ピロリン酸カルシウム沈着症(Calcium pyrophosphate deposistion disease:CPPD)とは
・ピロリン酸カルシウム沈着症(CPPD)は、滑膜および関節周囲組織を侵す結晶沈着性関節症です。
・その臨床症状は無症状から急性または慢性の炎症性関節炎まで様々です。このため他の関節炎をきたす疾患との鑑別が常に問題となる疾患と言えます。
・いわゆる偽痛風と呼ばれるものは急性CPPDであり、痛風に類似した滑膜炎の急性増悪として発症します。
・いわゆる偽関節リウマチと呼ばれる慢性CPPDは、手首や中手関節(MCP)関節を含む関節リウマチに類似した数か月持続する、改善と増悪を繰り返す臨床経過を示すことがあり、鑑別が困難な場合があります。
CPPDの病因
・ピロリン酸は正式には二リン酸という無機化合物です。生化学において、ATPにおける2つのリン酸間にある結合は高エネルギーリン酸結合と呼ばれ、高い結合エネルギーを有します。生体では、この加水分解反応で生じるエネルギーを利用して、プロトン輸送や解糖系におけるフルクトース6リン酸のリン酸化が行われています。
・CPPDの詳しい病態は厳密には不明です。一説には軟骨におけるピロホスファターゼの活性が低下し、ピロリン酸の産生が有意になることで引き起こされると考えれらています。
・ピロリン酸は細胞外ATPから生成され、カルシウムと複合体を形成してCPP結晶となります。この過程は軟骨細胞が形成する「関節軟骨小胞」と呼ばれる細胞外小胞によって促進されることがわかっています。CPP結晶は関節組織に沈着し、炎症を誘発します。
・ANKHはATPの細胞外流出とそれに伴う無機ピロリン酸の産生に関わっており、CPPD発症の大きな要因になっていると考えられています。ちなみにプロベネシドはこのANKHを阻害する役割があります。
CPPDの疫学
・急性CPPDに罹患する患者の大半は65歳以上です。30-50%の患者が85%以上で発症します。
・米国の横断研究では、1000人あたり5.2人の有病率、平均年齢 68歳、95%が男性との結果でした。
・60歳未満の患者ではCPPDはほとんど発症しません。
・関節への外傷、手術歴があるとCPPDを発症しやすいとされます。
・副甲状腺機能亢進症、痛風、変形性関節症、関節リウマチ、ヘモクロマトーシスがある患者ではCPPDを発症しやすいとされます。また、骨粗鬆症、低Mg血症、慢性腎臓病、カルシウム負荷もCPPDのトリガーになるといわれています。
・60歳未満でCPPDを発症した場合、上記の背景疾患の検索を行うべきです。具体的には鉄、トランスフェリン、フェリチンといった鉄動態、血清カルシウム、ALP、副甲状腺ホルモンの測定などを行い背精査を行います。
・早発性または多関節のCPPDを持つ家系が世界中で複数報告されており、稀ながら家族性CPPDが存在するようです。CCAL2遺伝子、TNFRSF11Bの2つの遺伝子が関連していることがわかっています。CCAL2はANKHB蛋白の機能に関わっており、CPPDにおけるANKHが病因である説の根拠となっています。
CPPDの臨床像
〇急性CPPD
・急性CPPDでは、関節浮腫、紅斑、圧痛を伴う単関節炎所見を示し、痛風発作と類似しています。
・高齢者の体重負荷関節における急性関節炎を見た際、CPPDを想起すべきです。
・患者の約半数で微熱を呈することがあります。
・痛風発作は数日から1週間程度と短いですが、急性CPPDでは数週間から数か月持続することもあります。
・頻度が多いのは膝関節や手関節ですが、腰や肩などの体重負荷関節にも生じることがあります。痛風発作と異なり、MTP関節に生じることは少ないです。
〇慢性CPPD
・手関節やMCP関節のような複数の非体重負荷関節を侵す、改善・増悪を繰り返す多関節炎を呈することがあり、関節リウマチに類似した経過を辿ることがあります。
