血管系の圧受容体や中枢の浸透圧受容体から、レニン-アンギオテンシン-アルドステロン系とバソプレシンを介して水分コントロールがなされています。
この間質へ血漿成分がしみだしていく場所は毛細血管になり、Starlingの法則によって間質液は調整されています。
毛細血管から間質へ血漿成分が染み出していきますが、その近位側にある細動脈からは血漿成分は出てきません。細動脈は交感神経の支配を受けながら平滑筋(前毛細血管括約筋)を収縮させて血管の太さを調節し、血流に対して抵抗をつくることで末梢組織への血流を調整します(そのため抵抗血管とも呼ばれます)。
動脈からは一定の圧を維持しながら末梢組織へ必要な栄養や酸素を送り込みます。1日あたり20Lの体液が全身を循環し、17-18Lは静脈に戻りますが、残りは間質液として組織に留まり、リンパ管を通じて回収されます。
浮腫(むくみ)とは「間質に水分が溜まること」をいいますが、
①血管内静水圧上昇
➁毛細血管透過性亢進
③膠質浸透圧が低下する病態
④リンパ管の閉塞、圧上昇
⑤間質への沈着物
といった原因により、前述の体液分布のバランスが狂うことでこれが生じてくることになります。
以下に浮腫をきたす5つの病態をまとめます。浮腫を診察するときは病態がこのうちのどれに該当するのかを考えながら進めていくことをお勧めします。
診察の進め方
患者背景
・小児ではネフローゼ症候群や急性糸球体腎炎が多いです。
・50歳以下では特発性浮腫や薬剤性、月経・妊娠に伴うもの、パルボウィルスB19感染症、好酸球性血管性浮腫、その他局所感染症によるものが多いです。睡眠時無呼吸症候群は若年者でも起こりうる疾患です。
・高齢者では複合的な要素で浮腫をきたすことが多く、静脈不全や心不全、腎不全などに低アルブミン血症、関節炎などが合併して浮腫の悪化が起こります。高齢者特有のものとしてはRS3PE症候群やリウマチ性多発筋痛症、癌関連のものとして上大静脈症候群やTrousseau症候群があります。
・心、腎、肝疾患の既往はヒントになりますが、それが浮腫を起こしているかどうかは総合的に判断する必要があります。
・薬剤歴は特に重要で、カルシウム拮抗薬やβ遮断薬、NSAIDsの有無を聴取します。経口避妊薬では副作用として血栓症からの浮腫を生じます。
局所性か全身性か?
・下腿浮腫が主訴でも必ず上肢や眼瞼、体幹などにも浮腫がないかを確認し、全身性の要素があるかはっきりさせるべきです。
・局所性でも顔面だけなのか、顔面の一部なのかで当然機序は異なってきます。局所的なものではその深部に原因があり、丹毒、血管性浮腫、筋膜炎・筋炎、骨髄炎、副鼻腔炎など、皮膚から深部に向かって解剖学的に考えていくとわかりやすいです。
片側性か両側性か?
