昨今は研修医の3大必修分野として「感染症」、「輸液」、「救急」と呼ばれる程、若手に対する感染症教育は充実してきています。私も初期研修の際、幸運にも感染症の大家である青木眞先生のレクチャーを受けることができたのですが、それがきっかけとなって感染症の分野、特に細菌感染症の分野には強い興味を持つようになりました。最近は専ら一般内科外来が業務の中心であり、感染症診療から離れて久しくなってしまいましたが、以前感染症科として勤務していた際に作成したスライドを元に感染症の原則についてまとめてみようと思います。
感染症のトライアングル
感染症のトライアングルといえば聞いたことのある方も多いと思います。どの感染症の教科書でも最初に書いてある概念です。患者を中心とし、臓器、微生物、抗菌薬の3要素が互いに関係しあっているというものです。感染症診療の基本となる考え方ですが、実臨床に落とし込めている人は存外に少ない印象です。いくつか例を挙げてみましょう。
研修医の先生に肺炎に対する抗菌薬をどう選択するのか質問してみると、9割がセフトリアキソン(以下、CTRX)と答えることができます。しかし、続いて「何故肺炎にはCTRXなのか?」という質問をしてみると、皆さん回答に窮してしまいます。なんだか哲学の問答みたいですね(笑)
もう一つ例を提示しましょう。
これは一番やってはいけないやつですね。色々突っ込みどころは多いですが、上級医によってはカンカンに怒ってしまうかもしれません。ただ、私は本質的には「肺炎=CTRX」の考え方と共通していると思っています。何が足りなのか。それは微生物に対する理解です。感染症のトライアングルに出てくる要素ですが、実臨床において3要素の中でもっとも軽視されがちなものであると常々感じています。
それでは肺炎に微生物の要素を加えて考えなおしてみましょう。初期対応で目の前の患者が肺炎である、ということがわかったとします。仮に定型肺炎であるとすれば、Streptococcus pneumoniae、Moraxella catarrhalis、Haemophilus influenzaeが起因菌として頻度の高いものであるということが導きだせます。ここは国家試験でもやる知識ですね。重要なのが、ここから更に一歩踏み込み、それぞれの菌に対して効果があり、スペクトラムが最もnarrowな抗菌薬は何なのか、ということを考えることです。
最初に、S.pneumoniaeだけをターゲットに考えたとき、この細菌はあまり耐性化が進んでいないため、ペニシリン系で最もスペクトラムがnarrowなペニシリンGが1st choiceになります。続いてM.catarrhalisですが、こちらはほとんどの株がペニシリナーゼ(βラクタマーゼの一種)を産生するため、βラクタマーゼ阻害薬を配合したアモキシシリン・クラブラン酸、あるいはアンピシリン・スルバクタムが1st choiceになります。また、ペニシリナーゼに安定なCTRXも効果があります。最後にH.influenzaeですが、こちらは複雑で、BLNAR(β lactamase negative ampicillin resintant)、つまりβラクタマーゼは産生しないけどアンピシリンに耐性である株というのが全体の4割を占めています。このBLNARはβラクタマーゼ産生以外の方法でアンピシリンなどのペニシリン系への耐性を獲得しているため、βラクタマーゼ阻害薬を併用してもペニシリン系の効果はありません。一方、CTRXはこのBLNARにも安定して効果を発揮します。このため、H.influenzaeに対して効果があり、最もスペクトラムのnarrowな抗菌薬はCTRXということになります。
それぞれの細菌に対する最適な抗菌薬をまとめますと、
S.pneumoniae→ペニシリンG
M.catarrhalis→アモキシシリン・クラブラン酸、アンピシリン・スルバクタム
H.influenzae→セフトリアキソン
ということになり、肺炎の三大起炎菌をまとめて叩くことのできる最適な抗菌薬はCTRX、と導きだすことができます。長くなってしまいましたが、肺炎という疾患からCTRXという抗菌薬が導き出されるまでにはここまでの過程があるわけです。感染症のトライアングルといっても、このように臓器→微生物→抗菌薬の順で導き出していくことが多いので、実臨床では以下のように置き換えた方がわかりやすいでしょう。
微生物の部分が理解できていると抗菌薬選択にも応用がきいてくるわけです。ここではあくまで定型肺炎における考え方の一例をお示ししましたが、各感染症についてコツコツと微生物の知識を学んでいくことで感染症診療がグッとブラッシュアップできるはずなので是非取り組んでみてください。