高血圧の定義
高血圧の基準は診察室血圧で140/90mmHg以上、家庭血圧で135/85mmHg以上となっています。
以下、本邦のガイドラインを参考に細かい定義を表にまとめます。
ちなみに、米国のACC/AHAガイドライン2017では収縮期血圧130mmHg以上または拡張期血圧が80mmHg以上を高血圧と定義しており、本邦とは異なることに注意が必要です。
診察室血圧と比較して家庭血圧を指標とすることで予後が改善することを示したRCTはありませんが、家庭血圧を指標とした方が24時間自由行動下血圧平均値低下が大きいことが報告されています。また、診察室血圧のみが高い白衣高血圧は心血管系イベントのリスクはあまり高くありません。一方で家庭血圧のみが高い仮面高血圧は持続性高血圧と同程度のリスクと考えられていることから、家庭血圧を指標とする意義は高いといえます。
家庭血圧測定では安定した2回の測定値の平均値を採用します。また、日内変動を把握するため朝晩の1日2回の測定が望ましいです。ただし、就寝前の血圧は入浴や飲酒による影響を受けるため、夕食前と比較して平均8.7mmHg低値になることに注意が必要です。
高血圧のリスクと介入の意義
高血圧は種々の疾患のリスクになるといわれますが、実際にそのインパクトはどれほどのものなのでしょうか?
日本人において、13のコホート研究で得られたデータを分析した研究では、高血圧の人口寄与危険度割合は全心血管死亡で50%、脳卒中死亡で52%、冠動脈疾患死亡で59%という結果が得られています。1) 脳心血管病(脳卒中+心疾患)死亡数に各リスク因子がどの程度寄与するか、という点については、高血圧は次点の低い身体活動、喫煙と比較しはるかにリスクが高いことが指摘されています。
また、高血圧に起因する疾患を列挙すると、脳卒中、冠動脈疾患、慢性腎臓病、脳血管性認知症、高血圧性網膜症、左室肥大、心不全、心房細動、腎硬化症、末期腎不全、胸腹部大動脈瘤、閉塞性動脈硬化症など多岐にわたります。
このように、高血圧は脳・心血管病において非常に大きなリスク因子であることがわかりますが、介入によってどれほどの効果が得られるのでしょうか。Lancetに掲載されたシステマティックレビューでは、収縮期血圧を10mmHg低下させることで心不全が28%、脳梗塞が27%、冠動脈疾患が17%、総死亡率が13%低下することが示されています。2) この結果から、高血圧に対する介入がどれほど重要であるかが理解できると思います。
降圧目標
血圧は130/80mmHg未満とした方が予後がよいことから、一般的には血圧 130/80mmHg未満を目標として設定します。一方で、75歳以上の高齢者や脳血管障害(両側頸動脈狭窄や脳主幹動脈閉塞あり、または未評価)、CKD(蛋白尿陰性)では140/90mmHg未満とゆるめの管理を行います。
リスク評価
高血圧の診断がついた後、まずはすぐに薬物治療が必要かどうかを判断します。
①高血圧緊急症でないかどうか
最初に判断すべきは高血圧緊急症に該当しないかどうかです。下図の通り、血圧と急性の臓器障害の有無で判断します。この場合、数時間-数日かけて血圧を下げる必要がありますが、決して瞬時に下げる必要があるわけではありません。あまりに急速に血圧を下げすぎると、かえって組織灌流が悪くなり予後を悪くしてしまうからです。このため、かつて行われていたニフェジピンの舌下は現在では禁忌となっています。Up to dateによれば、経口のカプトプリルやクロニジンによる降圧が望ましいとのことでした。
➁高血圧の重症度の決定
高血圧緊急症でなさそうであれば、下記のように血圧に基づいて高血圧の重症度を判断します。
・Ⅰ度高血圧:sBP 140-159mmHgまたはdBP 90-99mmHg
・Ⅱ度高血圧:sBP 160-179mmHgまたはdBP 100-109mmHg
