コルチコステロイドの生理学
コルチコステロイドであるコルチゾールは、下垂体からのACTH刺激により副腎皮質の束状層より分泌されます。コルチゾールの分泌は早朝にピークとなり、その後徐々に低下し、夜間にはピークの1/10まで低下します。午前1時頃から分泌は再度増加に転じ、早朝にピークを迎える、というサイクルを繰り返しています。
1日のコルチゾールの分泌量は、平時は10mg前後(PSL換算で2-5mg)とされていますが、種々のストレス負荷に応じて増加します。例えば、開腹術や感染症にかかった際には、コルチゾールは約50mg/日まで増加するとされています。また、結腸亜全摘などの大きな手術では75-100mg/日まで、重度の外傷により200-500mg/日まで上昇するという報告もあります。
増加したコルチゾールはストレス負荷がなくなれば急激に低下し、術後に合併症がなければ24時間以内にベースラインまで戻ります。
自己免疫性疾患などで長期間コルチコステロイドの内服をしている場合、視床下部-下垂体-副腎系(HPA系)が抑制され、自己のコルチゾールの分泌能が低下します。このような患者さんに感染症や手術などのストレス負荷が加わった場合、ストレスに対応したコルチゾールの分泌ができず、副腎不全を起こしてしまうことになります(具体的には発熱、意識障害、ショック、嘔気・嘔吐、低血糖、低ナトリウム血症など)。
このため、コルチコステロイドを内服している患者さんにストレスがかかった際、内因性のコルチゾールの不足分を補う必要があり、このことを“ステロイドカバー”と呼んでいます。
ステロイドカバーの基本
PSL換算で5mg/日以上のコルチコステロイドを、3週間以上内服している場合、HPA系が抑制されているものとしてステロイドカバーを考慮します。
ただし、コルチコステロイドの経口投与以外、具体的には吸入や関節注射でもHPA系が抑制されることがあるため注意が必要です。特に、フルチカゾンが含まれている吸入薬(フルタイド®、レルベア®)ではリスクが高いとされ、投与量が500μg/日を超える場合にはステロイドカバーを考慮します。
前述の通り、コルチゾールはストレス負荷に応じてかなりの量まで増加しますが、ヒドロコルチゾン100mgまたはPSL 30mg/日を投与することで十分にカバーできると考えられています。
通常、レニン-アンギオテンシン-アルドステロン系に支配されるミネラルコルチコイドの分泌は保たれているため、ミネラルコルチコイド作用の少ないコルチコステロイド(PSLやmPSL)を使用しても問題ないとされています。原発性副腎不全の場合はコルチコステロイド、ミネラルコルチコイド共に分泌が低下しているため、両者の作用を1:1の割合で持つヒドロコルチゾンを使用するのが基本です。
また、今回の主題ではありませんが、敗血症性ショックによる相対的副腎不全の治療ではミネラルコルチコイド効果を期待してヒドロコルチゾンが使用されます。
ステロイドカバーの実際
ステロイドカバーでは、ストレスを半定量化して投与量を決定します。
特に周術期において、この手術ストレスの半定量化というのが内科医には匙加減が難しい所です。参考までに、UpToDateと、英国の麻酔学会、内科学会、内分泌学会の合同ガイドラインの推奨を記載しておきます。実際には手術を担当する外科の先生ともよく相談して決めるのがよいでしょう。
また、肺炎や尿路感染症など、一般的な感染症の場合はどのようにステロイドカバーをすればよいのでしょうか?この辺りは経験的治療になってしまいますが、①入院が不要な感染症、➁入院が必要な感染症、③敗血症性ショックに分けて考えるのがよいでしょう。
具体的には、
①PSL 15mg/日を内服
➁PSL 20-30mg/日を内服、またはそれに準じた静注・点滴(水溶性プレドニン 20-30mg 1日1回)を行う
③ヒドロコルチゾン100mg 12時間ごとに静注
といった感じになるかと思います。
また、①の場合、ベースでPSL 15mg/日以上のステロイドを内服しているにはカバーは不要です。
参考
・UpToDate
・Anaesthesia. 2020 May;75(5):654-663.
・アウトカムを改善するステロイド治療戦略 岩波慶一 日本医事新報社
・ステロイドの虎 圀松淳和 金芳堂
新装改訂版 アウトカムを改善する ステロイド治療戦略 – 電子版付 –
ステロイドの虎