・OAとの鑑別点として、手関節、肩関節、MCP関節が侵されていること、炎症徴候や関節組織の障害などがあります。
・CPPDのうち、慢性CPPDは50%程度を占めるといわれていわれています。
A:偏光顕微鏡でのCPP
B:ひだり手関節、PIP関節のCPPD
〇その他のCPPD
・CPPDは椎間板や脊椎靭帯などの脊椎組織でよくみられますが、有名なCrowned dens症候群はC2椎体歯突起周囲のCPP沈着によって引き起こされ、急性の激しい首痛、発熱、頸部回旋困難などの症状を呈します。髄膜炎や敗血症、石灰沈着性頸長筋腱炎との鑑別が難しい場合があり、注意が必要です。
Crowned dens症候群のCT:歯突起周囲に石灰化が認められる。
・軟部組織にCPPが沈着し、腫瘍状になることで悪性腫瘍と間違われることもあります。
日本からの症例報告。78歳の女性で、右手関節付近に増大傾向の結節性病変があり、各種画像検査、手術治療が行われた。最終的にCPPDの診断となった
CPPDの評価法
〇関節穿刺
・関節穿刺液を偏光顕微鏡で観察し、ピロリン酸カルシウム結晶を確認することが最も重要です。
・化膿性関節炎とCPPDが併存することもあり、関節液所見のみでCPPDの診断をしてはいけません。あくまで病歴、身体所見も合わせ判断し、必要であれば培養検査も提出しましょう。
〇関節のX線所見
・膝、骨盤、手関節のX線検査では、84歳以上の患者の44%に軟骨石灰化が認められ、60歳を超えるごとに有病率は2倍となります。
・上記の通り、症状がなくても加齢のみで関節の石灰化は認めるため、これだけでCPPDの診断はできません。
〇超音波検査
・軟骨上に線状の高エコー域を認めることがあります。
・痛風との鑑別は困難です
CPPDにおける関節Xp、エコー
*参考
通常の関節所見
関節表面に沿って高エコー領域を認める→痛風
関節腔内に高エコー領域を認める→偽痛風
〇その他の画像検査
・石灰化を正確に検出し、特にcrowned dens症候群では診断に有用です。
・MRIは石灰化に対して感度が高くなく、診断制度は高くありません。
CPPDのマネジメント
〇急性CPPD
・ステロイド関節内注射が1st lineとされます
・コルヒチンも用いられ、1.2mgをloadingとして使用し、その後0.6-1.2mg/日で使用します。
・NSAIDsが2nd lineであり、腎障害があるならステロイド全身投与を行います。
・最終手段として抗IL-1β抗体も検討します(本邦ではクリオピリン関連周期性症候群で保険適応)
*参考にしたreviewですと1stがステロイド関節内注射になっていますが、プライマリケアの場面では現実的には難しいとおもいます。化膿性関節炎との鑑別ができていないのなら避けるべきですし、大体NSAIDsで乗り切ることが可能です。
〇慢性CPPD
・文献ではやはりステロイド関節内注射が1stですが、感染のリスクが懸念されます。
・再発性の場合、コルヒチンがよい選択肢となります。文献では0.6-1.2mg/日だが、日本なら0.5-1.0mg/日が無難です。消化管症状に注意しましょう。
・次点でNSAIDs+PPI。長期使用は避けたいところです。
・それでもだめなら全身性ステロイドですが、これももちろん長期投与は避けたいところです。
・MTXや抗IL-1β抗体も選択肢に挙げられていますが、プライマリケアの場面では難しいでしょう。
参考
・N Engl J Med. 2016 Jun 30;374(26):2575-84.:今回参考にしたreviewです
・Pathol Res Pract 2001;197:499-506.
・Case Rep Orthop. 2015;2015:313291.
・Joint Bone Spine. 2010 May;77(3):218-21.
・医学事始
・コミュニティホスピタリスト@奈良 偽痛風レビュー