・Ⅲ度高血圧:sBP 180mmHg以上またはdBP 110mmHg以上
③脳心血管病リスクの決定
その上で、脳心血管病リスクを評価します。
・リスク第一層:予後影響因子なし
・リスク第二層:年齢65歳以上、男性、脂質異常症、喫煙のいずれかがある
・リスク第三層:脳心血管病既往、非弁膜症性心房細動、糖尿病、CKD(尿蛋白陽性)のいずれか
またはリスク第二層の因子が3つ以上ある
④最終的なリスクの決定
重症度と脳心血管病リスクを組み合わせ、以下のように低・中・高リスクに細分化します
⑤介入方法の決定
以下のように経過観察ないしは治療を行っていきます。
■Ⅰ度高血圧
低リスク:3か月後フォロー
生活習慣指導+ 中リスク:1か月後フォロー
高リスク:降圧薬開始
■Ⅱ/Ⅲ度高血圧
生活習慣指導+ 降圧薬開始(併用療法考慮)
生活指導
重要だとわかっていてもないがしろにされがちなのが生活指導です。ここでもう一度介入のポイントを押さえておきましょう。
■減塩
塩分摂取量を4.6g/日以下にすることで収縮期血圧が4mmHg程度低下します。
個人的には味噌汁などの汁物、漬物などをカットしてもらうだけでかなりの効果がある印象です。
■DASH食
DASH(Dietary Approaches to Stop Hypertension)食はアメリカのNHLBIが考案した食事です。カリウム、マグネシウム、カルシウム、食物繊維、蛋白質が多く、飽和脂肪酸とコレステロールが少ない食事であり、野菜、果物、海藻、種実類、牛乳・乳製品、魚類、豆類などの摂取が推奨されています。一方、肉類や糖類は少なくすることが望まれます。限りある外来の時間でしっかり指導することは難しいため、栄養士さんによる栄養指導を活用しましょう。
■減量
体重を4kgほど減らすことで収縮期血圧が5mmHg程度低下するといわれます。脂質異常症や糖尿病のリスク低下にもなります。
■運動
毎日有酸素運動を30-60分を行うことで収縮期血圧が4-5mmHg程度低下するといわれます。一番患者さんにとっては運動習慣の改善が難しいかもしれません。毎日30分のウォーキング程度から始めてもらうとよいでしょう。
■節酒
飲酒量を76%減量することで収縮期血圧が3-4mmHg程度低下します。
薬物療法
ここにきてようやく薬物療法です。一つ一つ理解していきましょう。
〇降圧薬の選択の仕方
■一般原則
・概ね1剤使用すると10-15/5-10mmHg程度の降圧が期待できます。
・1剤目で降圧が不十分の場合、降圧効果が期待できる標準量まで増量した後、さらなる増量はせずに2剤目を併用するのが望ましいです。
・2剤以上使用する場合、1錠は眠前内服が推奨されます
■併存症のない患者の場合
ALLHAT試験では利尿薬、CCB、ACEIの心血管イベントに対する効果に差はありませんでした。しかし、利尿薬がACEI、CCB、BBに比べ心血管イベントの予防効果は優れていたとするコクランレビューがあり、加えて利尿薬は他の薬剤に比べて安価かつ代謝系への副作用の影響も小さいと考えられるため、利尿薬が第一選択として適当といえます。利尿薬にはサイアザイド系利尿薬(ヒドロクロロチアジド、トリクロルメチアジド)やサイアザイド系類似利尿薬(インダパミド)があります。エビデンスとしてはサイアザイド系類似利尿薬の方が高いとされますが、どちらを使用してもよいと思われます。次点でCCB、ACII、ARBが選択肢。BBは合併症が多く、降圧薬の第一選択薬からは外れていることに注意が必要です。
■高齢者の場合
基本的には上記と変わりなし。過降圧に注意し、薬剤調整はゆっくりと行いましょう。
また、誤嚥性肺炎予防効果のあるACEIはよりよい適応となりえます。
■糖尿病合併患者
腎保護の観点からACEI、ARBが第一選択となります。
ACEI+利尿薬では腎機能低下が増える傾向があり、2剤目はCCBが適当です。