・四肢などで片側性であれば局所性と考えて鑑別していきますが、両側性であっても当初は片側だけの浮腫が目立つ場合もあるので注意が必要です。特に下肢では左腸骨静脈の腹側に右腸骨動脈があるという解剖学的な関係により、通常は左から腫れてきます。
浮腫の性状による鑑別
・fast pitting edema:見た目はテカテカと光っていて、水っぽく、圧迫後の戻りが速い浮腫(10秒の圧迫で40秒以内に戻る)のことをいい、低アルブミン血症を示唆します。この場合、血管内脱水であることが多いです。
・slow pitting edema:心不全や腎不全など静水圧上昇の場合、圧迫後回復までに40秒以上かかります。
・non-pitting edema:圧痕を残さない浮腫で、血管性浮腫、リンパ浮腫、甲状腺機能低下症、脂肪浮腫、パルボウィルスB19感染症、強皮症の浮腫期、黄色爪症候群などを考えます。ただし、いずれもpitting edemaにもなりうるため、non-pittingなときだけ診断的です。
上記を踏まえて、筆者は浮腫は次の3つのくくり、
① 一肢のみの浮腫
② 顔面の浮腫
③ 両側/全身性の浮腫
に大きく分けて鑑別を進めていくと考えています。
一肢のみの浮腫
一肢のみの浮腫の場合、そこに限局して ①血管内静水圧上昇 ➁毛細血管透過性亢進 ③膠質浸透圧が低下する病態 ④リンパ管の閉塞、圧上昇 ⑤間質への沈着物 のいずれかが起きていると考えます。
①血管内静水圧上昇は静脈の狭窄/閉塞によって局所的に生じます。その原因には、血栓・静脈奇形・周囲の組織による静脈の圧迫(軟部組織腫瘍や血腫など)がなり得ます。また、静脈還流は周囲の筋の収縮により促されています。そのため、脳梗塞などの後遺症で運動麻痺があると、静脈還流が悪くなり、麻痺した肢に浮腫が生じやすくなります。
順番は前後しますが、④リンパ管の閉塞、圧上昇はおおむね①の静脈に起こった病態がリンパ管に起こったものと同じです。リンパ管の奇形、周辺組織によるリンパ管の圧迫、麻痺による灌流不全を考えます。
局所の➁毛細血管透過性亢進は感染や自己免疫/自己炎症疾患および外傷に伴う局所の炎症、あるいはアレルギーによって起こり得ます。
③膠質浸透圧が低下する病態、⑤間質への沈着物は局所で起こることはないと考えてよいかと思います。
上記より、一肢の浮腫では
・炎症
・血行/リンパ障害
・外傷
・アレルギー
・腫瘍
の5つの病態にわけて疾患を想起すると考えやすいかと思います。
さらに、解剖学的な部位から、
・上肢の場合にのみ考える原因
・下肢の場合にのみ考える原因
・上下肢問わず考える原因
の3つに分けて、下図のように整理して記憶するとよいです。
ここでの注意点としては、前述の「診察の進め方 片側性か両側性か?」で述べたとおり、左下肢は解剖学的に浮腫がでやすいため、左下肢のみの浮腫の場合は全身性浮腫の初期である可能性を考慮する必要があります。
顔面の浮腫
顔面に腫脹・浮腫が生じる病態での鑑別は大きく絞られます。
顔の中でも局在があるような場合には、一肢の浮腫の鑑別と同様に、
・炎症
・血行/リンパ障害
・外傷
・アレルギー
・腫瘍
の5つの病態にわけて疾患を想起すると考えやすいかと思います。
下腿浮腫は目立たないのに顔面全体がむくんでいる場合は、腎疾患(腎炎・ネフローゼ症候群)や頭頚部からの静脈還流が悪くなる病態(心タンポナーデ・上大静脈症候群・縦郭気腫)を考えます。
両側/全身性の浮腫
両側もしくは全身性の浮腫が最も出会う頻度の高い浮腫と思われます。
筆者は下記のフローチャートを念頭に診療しています。
まず、不釣り合いに左右差があったり、特定の部位がひどくないか確認します。左右差や特定の部位に浮腫が強い場合は、両側/全身性の浮腫の原因に加えて、一肢/顔面の浮腫で示した局所に浮腫を起こす病態を考えます。
次に、pitting edemaなのかnon-pitting edemaなのかを判断します。non-pitting edemaの場合は鑑別が大きく絞られます。
pitting edemaの場合は鑑別が広範です。経過・既往などの病歴や随伴症状から病態を推測し、事前確率の高い病態について検査を行っていく必要があります。
参考
・金城光代, 西垂水和隆編: 総合診療で見逃さない!むくみの原因とピットフォール, 初版, 診断と治療社, 東京,2022
・C Christopher Smith “Clinical manifestations and evaluation of edema in adults”. UpToDate, 2021-03-04.
https://www.uptodate.com/contents/clinical-manifestations-and-evaluation-of-edema-in-adults(最終閲覧日:2023-3-09)
・Richard H S: “Pathophysiology and etiology of edema in adults”. UpToDate, 2022-03-08.
https://www.uptodate.com/contents/pathophysiology-and-etiology-of-edema-in-adults(最終閲覧日:2023-3-09)