※2022.11.07追記 現在はアルブミン尿がなければ1剤目はサイアザイド、ACEI、ARB、CCBのいずれを使用してもOKです。
■心不全合併患者
HFrEFではACEI、ARBが第一選択であり、2剤目にBB、3剤目にスピロノラクトンを検討します。
HFpEFでは心保護薬の効果が限定的であり、利尿薬を第一選択とします。
■冠動脈疾患患者
第一選択は心筋梗塞後の患者の死亡率を減らすBBとなります。心保護効果のあるACEI、ARBを2剤目に選択します。他の薬剤に特別エビデンスはありません。
■CKD合併患者
腎保護を期待し、第一選択はACEI、ARBとします。
2剤目はeGFRが60以上ならCCBを、eGFRが60以下ならCCBでも利尿薬でもどちらを選択してもです。
〇降圧薬の種類
■利尿薬
主にサイアザイド系利尿薬とサイアザイド系類似利尿薬があります。非常に安価であることが特徴です。副作用の観点から低用量の使用に留めることが望ましいです。低Na血症、低K血症、高尿酸血症に注意が必要であり、導入したら定期的に血液検査を行いましょう。
■Caブロッカー(ジヒドロピリジン系)
最も使用されていることが多い薬剤です。使いやすいですが、特に両下腿浮腫の副作用が意外と多いので注意が必要です。私自身、今年度に入ってから5-6例はCaブロッカーによる両下腿浮腫を診ています。CYP3A4で代謝されるため、アゾール系抗真菌薬やシクロスポリン、グレープフルーツ果汁に注意しましょう。
■ACE阻害薬
心保護作用、腎保護作用があります。腎機能低下、高K血症のリスクがあり、定期的な採血が必要です。CKDなどリスクがあれば少量から開始するのが安全です。導入後1-2週間の間に乾性咳嗽が発生しますが、薬剤中止で速やかに改善します。また、誤嚥性肺炎の予防効果もあります。
■ARB
乾性咳嗽の副作用がない以外は効果、副作用ともにACE阻害薬と同じです。薬価が高いため、乾性咳嗽で困ることがなければACE阻害薬を優先して使用することが望ましいです。
*ただし、後発品であればそこまで高価ではなさそうです。
■βブロッカー
降圧薬として選択肢には挙がりますが、他剤に比較し脳卒中のリスクが高かったり、高血糖や高齢者の鬱、徐脈といった副作用が多いため、第一選択薬からは外れています。利尿薬、CCB、ACEI/ARBに加える3剤目以降、またはHFrEFや虚血性心疾患がある患者に対して使用しましょう。薬剤としてはカルベジロール、アテノロールなどが高血圧に対し適応が通っています。
■ミネラルコルチコイド阻害薬
尿細管におけるアルドステロンの働きを阻害し、血圧を下げる作用があります。β遮断薬と同様、第一選択ではなく、4剤目として追加するのがよいでしょう。スピロノラクトン、エプレレノン、エサキセレノンがあります。このうち、エサキセレノン(ミネブロ®)は次世代型の非ステロイド構造を有する選択的MR拮抗薬です。中等度腎障害やアルブミン尿を有する2型糖尿病を合併した高血圧患者において、安全かつ確実に血圧を下げることが示されました。また、腎機能の改善作用も見られたそうです。
■αブロッカー
こちらも第一選択の薬剤ではありません。起立性低血圧、めまいといった副作用が多く、できるだけ使用を控えましょう。透析患者などの難治性高血圧に用いられることが多いです。
■ヒドララジン
古典的な降圧薬のひとつです。優先して使用するものではありませんが、RAA系に作用しないため、原発性アルドステロン症の精査中の降圧薬として使用することが可能です。
参考
論文
1)Hypertens Res. 2012 Sep;35(9):947-53.
2)Lancet. 2016 Mar 5;387(10022):957-967.
文献
・高血圧治療ガイドライン2019(JSH2019)
・羊土社 Gノート 動脈硬化御三家